ep46 パン・アメリカン・オーバーロード
快速船がパナマから南下し、インカ帝国の海の玄関口であるリマ港へと入港した時、ソチケツァルはもはや言葉を失い、ただただ開いた口が塞がらなくなっていた。
「凄い……な、何なのだ、この光景は……? ここは本当に人間が住む国か? それとも、神々の国なのか……!?」
リマ港の水面には、異次元の艦隊がひしめき合っていた。
そこでは、コリ親方たちが気密性を極限まで高めて大型化した「蒸気機関」を搭載した蒸気気帆船や、原油から生成された重油を燃料にして「ドッドッドッ」と重厚なピストン音を響かせる最新の「焼玉機関」を積んだ焼玉気帆船が、もう何隻も実験航海の段階に入っていたのだ。白煙と黒煙を上げながら、風を無視して港湾を我が物顔で爆走する鋼鉄補強の船たち。そして岸壁に聳え立つ鋼鉄の蒸気クレーンが恐るべき威容で数トンを超える荷物を軽々と釣り上げ、陸へと積み上げている。
「へへ、驚くのは早えですよ、お姫様」
ドックで大型クレーンの調整をしていたソリア親方が、油のついたタオルで額を拭いながら誇らしげに胸を張った。
「全部、我がタワンティンスユの太陽、ニナン・クヨチ皇帝陛下のお知恵でさあ! 陛下がササッと描いた図面をもとに、俺たちの青銅鋳造と旋盤技術が火を噴いて、こういう化け物機械が次々と爆誕するんでやす!」
「テクノロジーだけではありませんぞ?」
そこへ、新調した眼鏡のブリッジをキラーンと冷徹に光らせ、内政官房長官ワスカルが書類の束を片手に影から現れた。
「兄上の恐るべき本質は、その政治見識にあります。新スペインの病魔と労働をハックするためにピサロを動かし、あなたというメシカの正統なるカードをジャストのタイミングで手中に収めた。すべては兄上の冷徹にして完璧な盤面の上なのです(眼鏡キラーン)」
「『科学』なる叡智だけでなく……世界を見通す政治の力までお持ちというのか……」
ソチケツァルはテノテトチラン(現メキシコシティ)からパナマ市まで2千キロを超える逃避行を熟した己の褐色細マッチョな身体を、自ら抱きしめるように小さく震わせた。
メシカの誇り高き王族の血を引く彼女だが、新スペインの野蛮なコンキスタドールどもの蛮行に成す術なく、王族の誇りに深い傷を負っていた。だが、ここにあるのは西欧を遥かに超越した圧倒的な「知の文明」であり、それを一人で作り上げたという若き偉大な皇帝。
「何たる傑物……まさに英傑……。私はそのような、神の如き英傑の妻(側室)となるのだな……(ポッ)」
ソチケツァルの豊かな黒髪の隙間から覗く褐色の頬が、恋の異常電圧(10万ボルト)によって一瞬で真っ赤に染まった。亡命=皇帝の後宮入りという暗黙の方程式を胸に、彼女の胸の高鳴り(ピストン運動)は早くも限界値まで急上昇を始めていた。
◇
一方その頃、クスコの工房。
「……? ハックション!!」
ニナンは、アンタチャが新しく組み立てているガレナ受信機のハンダ付けを見つめながら、盛大にクシャミをひとつした。
「……? 陛下、風邪? いますぐ、石油ストーブで、お部屋、温める……?」
「いや、大丈夫だアンタチャ。なんか今、背筋に強烈な『高電圧のプレッシャー(新たな嫁の気配)』を感じた気がしただけだ……。気のせいだよな……?」
南米の絶対王者ニナン皇帝の元へ、また一人、超強力な感電確定の「褐色細マッチョ美女」が光速で引き寄せられつつあるのだった。
「陛下、お初にお目にかかります。メシカの王族が娘、ソチケツァルにございます。……お受け取りください。これは、新スペインの悪魔どもにいまだ軟禁されている、我が姉テクイチポツィン(最後のメシカ皇帝クアウテモクの正妃)より託されし、命懸けの密命にございます……」
リマ港の特設天幕。
はるばる海を越えてやってきたソチケツァルは、ニナン(俺)の前にジャガーの様にしなやかな褐色細マッチョな身体を深く平伏させると、強行軍で擦り切れた衣の奥から、アステカ伝統の絵文字が描かれた鹿革の書状を捧げ持った。
「な、中身はなんて書いてあるんだ……?」
俺が文官に翻訳を促すと、ソチケツァルは気高い瞳を上げ、熱い吐息とともに告げた。
「『メシカの誇りを絶やすな。南の、海の向こうにいるという、太陽よりも眩しい大帝国の皇帝の室(側室)に加わり、我が王家との深き縁を築いて、その気高き血を後世に残せ』……と。陛下、私はそのために、この身を捧げる覚悟で参りました!」
「えええええーーーっ!? 姉君からの直々の側室入り命令なの!?」
俺は思わず玉座からガタッと立ち上がった。しばらく後宮の描写はストップ(AIに描写禁止)していたはずなのに、まさか新スペインの歴史的キーパーソンから直球の政略結婚カードが飛んでくるとは!
「ほほう……? これは実に見事。興味深い! 政治的侵攻の最高にして最大の好機が、向こうから勝手に歩いてやってきましたか……!」
眼鏡のブリッジを指先でクイッと上げ、内政官房長官ワスカルが影から最高に邪悪で知的な笑みを浮かべて前進してきた。
「兄上、テクイチポツィンといえば、あのアステカ最後の皇帝クアウテモクの元正妃であり、前皇帝クアウテモック2世の愛娘。メシカの民にとって、彼女たちこそが『正統なる大義名分』そのものです。新スペインのコルテスどもが彼女を軟禁しているのは、その血統の力を恐れているからに他なりません(眼鏡キラーン)」
ワスカルは地図の新スペイン(旧メシカ帝国)のエリアをコンパスで強く叩いた。
「ピサロ商会を窓口にした『牛痘ハック』で現地人たちの命を救い、信頼の基盤を耕したところへ、このソチケツァル様を兄上の側室へ迎え、メシカ王家との『血の同盟』を公表するのです。さすれば、新スペインでデス労働を強いられている何百万人もの先住民たちは、我がタワンティンスユを『真の救世主』と仰ぎ、足元から一斉にスペインの支配に反旗を翻し始めるでしょう。……素晴らしい、剣を交えずして北の大陸をも盤面に収める、完璧な『南北全大陸支配者』の完成です(眼鏡キラーン)」
「ワ、ワスカル……お前の政治脳のキレが相変わらず怖すぎる……」
ニナンは冷や汗を流した。
「すべては、陛下と我が姉君の望むがままに……」
ソチケツァルは、俺のその困惑すら「すべてを見通す神の余裕」と勘違いしたのか、褐色の頬をさらにポッと赤く染め、熱い視線を送ってきている。
ソチケツァル姫が宮廷に迎えられて数日後。
正式な婚姻の儀式を終え、彼女はニナン皇帝の寝室に初めて招かれた。
褐色の細マッチョな肢体を薄い絹布で包んだソチケツァルは、緊張と期待で頰を染めていた。
長く美しい黒髪が背中に流れ、細い腰と控えめながら形の良い胸が、灯りの下で優しく輝いている。
ニナンは優しく彼女の手を取り、ベッドに導いた。
「緊張しているな、ソチケツァル。無理に急ぐ必要はないぞ」
「ななな、なにが緊張しているものかかか、私はテノテトチラン(メキシコシティ)からパナマ市まで600リーグを踏み越えた……」
気の強そうな雰囲気だったのにカタカタ震えてるのが実に愛らしい。
ニナンは彼女の細い肩を抱き寄せ、優しく唇を求める
目をぎゅっと閉じ、ひょっとこ顔になってるのに笑いそうになりながらそっと唇を重ねる。
+キス待ち顔+
「うにゅ~~~~っ!」
ソチケツァルは最初は体を固くしていたが、徐々に力を抜き、甘い吐息を漏らす。
♦ ♦ ♦
事後、ソチケツァルは汗ばんだ体を俺に預け、幸せそうに囁く。
「陛下……これで私は……本当に陛下の妻なのだな……」
ニナンは彼女の髪を優しく撫でながら、
「ああ……ようこそ、タワンティンスユへ」
と、穏やかに答えた。
クシリマイ達は部屋の隅で微笑みながら見守っていた。
クシリマイ「可愛い姫様ですわね♡」
キリヤ「これで私たちの仲間がまた一人増えましたわ」
アタンチャ「あたらしい、なかま。」
新スペインを揺るがす超弩級の政略カード「ソチケツァル」。ニナン皇帝の意思とは関係なく、インカの電子・経済ネットワーク(ピサロ&無線ハック)と、ワスカルの冷徹な政治チェスによって、新大陸の運命はスペイン本国の頭越しに、さらなる混沌とインカ絶対優位の未来へと超跳躍を開始するのだった。




