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ep45 アステカから来た政治爆弾

+パナマの町についたソチケツァル姫+

挿絵(By みてみん)

牛痘供与開始から一年程経ったころだった。

パナマ港のピサロ商会・事務所の重い扉を蹴破るようにして飛び込んできたのは、ボロボロの極彩色の布とジャガーの毛皮をまとい、短く切り揃えた黒髪を振り乱した褐色肌の娘だった。その気高い瞳には、新スペインの征服者どもへの激しい怒りと、生き延びようとする執念の火花がバチバチと燃え盛っている。「……! 私はメシカ(アステカ)の正統なる王族の血を引く者、ソチケツァルだ! 新スペインの悪魔どもから逃れ、南の偉大なる太陽の皇帝ニナンの元へ亡命を希望する!!」


書類仕事(未だ自分のサインのみだが)に追われていたフランシスコ・ピサロは、持っていた羽根ペンを文字通り引っこ抜かんばかりの勢いで叫んだ。

「んなああああああ?!! 何だってぇぇぇーーーッ!!?」

ピサロはガタバシャア!と椅子をひっくり返してのけぞった。

「メ、メシカの王族の姫だとお!? そんな超弩級の政治的爆弾が此処に居ることが知れたら、ヌエバ・エスパーニャ(旧メシカ)総督府が血眼になってパナマに攻め込んでくるわ!」

「兄上、落ち着け! パナマ総督府にバレる前にとりあえず店の奥へ隠すんだ!」

エルナンドとファンも顔を真っ青にして飛び起きる。

「おい、何を騒いでいるんだ、ピサロ」

そこへ、ちょうど最新鋭の試作スクリュー快速船でパナマ港に物資を届けに来ていたアルマグロが、騒ぎを聞きつけて事務所に入ってきた。

「ア、アルマグロ! ちょうどいいところに! 見ろ、メシカの生き残りの姫が亡命させてくれって転がり込んできやがった! どうする、今すぐグアヤキルの支部シェルターに極秘輸送するか!?」

ピサロが冷や汗を滝のように流しながら掴みかかると、アルマグロは驚きもせず、フムと顎に手を当ててソチケツァルを見つめた。

「メシカの王族か。新スペインの圧政から命からがら逃げてきたのだな。……待て、俺の一存では決められん。クスコの本国(ニナン陛下とワスカル様)に問い合わせる。ちょうど快速船の『イリャパ・キープ(雷の手紙)』の無線機が、ここからでもクスコの基地局と繋がるはずだ」

アルマグロは手際よく、快速船の通信室にいるイリャパ・キープ・カマヨック(無線通信官)へ指示を飛ばした。

ヴッ、ヴッ、ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、ヴッ。

アンタチャが調整したロータリースパークが、独自の美しいモールス音を空間に放ち、ポトシのガレナ受信機を経由して、光速でクスコの宮廷へと『雷の手紙』を届ける。

――わずか数分後。

「アルマグロ閣下! 返電が来ました!」

イリャパ・キープ・カマヨック(通信官)が息を切らせてラマ皮紙を持って走ってきた。

アルマグロがその暗号を素早く解読し、不敵な笑みを浮かべる。

「よし、陛下の「神託」だ『メシカの姫、ソチケツァルを全面歓迎する。丁重に保護し、スクリュー船で直ちにリマ港へ護送せよ。新スペインに対する強力な政治的カードとして有効活用する』……だそうだ。受け入れるぞ!」

「ふふ、これでまたお父様のお仕事が増えるのね?」

奥からトウモロコシのスープを持ってきた正妻ウサカが、安堵のため息を付くソチケツァルに優しく微笑みかけ、ショールを肩にかけてあげる。

インカ帝国の無線ネットワーク【イリャパ・キープ】がもたらした異次元の速度。新スペインから逃れてきたメシカの姫という新たなピースを飲み込み、ニナン皇帝の「新大陸完全ハック」のチェス盤は、スペイン本国の想像もつかない速度で、さらに次の先へと進み始めるのだった。



夜の帳が下りたパナマ港の僻地。アルパカフードを目深に被って総督府関係者の目を避け、メシカの姫ソチケツァルはアルマグロの案内で、影のように黒く塗装された試作スクリュー快速船へと足を踏み入れた。

彼女がタラップを登り、その甲板に立った瞬間――驚愕のあまり息を呑んだ。

「これが……南の帝王様の船なのか……。神々の乗り物か、それとも巨大な海の怪物……? これに比べたら、新スペインを我が物顔で走っているスペインのガレオン船など、ただの木切れを組んだ『いかだ』ではないか……」

ソチケツァルの目の前に広がる光景は、彼女が知る「船」の常識を完全に崩壊させるものだった。

ガレオン船のように無駄に高くそびえ立つ、「城(船首楼・船尾楼)」は一切ない。水面を滑るように設計された、恐ろしいほどスマートで洗練された流線型の船体。甲板には、ソリア親方が中ぐり旋盤でミリ単位の精度を叩き出した、鈍い黒光りを放つ【鋼鉄製の大砲】が整然と並んでいる。

さらに船尾のハッチからは、コリ親方が魂を込めて組み上げた蒸気機関が、いつでも始動できる状態で「シュボ、シュボ……」と、低く威圧的な呼吸音のような排気音を漏らしていた。

「ククク、驚くのはまだ早いぜ、お姫様」

アルマグロが案内しながら、誇らしげに鼻を鳴らす。

「この船の船尾には風がなくても海を爆走できる『ネジの足(スクリュー)』って物がついてる。それに、あのマストのてっぺんを見てみな。アンタチャの嬢ちゃんが張った銅のアンテナだ。あそこから、何百リーグも離れたニナン陛下の元へ、一瞬で『雷の手紙(イリャパ・キープ)』が飛ぶんだよ」

ソチケツァルは、夜空に向かって伸びる無線アンテナと、船内を静な唸りと共に煌々と照らすアーク灯の明かりを見つめ、身体が小刻みに震えるのを止められなかった。

新スペイン(メキシコ)を蹂躙したスペイン人どもは、自分たちを「世界の覇者」だと信じて疑っていない。だが、南の海には、彼らの文明を遥か未来から見下ろすような、とんでもない絶対王者が牙を研いで潜んでいたのだ。

「あいつら(スペイン人)は何も知らぬのだな……。自分がどれほど巨大な神の雷(トラロック)の前に立っているのかも……」

ソチケツァルは、メシカを滅ぼした白人の侵略者どもへの復讐の炎を胸に宿しながら、船室へと案内されていった。

スクリューが静かに回転を始め、夜の海へと滑り出す快速船。新スペインの喉元であるパナマの海から、インカのチート技術が誇る最高傑作は、未来のカードとなる姫を乗せて、光速の意志のままに一路、『タワンティンスユの海の副都』リマへと突き進むのだった。


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