ep43 総督の無謀な計画とインカの示威行動
「タワンティンスユには莫大な、それこそ山のような銀があるらしいな。ピサロ、お前のような荒くれ者の私兵部隊ではなく、本国からの正式な軍隊を編成し、大規模な侵攻部隊を出そうと思うのだ」
パナマ総督府の豪華な一室で、新総督は目をギラつかせながら地図を叩いた。まだインカの「本物の絶望」を肌で知らない男特有の、根拠のない全能感に満ちた顔である。
その言葉を聞いた瞬間、フランシスコ・ピサロはあからさまに嫌そうな顔をして、椅子からスッと身を引いた。
「総督閣下、アホですか……?お戯れを。……とりあえず言っておきますが、我が『ピサロ商会』は断じてその件に無関係ですので。一切巻き込まないでくださいよ」
「な、何だと!? お前はあの南の黄金郷に一番乗りした男だろう!」
総督が怒鳴るのを尻目に、弟のエルナンド・ピサロがピサロの耳元でボソッと囁いた。
「兄者、このままだとピサロ商会の平和な貿易利権まで巻き添えでハックされちまう。むしろ、向こうの兵站トップのアルマグロに『アホな総督がそっちを怒らせようとしてるぞ』ってマッハでタレこんでおこう」
「そうだな。貸しを作っておいて、次の『鉄の木』の関税をまけてもらおう」
ピサロ兄弟は冷ややかな目で総督を見つめ、さっさと裏でインカ側へ密告する準備を始めていた。
◇
そして後日。
パナマ港の防波堤に立った総督は、水平線の向こうからやってくるモノを見て、文字通り顔面を紙のように真っ白にしていた。
「ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ、ボォーーーーッ!!」
そこにいたのは、前日見たものよりさらに巨大な、ニナン工房特製の「蒸気推進・試作バミューダ帆気帆船」であった。向かい風を「完全無視」しながら突進してくるだけでなく、煙突からは黒い煙が上がり、海面を巨大な【青銅製スクリュー(コリ親方謹製)】が凄まじい勢いで攪拌している。船体にはピサロ商会が納品した「鉄の木」が軸受けとして組み込まれ、異次元の高速巡航を実現していた。
しかも、その船べりには最新鋭の「大口径・鋼鉄製大砲(アタワルパ監修)」がズラリと銃口を並べている。
「ひ、ひぃぃ……! あ、あの奇怪な高性能船は……一体全体、タワンティンスユにあと何隻あるのだ……!?」
ガタガタと膝を震わせ、望遠鏡を取り落としそうになりながら尋ねる総督。
ピサロはコーンウイスキーのボトルをラッパ飲みしながら、うつろな目で静かに答えた。
「多分、何十隻も(レイプ目)」
「……中止!! 侵攻中止ィィィーーーッ!!! あんな化け物国家に突っ込んだら、我が軍など一瞬で海の藻屑だァーッ!!」
総督はマントを振り乱し、悲鳴を上げながら総督府へと脱兎のごとく逃げ帰っていった。ピサロ兄弟のタレコミによって、すでにクスコの司令部には「パナマ総督に不穏な動きあり」と光速で伝わっており、この船はあえて見せつけにきた『武力デモンストレーション(威力偵察)』だったのだが、効果は絶大すぎた。
「ハハ……。これでパナマの平和(ピサロ商会の利権)は守られたな、兄者」
「ああ。総督のアホが余計なことをしなくて本当に良かったぜ」
最先端のスクリュー船が引き起こす白い航跡を見つめながら、ピサロ兄弟は胸をなでおろした。
「全く、あのハゲ総督が余計な欲を出すから……! 万が一タワンティンスユとパナマが全面戦争にでもなってみろ、危うくウサカやトト、それに可愛い子どもたち全員を連れて、タワンティンスユへ本気の『亡命』をするハメになるところだったぜ……」
事務所のソファーにどっかりと腰掛け、フランシスコ・ピサロは本気で肝を冷やした顔で額の汗を拭った。
史実の征服者の威厳などどこへやら、今の彼は「家族の平穏と商売の安定」を何より愛するマイホームパパである。インカの超高速スクリュー船や大砲の威力を一番よく知っているからこそ、あの総督の無謀な侵攻計画には寿命が縮む思いだったのだ。
そんな夫の横で、冷たいお茶を淹れてくれた妻のウサカが、聡明な目を細めて真面目な顔で口を開いた。
「ピサロ、確かに総督は怯えて中止にしましたけれど……まだ楽観は出来ないんじゃないかしら?」
「ん? どういうことだ、ウサカ」
ピサロが首を傾げると、ウサカは地図の一点を指差しながら言葉を続けた。
「あの総督の頭越しに、スペインの本国(国王)から『何が何でも南の銀山を制圧してこい』と、もっと強い強制命令が下る可能性だってありますわ。そうなったら、パナマは一気に戦火に包まれます。……ですから、今のうちにタワンティンスユ領内の安全な港町――例えば『グアヤキル(現在のエクアドル沿岸)』に、ピサロ商会の巨大な『支部(出張所)』を建てておくのはどうかしら?」
「ほう、グアヤキルに支部を、ねぇ……」
「ええ。そこを物資の集積基地という名目で開拓しておけば、いざパナマがスペイン軍とインカ軍の戦場になるという致命的な政変が発生した時でも、私たち一家全員ですぐにインカの蒸気船に乗って亡命できますわ。」
ウサカの提案は、貿易商の妻として、そして現地豪族の血を引く危機管理のプロとして完璧な「リスク分散」の計画だった。
「なるほどな……! さすがは俺の自慢の妻だ、頭がキレる!」
ピサロはポンと膝を叩くと、ガバッと立ち上がってウサカを抱き寄せた。
「よし、エルナンドとファンを呼べ! すぐにキープ(無線電信)でクスコのワスカルに連絡だ。『パナマの有事に備え、グアヤキルに大規模な物流拠点を構築したい。ついては土地の利権と関税の優遇を頼む』ってな!付き合いのあるアルマグロにも裏から手を回させよう!」
「ふふ、お父様とお母様、また新しい『利権』のお話をしてる!」
「グアヤキルのお魚、おいしいかなぁ!」
ウサカに連れられたメスチソの子どもたちが、そんな夫婦の様子を見ながらパタパタと楽しそうに騒ぎ立てる。
スペイン本国の政治的思惑という不穏な影がチラつく中、ピサロ商会はただ怯えるのではなく、インカのチートネットワークをフル活用して「いつでも国境を越えられる最強の避難経路」を自らハックし始めるのだった。
その頃、帝国技術研究所(通称ニナン工房)
「よし、みんな集まってくれ。ちょっと今後の防衛シミュレーション(ハック)について現実的な数字を詰めておきたい」
ニナン(俺)は工房の円卓に、パナマ総督府の動きを記したワスカルの電信メモを広げた。いくらピサロ兄弟のタレコミや威力偵察で一度は引き下がらせたとはいえ、スペイン本国がキレて無敵艦隊級のガレオン船団を送り込んでくる可能性はゼロじゃない。
「ソリア親方、今、我が国の『鋼鉄製大砲』の実用命中距離(有効射程)はどれくらいだ?」
ソリア親方は、油のついた手で顎ヒゲをなでながら、不敵な職人スマイルを浮かべた。
「へへ、陛下。以前作っていただいた『中ぐり旋盤』で、砲身の内側を寸分の狂いもなく均一に削り出せてやすからね。ガタつきがねぇ分、火薬の圧力が100%弾頭に伝わりやす。スペイン軍の大砲に比べて、実用命中距離はざっと2〜3倍ってとこでやすね!」
「2〜3倍!? 相手の射程外から一方的にぶち込めるレベルじゃん……。じゃあ、アタワルパ。あのスクリューとバミューダ帆を組み合わせた試作快速船の『向かい風走行力(最上風針路)』は?」
大砲を愛おしそうに磨いていたアタワルパが、ガハハと笑って親指を立てた。
「風上に対して完全に180度で進行可能だ! スペイン野郎どものズングリしたガレオン船なんて、向かい風じゃノロノロと60度以上の角度でジグザグに進むのが精一杯だ。俺たちの快速船なら、奴らが風に足を取られている横を、マッハの速度で追い抜いて背後を取れるぜ!」
「……。なぁ、アタワルパ、ソリア親方」
ニナンはラマ皮紙に描かれた両軍のスペック差を見つめ、冷や汗が流れるのを感じた。
「それ、もし本当にスペインの本国艦隊と戦ったら、どういう海戦になるんだ?」
アタワルパはマッハスクワットをピタリと止め、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「どうなるかって? 兄上、例えるなら『大平原での、馬に乗った弓騎兵と、鈍重な軽装歩兵の戦い』だよ。奴らはこっちに近づくことも、大砲を当てることもできず、ただ風上で翻弄されながら、射程外から降ってくる鋼鉄の砲弾で一方的に蜂の巣にされるだけさ」
「……。それ、戦争じゃなくてただの虐め(ワンサイドゲーム)じゃん」
ニナンは思わず遠い目をした。
前世の歴史知識で知る「大航海時代の覇者スペイン」の威厳が、中ぐり旋盤の精度ハックと、動力機関&スクリューの機動力ハッ機動力ハックによって、跡形もなく消滅しようとしている。
「フッ、素晴らしい。圧倒的な技術格差による一方的な防衛、これこそ我がタワンティンスユのキラーンと美しい勝利の方程式です。兄上、これならパナマ総督が本国から何を言われようが、グアヤキルのピサロ商会支部を盾にしつつ、沿岸に近づく前に全て海の藻屑にできますね(眼鏡キラーン)」
「ガハハ! 兄上! 筋肉の勝利だな! これでパナマのピサロの野郎も、安心してウサカたちと飯が食えるってわけだ!」
アタワルパが再びマッハスクワットを再開し、工房に頼もしい地鳴りが響く。
『イリャパ・キープ(雷の手紙)』による超高速の密告網に続き、海上の絶対的覇権までも完全ハックしてしまったインカ帝国。16世紀の世界のパワーバランスは、ニナン皇帝の知らないところで、完全に「スペインいじめ」の領域へと超跳躍を遂げているのだった。




