ep36 インカ電信、イリャパ・キープ(雷の手紙)
「……へいか。これ、いちおう、じゅしん、できた。……けど、ザザッ、ザザッて、雑音、うるさいです。これじゃ、神託、ききとれない」
アンタチャが耳に当てた手製の木製レシーバーを押さえながら、珍しく眉の根元を寄せてジト目を曇らせていた。
それもそのはず、初期の固定式スパークギャップによる火花通信は、電波の波形が減衰しやすく、受信側では「ザザッ、ブツッ」というただの砂嵐のような汚い雑音にしか聞こえない。これでは実用的な通信には程遠いのだ。
「フッ、そこで前世の知恵の出番だ。アンタチャ、今の固定式の接点じゃなくて、接点をローターで(スターリング機関起動)で高速回転させながら火花を散らす『ロータリースパーク(回転火花隙間)』にするんだ! そうすれば電波が規則正しい一定の周波数になって、受信側での聞き取りやすさが跳ね上がる。ついでに、悪天候(雷雨時)のノイズにも幾分強くなるぞ!」
「……かいてん! 規則正しい、周波数……! おじさま!!」
アンタチャはバッと顔を上げると、隣のブースで新しいピストンを削っていたコリ親方に向かって叫んだ。
「おう! 呼ばれたか! 回転系なら俺の青銅鋳造とソリアの旋盤精度に任せとけィ!! 高速でぶん回る回転電極軸だな、今すぐ削り出してやるぜ!!」
コリ親方がマッハで仕上げた回転電極を、アンタチャが直流発電機とスターリング機関の駆動軸へ超スピード半田付けで直結する。
再びスイッチを入れて軸を爆速で回転させ、モールス鍵盤を叩いた。
『ブーッ、ブッ、ブッ、ブーッ!』
「おおおおぅ……! 聞こえる、聞こえるです! 雑音のなかに、はっきりと、綺麗な『音の波』が走ってる……!」
アンタチャのジト目が完全に電気の歓喜で潤んでいた。ロータリースパークによって、耳障りな砂嵐だった電波は、人間の耳でも明瞭に識別できる『独自の美しいモールス音』へと進化を遂げたのだ!
しかも、このタワンティンスユ独自のモールス信号は、インカ伝統の結縄文字『キープ』の多次元的なデータ構造(紐の結び目の数、位置、色)から強烈な影響を受けていた。
文字のアルファベットをそのまま送る西欧のモールスとは違い、一音の「長短の組み合わせ」だけで膨大な概念や数字(統計データ)を瞬時に圧縮して伝える、異次元の超高速データ圧縮通信ハックである。
そして、この目に見えない波で大陸を翔ける『無線』という新しい概念は、インカの民から畏敬を込畏敬を込めてこう呼ばれるようになった。
――【イリャパ・キープ(雷の手紙)】。
「フッ、素晴らしい。これで我が国のインフラは、空間に放たれる『雷の手紙』によってキラーンと完全掌握されたわけですね」
眼鏡のブリッジをクイッと上げ、内政官房長官ワスカルが影から最高に邪悪で知的な笑みを浮かべて現れた。
「兄上、このイリャパ・キープ(雷の手紙)の暗号表は、キープカマヨック(結縄官)の精鋭に共有させます。パナマ港のスクーナー船の動きも、ポトシ銀山の採掘データも、すべてが光速でクスコに集約されますよ(眼鏡キラーン)」
「ガハハ! 兄上! 空間に筋肉の命令を走らせるとはな! 敵が布陣を整えるより先に、我が鉄砲隊が『ブーッ、ブッ』という雷の音一つで敵の背後からマッハの一斉掃射を浴びせられるわけだ。最強の筋肉通信兵器だな!」
アタワルパも大砲を担いだまま大興奮でマッハスクワットを刻み、工房の床を爆音で振動させている。
「アンタチャ、よくやったぞ! 『イリャパ・キープ(雷の手紙)』の開通は歴史的な大偉業だ! 何か欲しい褒美があったら何でも言ってみろ!」
俺ニナンは直流発電機と昇圧コイルを見事に形にしてみせた小さな天才少女の頭を、溢れる感動のままにガシガシと撫で回した。これで帝国の情報通信ハックは完璧だ。
すると、アンタチャは撫でられるがままにジト目を少しだけパチクリさせると、舌足らずな声で淡々と言った。
「……ん。ほうび。なら、アンタチャ、へいかの、ごちょうあいが、ほしいです」
「ええーっ!!?」
俺の喉から裏返った悲鳴が飛び出した。
ご寵愛って、おい! 完全にそっちの「夜のフォーメーション(側室入り)」の要望じゃねえか!
「ほら? わたくしが最初に言った通りでしょう、兄様?」
そこへ、クシリマイがはち切れんばかりの褐色巨乳を誇らしげにぷるんぷるんと揺らしながら、ニヤニヤと勝ち誇った笑顔で割り込んできた。
「この子、普段は電気の機材ばかり弄って無表情ですけれど、お兄様のあの熱い技術解説パッションに脳髄まで痺れさせられて、お兄様のことも一人の男として激しく愛しているのですわ」
「そ……そうなのか……? 装置への愛着とかじゃなくて……?」
俺が冷や汗を流しながらアンタチャを見ると、彼女はジト目のまま、コクコクと小さく、しかし極めて力強く頷いた。
「勿論ですわ。さあアンタチャ、今夜はお兄様にたくさん可愛がってもらうのよ」
「はいっ!」
クシリマイに背中を押され、アンタチャのジト目の奥にバチバチッとピンク色の恋の電流が灯った。拒否権など最初から存在しない。こうして、電気工学の申し子である天才侍女アンタチャも、めでたく(?)俺の後宮ハーレムの側室回路へと配線されてしまうのだった。




