第26話 変態機動インカ船
パナマの港は、いつも通りのカリブの風が吹いていた。
「よし、帆を張れ! 追い風を掴め!」
スペインから派遣された新総督(まだインカの本当の恐怖を知らない)の号令のもと、数隻のスペイン帆船が、教科書通りに見事な追い風を受けて周囲の哨戒へと優雅に出発していく。
「ふはは、見よ! これぞ我が西欧が誇る大航海時代の航海術よ! 風と海を支配する者こそが――」
総督が鼻高々にマントを翻した、その瞬間だった。
「ズ、ズズズズズ……ッ!!」
海の向こうから、聞いたこともないような不気味な風切り音と、波を鋭く引き裂く駆動音が響いてきた。
総督がギョッとして望遠鏡を覗き込む。
「な、なんだあの船は……!? 帆の形が我が国のガレオン船と根本から違う……! それに、あいつ、今、完全にこっちに向かって『真逆の向かい風』が吹いているぞ!?」
港に入ってこようとするその船は、ニンガルド(ニナン)の超技術テコ入れによって造られた「タワンティンスユ製・特製縦帆スクーナー船」であった。 通常のスペイン船なら、向かい風を受ければ押し戻されるか、あるいは向かい風に対して60度近く大きくジグザグに航行しなければ進めない。しかし、そのインカの怪物は、現代のヨットに匹敵する「45度越えのあり得ん超鋭角」で向かい風を文字通り【間切り(まぎり)】、凄まじいスピードで港内へと滑り込んできたのだ。風の物理法則をバグらせたかのような、鋭すぎる機動。
「ば、バカな!向かい風を受けているはずなのに、なぜ平然と加速して入港してくるのだァーッ!? どんな悪魔の航海術だ! デウス(カトリックの神)よ!!」
ガタガタと震え、泡を吹いて驚愕する総督。
そんな総督の傍らで、うつろな目で水平線を見つめていたフランシスコ・ピサロが、乾いた笑いを漏らした。
「ハハ……。まあ、総督閣下、驚くのは無理もありません。ですが……『タワンティンスユ(あいつら)』だからなあ……(完全なレイプ目)」
ピサロの心はすでにへし折れていた。カハマルカで腹を割かれ、クスコで大砲の雨を見せつけられ、パナマに戻ってきてみれば、今度は物理法則を無視した船が襲撃してくる(※貿易です)。もう驚くエネルギーすら残っていない。
「おい、来たぞ。あの化け物皇帝との約束のブツだ。おいお前ら、早く連れてってくれ……」
ピサロが力なく手を挙げると、港のドックからモーモーと鳴き声が響く。
そこには、エルナンドとピサロがパナマ中からかき集めた、「蹄や乳房に変なデカい出来物(牛痘)のある、爛れたハズレ牛」の群れが並んでいた。
「へいへい!『ピサロ商会』のお通りだ! ほら、牛ども、足元に気をつけろよ!」
「インカの旦那がた、約束通り『最高にウミの詰まった極上の病気牛』を持ってきましたぜ!」
すっかり現地のやり手貿易商人にジョブチェンジした「ピサロ商会」の手代たちが、慣れた手つきでスクーナー船のタラップへ牛を追い込んでいく。
スペインの最先端(笑)の航海術で哨戒に出た船を尻目に、パナマ港のドックでは、インカの超高速スクーナー船にせっせと「牛痘の苗床」が積み込まれていくという、あまりにもシュールな光景が広がっていた。
「おい、ピサロ……。お前、いつからインカの『牛の調達業者』になったんだ……?」
呆然と呟く総督に、ピサロはただ、中身の抜けた笑顔でウイスキーのボトルを差し出すのだった。
「いいじゃないですか、総督閣下。これで我がピサロ商会は、インカ金貨で大儲けですよ……ハハハ……」
※第17話 ネタが思い付いたので大変更しました。新タイトルは『ザ・面接』




