第26話 インカの天然チート、筏(いかだ)海運
「インカの『グアラ舵の筏』……いやあ、陛下、あれは実に興味深い代物でやすねぇ?」
新型スクーナー船の量産計画が軌道に乗る中、ソリア親方が今度は海岸に引き揚げられたインカ伝統の大型交易筏をまじまじと見つめていた。
グアラ舵筏――それはバルサ材の巨木を組み、船底の船首、船尾付近の丸太の隙間に「グアラ」と呼ばれる何枚もの平たい木の板(センターボードやダガーボードの先祖)を突き刺したインカ独特の船だ。この板を抜き差しして前後の横風抵抗を調整することで、舵がなくても見事に進路をコントロールできる、隠れたオーパーツ技術である。
「そうなんだよ、親方! 実はあんたがパナマから来る前、俺もそのグアラの仕組みに目をつけちまってさ。なんとかこの筏に三角帆(バミューダ帆)を載せて、手軽な『快速逆風筏』を作ろうとしたんだが……どうにも上手くいかなくて諦めたんだ」
俺は苦笑いしながら、当時の開発失敗データ(ラマ皮紙に描いた設計図)をソリア親方に見せた。
前世の知識で「バミューダ帆+センターボード=現代のヨット」という最強理論は知っていたが、いかんせん素人設計である。
ソリア親方はその図面を覗き込むと、顔をしかめて、顎ヒゲをガリガリと掻きむしった。
「……うへぁ、陛下。これじゃあ無理だったのも無理ねえや。バミューダ帆の強烈な横風圧は、いくらインカの極上ロープがあっても、帆布が伸びてたわんでで力が逃げちまう、結局大して効率的にはならねえってもんですぜ?」
「やっぱりそうか……」
「ただね、陛下」
ソリア親方はニヤリと職人の不敵な笑みを浮かべ、図面の上から墨で別の帆を描き足した。
「この斜めに長い、長三角形の『ラテン帆(三角帆)』なら、風圧が下に分散されやす。これなら多少帆布が伸びたって推力は出る、グアラの横流れ制動力もガチッと噛み合いやす。……多分、イケやすよ?」
「おおお! マジか親方!!」
そこからのソリア親方の仕事はマッハだった。
インカ伝統のバルサ巨木筏に、旋盤で削り出した滑車、そしてソリア直伝のラテン帆が組み合わされ――1週間後、歴史上どこにも存在しない『ラテン帆グアラ筏』が完成した。
さっそく試運転をしてみると、これが恐ろしい性能を発揮した。
見た目はただの木製の筏なのに、ラテン帆とグアラ舵の奇跡的な相乗効果により、風上にジグザグと切り込んでガシガシ進んでいく。その逆風帆走性能たるや、大航海時代の探検の主役であるスペインの「キャラベル船」「ブリガンディー船」に匹敵するレベルだったのだ。
「うーむ。確かに面白い動きをするが……兄上、やはり速度の面ではスペインのガレオン船や我らの新型スクーナーには到底敵いませんな」
海岸で腕を組みながら見守っていた雷鳴将軍アタワルパが、少し物足りなさそうに首を振った。
逆風性能は高いがやはり筏。水の抵抗が高く速度は出ないのだ。
「大砲を積んで海戦をするには、いささか機動力が足りん。軍用にするには無理だな……」
「フッ、アタワルパ、お前は相変わらず筋肉(軍事)のことしか頭にありませんね」
そこへ、眼鏡をキラーン!と冷酷に輝かせたワスカルが、内政計算用のキープ(帳簿)をパチパチ叩きながら歩み出てきた。
「兄上、この変態筏は『宝の山』です。何と言ってもガレオン船に比べて製造コストが格安。ミタ制の一般職人でも数日で造れます。それでいてキャラベル船並みの逆風性能を持つとなれば……我が帝国の長大な沿岸部、およびパナマやチリ方面への日常的な物資の流通・大量輸送には『最高・最適の神ツール』ですな(眼鏡キラーン)」
「そう! まさにそれなんだよワスカル!」
俺は有能すぎる官房長官に親指を立てた。
軍用は少数の高級ガレオン船に任せ、平時の経済物流はこの変態筏の船団で回す。完璧な二段構えの経済内政チートだ。
「まぁ! コストパフォーマンス抜群の『変態ラテン帆』だなんて、まさに兄様そのものですわ!」
案の定、背後からクシリマイが汗ばんだ褐色巨乳を俺の背中にグイグイと押し当ててきた。
「夜の営みの3対1という激しい夜の向かい風でも、兄様のラテン帆(意味深)はヘタれることなく進んでくださいますものねぇ♡」
「陛下、このグアラの板を抜き差しして進行方向をコントロールする仕組み……夜の『抜き差しによるピストン制御』にも完全に生かせますね」
キリヤが白衣を脱ぎ捨て、褐色スレンダーな肢体をくねらせて俺の正面からホールドしてくる。
「今夜は私と正妃様が陛下の『グアラ板』となり、ベッドの上でのピッチングとローリングの角度を厳格にクリニカル・コントロール(臨床実験)させていただきます」
「ボク、筏のロープみたいに陛下をフットホールド(囲い込み)しちゃいますからね♡」
フェリちゃんまで嬉しそうにドレスを翻す。
「待って!! 経済のコストバランスは最高だけど、俺の夜の体力の消費量が完全に大赤字なんだけどーーー!! 誰か俺のグアラ板を抜いてこの夜の荒波から救い出してくれーーー!!」
チート船大工の助言により、インカ伝統の筏をキャラベル船並みの輸送兵器へと超進化させたニナン皇帝。
大陸の経済流通網は完璧に完成したが、今夜もまた、全方位から容赦なく抜き差しされる嫁たちのカオスな夜のグアラ舵に、跡形もなく沈没させられる運命なのだった。
+ラテン帆グアラ舵の筏+
「コンティキ2号」の航海実験によると筏で南米からポリネシアを往復した可能性が高いらしい。イラストは小型の新インカの輸送船をイメージした物。




