7 孤高なぼっち魔王は、虫が嫌いなメイドに叫ばれる
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今日はミヤビが「何かを手伝いしたい」と言い出した。
彼女に何ができるのかとしばし考えた結果、畑での収穫を手伝わせる事にした。サンドイッチは作れたものの複雑な調理は期待できない、かといって掃除も雇用主から「掃除をすると汚れるから」と謎のストップをかけられているらしいし、消去法で被害が少なそうな選択肢がこれしかなかった。
城の近隣にある畑で指示した野菜の採取を命じてしばらくの間様子を見ていたがミヤビは案外手際が良かった。「色が薄い、または小ぶりなものは熟しきってないので採らない」「実もの野菜はヘタの根元から切り取れ。ハサミを使え」「自分で判断がつかない時には勝手な真似はせずに呼べ」とあらかじめ言っていたが、それもきちんと守っていた。
このままではこのエリアは任せてよいなと魔王が果樹園へと足を向けみずみずしい果実をもぐ作業をしていたら「ぎにゃっ!!」というミヤビの声が聞こえた。
悲鳴というか素っ頓狂な声に驚き、駆け寄るとミヤビが顔面蒼白で尻もちをついていた。
「なんだ、騒がしい」
(大体『ぎにゃっ!』とはどういう叫び声だ。猫か)と呆れた様子で魔王は視線を送る。
「にゃ、にゃっ!」
顔は青ざめており、言葉にもならないといった様子だ。震える指でとある葉物野菜を指さす。見ると、指し示す方には、葉の陰からでっぷりと太ったナメナメが姿を見せていた。
畑内に魔物が侵入して襲われたのかと思った魔王は、安心して息を吐く。
「なんだただの虫ではないか。毒もないし騒ぐほどの事ではあるまい。もしかして噛みつかれたのか?」
人間世界でいう所のなめくじであるナメナメは毒こそは無いが、凶悪な性質で目の前の物に見境なく噛みつく習性がある。鋭い歯がびっしりと並び、噛みつかれると地獄の苦しみを味わう。一旦噛みつかれると引きはがすのは、かなり厄介だ。
そう思って見るがミヤビの細く白い指は無傷だ。噛みつかれたわけではないらしい。
「にゃー! にゃー!!」
魔王の気持ちも知らずに、ミヤビは尚も何かを叫んでいる。何を訴えかけているのかまるで意味が分からないが。
「言葉を喋れ、人間の言葉を。貴様、一応ヒト族だろうが」
「だ、だってあんな大きいなめくじが居るだなんて! しかも、なんかシャーシャー威嚇してますよ!!」
「だからどうした。普通だろうが」
「なめくじはっ!! 普通、声を出しませんよ!! あんなヌメヌメしてる生物なら声帯だってないでしょうにどこから声出してるんですか!!? 変ですよ!! 魔界の生き物だからってめちゃくちゃですよお!」
なにがあっても飄々としているミヤビが珍しく慌てふためている。しかも正論を言っている。
「早くっ!! マオーさん早くその子をなんとかしてくださいよ~!!」
すでに涙目になっている。面白いからそのままにしてやろうかという気が無くもない。そんな魔王の心が読めたのか、ミヤビは声高に叫び始めた。
「何とかしてくれないと帰らずにここに永久に住み着いてやるんですから! 一生ぐうたらとニート生活してやるんですからっ!!」
「わかった」
ミヤビのその言葉はどんな脅し文句よりもきいた。
魔王がひょいとナメナメの顔を固定するように摘まみ、潰そうと力を込めた途端にまたミヤビが騒ぎ出した。
「ダメです!! 殺しちゃダメですよ!!」
排除しろ、でも殺すなとは矛盾してないか? と魔王はその力を若干緩める。するとその途端にナメナメは「解放しろ」とばかりに、ぎゃーぎゃー耳障りな鳴き声を上げている。その様子を見てミヤビが再度叫びだした。
「何故だ、お前がこれを何とかしろと言ったではないか」
魔族における「排除」はすなわち殺害だ。ちっぽけな虫ならば尚の事、情けをかける必要もない。
「私の前からいなくなってくれればいいんです。ぽいっとしてください。あ、でも私からは遠く離れた場所にしてくださいね」
「面倒だな」
本来ならばニンゲンの女の頼みなぞ聞いてやる必要が無いが、ミヤビの事だから殺したら殺したでまたわめき倒すだろう。数日、いやもしかしたらここに滞在中ずっと引きずるかもしれない。そんな未来を考えると彼女の望み通りに遠方に投げ飛ばした方がマシだ。
畑に戻すとまたミヤビの目につくかもしれないと、魔王はナメナメを掴んでいる手に魔力を軽く込めて近隣の林へとそれを転移させた。
生命力の強いナメナメならどこでだって生きていける、これで文句ないだろうとミヤビに視線を送ると心底ほっとしたようでその豊かな胸をなでおろしている。
「飛ばしたぞ。これで文句は無いな」
「えへへっ、マオーさんありがとうございます。殺さないでくれて」
「……ふん」
虫の命を慮ったわけでも、ミヤビの為でもない、このまま騒がれると鬱陶しいからだと口にしたかったし本心からそう思ったが、ふと疑問に思った。
「あれだけ嫌いなものを何故殺そうとはしない?」
それは孤高の魔王として生きてきた者にとっても理解しがたいものだった。邪魔な存在ならば全て抹殺、それが魔族だ。
なのに目の前の人間の考えが分からない。一目見ただけでも叫ぶほど嫌悪しているものを。
「だって、嫌いだからとか自分が目にしたくないからといって生き物を殺しちゃダメですよ。彼らにだって生きる権利があります。自分の好き嫌いで命を奪っちゃダメです。そんなのエゴですもん。とはいっても、ゴキゴキなどの繁殖力の強い害虫は別なんですけど。あれは容赦なく殺しちゃいますよ、ぷちっとね!」
両手を強く握りしめ、鼻息も荒く語る。
「嫌いだからといって殺さない……か。貴様は人間としても変わってるようだな」
「そうですか? うーん、よくわかりません」
「人間なぞ欲の為に、自分の感情のままに他者を害するものではないのか?」
事実、魔族よりも残虐な行為をするものも人間の中には居る。大した理由も無いのに人を害してそれを反省もしない人間も魔王は過去に見てきた。
「まぁそういう人も居るかもですね。でも他の人がそうだからといって私はそんな風になりたくないです」
ずっと座っていて足がしびれたのかミヤビが音もなく立ち上がった。スカートの皺を伸ばすように軽くはたくとはにかむように小さく呟く。
「だって……嫌いだとかそんな身勝手な理由で殺されるのって悲しいじゃないですか」
風がふわりとミヤビの髪の毛を舞い上げる。髪の毛を抑えながら、ミヤビがほほ笑む。だがその瞳がどことなく悲哀を帯びていた。
空気を打ち破るようにミヤビはひと際大きく声を上げた。
「さぁ! これくらい採取したらいいですよね。あまりとりすぎると明日のご飯分が無くなっちゃいますもん。ねぇ、マオーさん、私先に帰りますね」
魔王の返事も聞かずに、ミヤビは自分の分の籠を持ち駆けていった。まっすぐと魔城に帰っていくその姿を見て魔王は呟く。
「生きる権利がある、か……」
魔王の知る限り「異世界転移者は元の世界で『肉体を喪失したもの』つまりは『死を迎えた者』だ。
この世界には魔法陣によって強制的に異世界から誰かを召喚するような高等な魔術は無い。世界を渡るのは神のような超越した者でないと不可能なのだ。
ミヤビは「神の気まぐれによって、こことは別の世界である『エーデル』に転移、それを経てこの世界に迷い込んだ」と語っていた。
まだ年若い彼女はエーデル以前の元々の世界で果たしてこれまでどんな世界でどんな生を送ってきていたのか。そしてどういう風に神によって「死」を迎えさせられたのか――。
「ふん。……今日のおやつはアップルパイにするか。たまにはレーズンを抜くタイプのものでもよかろう」
そう独り言ちながら魔王は籠の中にある赤く熟した果実を撫でた。




