6 孤高なぼっち魔王は、散歩したいメイドに付き合わされる
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「マオーさん! 今日はいいお天気ですよ!」
「知らん」
魔城の玉座。魔王は傍らの中ボスと何やら会話をしている。漏れ聞こえてくるのは「自称ユウシャ」「異変を感知」「発見次第、即排除」などミヤビには馴染みの無いものだ。
いつもとは少し様子が違う2人だが、ミヤビは興味もなく執拗に魔王の腕を取る。
「ね、ね! お外行きましょう? 」
「我は行かん。勝手に一人でどこへなりとも逝け」
そう言いながら、心底鬱陶しそうにミヤビの手を払いのける。
「むっ? なんだか『逝け』と聞こえちゃいましたけど?」
頬に人差し指をあて、空中に視線を彷徨わせるミヤビ。
「言った。それがどうした」
ミヤビに視線を送るでもなく、魔王は中ボスとの会話を中断しようとしない。
それに不満を覚えたミヤビは手足をバタつかせながら駄々をこねる。
「中ボスさ~ん! マオーさんが虐めますよ!!」
「言いつけるとは子供か、貴様」と、しっしっと邪魔者を追い払うように手を振る。
「マオー様も子供じみてますけどね」
2人の様子を呆れながら静観していた中ボスが口を挟む。
「一緒にするな。大体、散歩なら勝手に行け」
「だって私まだこの辺りのこと知らないんですもん。迷子になっちゃいますよ」
「それならそれで好都合だ」
「なんでそんな事言うんですかー!? もうっ!!」
ミヤビは頬を膨らませ、子供の様に大げさに地団太を踏む。魔王と中ボスの冷ややかな視線に晒されてもその癇癪は収まらない。それどころか、このままでは床に仰向けになり手足をバタつかせかねない。
菓子を買ってもらえない子供の様に。その様子がありありと思い浮かべられ、魔王と中ボスは揃って痛む頭を押さえた。
「……ハァ。黙らせるためにも一緒に庭でも散策してきてください」
「中ボス、貴様は我を売るというのか」
「彼女のご指名はマオー様ですからねえ」
我関せずとばかりに中ボスは顔をそむける。中ボスにしてもこれまで見た事の無いタイプの人間のミヤビには困惑してるようだ。――要するに、あまり関わりたくないらしい。
目じりに涙をためていたミヤビはその会話を聴き、一転して喜びで破顔する。
「いいんですか?」
「……少しの間だけだぞ」
「やったー!! じゃ、早速行きましょう! 私の方は準備万端ですもん」
ミヤビは屈託も無い様子で魔王の手を握り、玉座に座る彼を引っ張り立たせようとする。女性にしては強い力に一瞬魔王は顔をしかめる。大量の食事を1日に5度程配膳していたと言っていたからか妙に力が強い。
「さぁさぁ! 行きましょう!!」
「ふん」
仕方がないといったように魔王は重い腰をあげる。5分程付き合えばいいだろうと軽く考える。この辺りは特に遊び場があるわけでもない。どうせすぐにミヤビも飽きるだろうと踏んでのことだ。
そのままミヤビは魔王の手を引き、ずんずんと先を行く。軽く庭を散策するだけかと思っていたが、門を通り抜けた。思いのほか遠方へと足を向けるようだ。
「どこへ行くつもりだ」
「お部屋から湖があったのが見えたんです。なので、そこに行きたいなって」
「……ああ」
確かに近隣に湖はある。森に囲まれたこの地ではひと際珍しく感じたのだろう。
だが、ここはミヤビの住んでいた場所とは違う異世界。危険な魔物が生息している世界でなおかつここは魔界だ。あのままミヤビを放置していたら、しびれを切らした彼女が単身湖へと向かっていたかもしれない。そうしたら彼女は大怪我、もしくは命を落としたかもしれないと考えると付いてきてよかったと思う。
先ほどは口ではああいったが、魔王とはいえ、残酷な性質を持っているわけではない。知り合った娘が魔物の餌食になるのは居心地が悪い。
「湖で何をする気だ?」
「別に用事があるってわけじゃないんです、ただ見たいなって」
「酔狂な事だ」
女性の足ではかなり時間がかかるだろうと踏んでいたが、意外にも早く湖についた。かねがね思っていたが、ミヤビの脚力は常人を遥かに超えている。これも神からの祝福の一環だろうか。実際、今も軽く息をつくだけで体力はまだまだ余力があるようだ。
肉体が強化されているというのもありえなくはない。かつて歴代魔王と敵対していた勇者たちがそうだったように。
「うわ~!! 窓から見るのとは違って壮大ですねぇ」
「そうだな」
事実ここには大型の水棲魔物が住んでいる程の広さだ。もっともその分、危険が増すが。魔王が傍にいる限り、下手な魔物は襲ってこない。それほど彼の放つ魔力は周囲に威圧を与えて魔物の動きを抑えている。魔物だけではなく、人間にも効果がある。
もっとも魔力のないミヤビにはそれが感知できないらしいが。
「ここは平坦だし、ちょうどいいかな? よし。マオーさん。ちょっと手伝ってください」
「うん?」
見るとミヤビは何か大きな布のようなものを持っていた。
「そっちの端を持ってください。そのまま立っていてくださいね。手を放しちゃだめですよ」
そういうとミヤビは魔王から離れてある程度の距離を取る。すると双方が持っていた布がピンと張った。
「じゃあそのままそれを地面に敷いてください。あ、両端に何か大き目の石を置いてください。そのままだと風に煽られ飛んでっちゃいますからね!」と言われ魔王は素直に従う。
重しとなる適当な石を置いたところで、ミヤビから「ばっちりです!」と声がかかった。ミヤビも同じように石を置くことで四方が固定された。それを満足そうに見て軽く頷くと靴を脱いでその敷物の上に乗った。
「マオーさんも靴を脱いで下さいね」
寝るとき以外は靴を脱ぐ習慣が無い魔王は一瞬ためらったものの、ミヤビの指示通りに従う。それをミヤビが満足そうに見て頷く。
「さてさて。ぼちぼちマオーさんもお腹が減った頃じゃないですか?」
言われると確かに少し早いが昼飯時だ。そしてここまで歩いてきたので心地よい疲労と空腹を感じる。
といっても、予定外の外出、なおかつ目的地も知らされずに歩いてきたので食べられるモノは何も所持していない。
「ふっふん!! じゃじゃーん!!」
ミヤビが奇妙な声を出したかと思うと「祝福のポケット」から籐で出来た大きなピクニックバスケットを出した。
つくづく「あんなものが取り出せるとは不思議なものだ」と魔王は思う。
ミヤビは鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌でそれを開ける。魔王がちらりと見ると、それには色々なモノが入っていた。謎の円筒形の物からコップ。さらには長方形の入れ物が見える。ミヤビはそれらを取り出し、敷物の上に並べる。
円筒形の物は飲み物を入れる容器だったらしく、コップにアイスコーヒーが注がれていく。続けざまに長方形の入れ物をミヤビが笑顔で開ける。
「サンドイッチでーす!! なんとなんと! 私が作ってここに入れておいたんですよ!! 厨房は好きに使っていいと言われたので使わせてもらいました!!」
シンプルな卵サンド。レタスやハムなどの野菜が挟まれたもの。さらには昨晩の夕食の残り物のチキンを薄切りにしたものが並んでいる。
「……食えるのか?」
「むっ! 失礼な。これでも切ったり挟んだりくらいは出来ますよ!」
「威張れることか?」
「まぁまぁ、文句は一口食べてからにしてください。あっ、こっちがマオーさん用です」
「別?」
「そうですよ。マオーさんの方にはチーズ入れてますもん」
言われて見ると確かに魔王のサンドイッチの方にはチーズが入ってる。
「どうです? この気遣い、まさに『出来るメイド』でしょう?」と、いささか威張ったように胸を張る。これくらいで威張るなと魔王は思ったが、あえて口にしなかった。
サンドイッチなら不味く作る方が難しいだろうと思い魔王は口をつける。「料理が出来ない」と言っていたが、出来栄えは普通だった。具材が焦げているわけでもないし、味付けがおかしいわけでもないし組み合わせが変でもない。チキンにいたっては昨夜の残りの照り焼きチキンをソースも流用してるから味に間違いはない。
ちなみに照り焼きチキンは魔王が調理したものだ。
「……まぁ普通だな」
「むぅ。まずいと言われなかったのはいいですが、普通って言われるとなんか微妙な気分ですね」
そういいながらもミヤビは卵サンドを咀嚼する。
とはいってもミヤビが言っていた通りに具材を切って挟んだものだ。基本的に味付けはマヨネーズ、塩コショウくらいでこれを不味く作る方が逆に才能がある。
「変にオリジナリティを出そうとしないのは殊勝な心掛けだな。初心者は余計な事をしてよく失敗するからな」
「基本が大事ってよく言いますからね。でもでもっ! いつかは私もマオーさんみたいなお料理上手になってやるんですから!」
「せいぜい頑張るがいい」
ミヤビは所詮この世界の人間ではない。その内に帰っていく存在だ。そしておそらくはもう二度と会うことはないだろう。
彼女にも元の世界で待っている主様が居るのだから。
「いつか、か」
ミヤビの料理の腕前が上達する方が先か、それとも帰還する方が先か、それはわからないが2人はしばしの間をのんびりと過ごした。




