5 孤高なぼっち魔王は、こだわりを持つメイドにアップルパイを駄目だしされる
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「わぁ! アップルパイだ!」
オーブンから出したばかりのそれを見てミヤビが顔を綻ばせる。ミヤビの居た世界とこの世界は基本的に食料品が似通っていると聞いたが、アップルパイまで存在してるのかと魔王は思った。
「神様は沢山の同じような世界を作り出してるんです。そして少しずつ変えてるんですよ。でもって気に入らなかったらその世界を破壊してるって、そう言ってました」
食卓でアップルパイを口にしながらミヤビはそう言う。
そんな重要なことをしれっと教えていいのかと思ったが「問題ない」と胸を張っていた。いわく「知られてもどうってことはないから」らしい。
神の作った世界の1つの中で生きてきたミヤビはある日突然彼女が「主様」と呼んでいる人物が居る世界「エーデル」へ転移させられたらしい。転移の際に神と会い、祝福を受け取った。そしてその世界を軸に幾たび異なる世界を「移動」してはまた主様の元へと戻るというのを繰り返しているという。
彼女が元々居た世界の事はあまり記憶にないらしい。明確に覚えているのは、ミヤビと呼ばれていた事と、チーズが大の苦手だという何の役にも立たない情報だ。
それが嘘か本当河定かではないが、ミヤビからは異世界の叡智は期待できないようだ。
神に弄ばれている境遇の悲壮感を感じさせずにミヤビは目の前のアップルパイに舌鼓をうつ。
「アップルパイって好きなんですよね~」
「ふん、貴様は食べられるものならなんでも好きなんだろうが」
「むむ。確かにそうとも言えますね。美味しいものを食べてる時って幸せだって実感するんですよね~」
魔王はフォークをアップルパイに突き立て、横向きにして切る。アップルのしなっとした手ごたえがあったが、構わず力を籠め切り分ける。それを口に入れると途端にカスタードクリームの柔らかな甘みが広がる。
いい出来だな、と魔王は満足げな笑みを浮かべる。
魔王は家事全般を自ら行っている。基本的にこの魔城には誰かが訪れることは無い。暇を持て余してる事もあり、その技術はかなり上達している。特に料理の腕前は。
美味だと思ったのはミヤビもだったようで「うーん。本当に美味しい。色んな世界で食べたどんな物より美味しいかもですね」とアップルパイを食べる手を止めない。
そして、相変わらず食べながらの会話はやめない。話を振られるのは面倒だが、魔王は適当に相手をすることにした。
自作のアップルパイを褒められて悪い来はしない。
「当たり前だ。我が調理したものだぞ」
「これ、お店開けるレベルですよ? どうです? 起業しません??」
ずいとミヤビは身を乗り出す。かなり本気のようだ。
「どこに店を開けというのだ、ここは魔界だぞ」
そして魔界では魔王のような完全な人間体の魔人はあまり居ない。魔獣、魔物、もしくは中ボスのような大まかに魔族と呼ばれる生物だけだ。魔族は人間の生気は吸うが、生命活動を行うのに食べ物は必要としていない。
食べることは可能だが、積極的に食べ物を摂ろうとはしない。非効率だからだ。
「へぇ。中ボスさんはご飯が必要ではないのですかあ。ごはんが食べられないってのはなんだか寂しいですねぇ……。私がご飯食べられなくなったらどうしましょうか?」
「知らん」
「むむっ。マオーさんだってある日突然ご飯が食べられなくなったらきっと泣いちゃいますよ!?」
「泣くか、たわけが」
「だってだって、人生の楽しみの9割は美味しいごはんですもん!」
「他の楽しみは1割しかないのか、食に対しての比率が大きすぎる。貴様は人生の過ごし方を少しは考え直すべきだな」
などと他愛もない話をしているとミヤビが小さく声をあげた。
「あっ……」
「どうした?」
フォークにパイを刺したままミヤビの動きが止まっている。
「これ、レーズン入ってるんですね……」
「だからなんだ」
魔王の調理するアップルパイはリンゴ、そしてカスタードクリームに加えてレーズンを入れる。それにより風味が増し、食感も楽しめるからだ。
「私、アップルパイにはレーズン入れたくない派閥なんですよ」
「知るか」
大体、派閥とはなんだと魔王は心の中で毒づく。そしてミヤビを放置してアップルパイを食べる事に専念した。
「え~……。マオーさん冷たい。うう~~」
顔はうなだれ、わかりやすく肩を落とし、がっかりとした様子のミヤビ。彼女にしては珍しく食べる手まで止まってしまった。
「そんなに嫌いなのか」
「ですです。うう……。レーズン自体は好きでも嫌いでもないんですが、アップルパイに入ってるのは嫌なんですよね。いわば酢豚にパイナップルが入ってるのは嫌な感じです。同じように焼きそばに紅ショウガが入ってるのも許せません。あ、ポテトサラダに林檎が入ってるのはOKですけど」
「意味が分からん」
自信を持って調理したアップルパイを否定されたようで、魔王も心中では苛立ちを覚える。大体が調理全般は魔王に丸投げしておいて、出された料理に文句をつけるとはなにごとだと思わなくもない。
「いらぬのなら――」
我が食う、寄こせという言葉を発する前に「えいっ!」と気合を入れてミヤビはフォークを口の中に入れる。そしてやや涙目になりながらもいつものように味わうようによく噛む。
「もったいないから捨てませんよ!!」
魔王の言葉を「要らないのなら捨てろ」と誤解したミヤビはきちんと飲み込んだ後に、魔王に対してびしっと人差し指を突きつける。
「食べ物を捨てる事なんてしません! チーズ以外は!!」
「チーズは捨てるのか」と魔王は半ば呆れつつも、苦手だといっていたレーズン入りアップルパイをどんどんと口に入れるミヤビの迫力に押され口を閉じる。
ぞんざいに飲み込むのではなく、食べ物に対する敬意を持っているのか律義に咀嚼をしているのがある意味滑稽でもある。嫌なら適当に噛み飲み込めばいいものを。
「うう……。レーズンさえなきゃ完璧なのに~~」
泣き言を言いながらも結局は完食した。紅茶を飲み干し、ふうと一息つく。
「今度はレーズン抜きで作ってくださいね~~」
「断る。レーズン抜きのアップルパイなど考えられぬ」
「ええ~~!? この鬼、悪魔、魔王っ!!」
「貴様の悪口のレベルは村の子供レベルか」
それ以前に、魔王に「魔王」というのは悪口としても成立していない。
「今後作る時には貴様のアップルパイにはレーズン増量で入れてやるとするか」
「むむっ!? 人の嫌がる事をしちゃいけないんですよ!」
「文句を言うのなら自分で作れ」
「ぐぬぬ……。なんという正論を」
「調理場は好きに使うがいい。貴様に出来るものならばな」と魔王はさらにミヤビを挑発する。自分を超えるアップルパイをミヤビが作れるわけはないと高をくくってるのだ。
そしてその言葉は正しい。
それに対してまたもや動物めいた奇声をあげ抗議をするミヤビ。
その様を中ボスは生暖かい目で見守っていた。
「平和ですねぇ……」




