26 自罰と続く想いを告げて
美亜は過去の答え合わせを始めた。
「葛飾真綾ちゃんって、覚えてる?」
「葛飾……ああ」
いきなり何の話だろうと思いつつ、俺は葛飾真綾のことを思い出した。
中学の同級生だ。活発で誰にも物怖じなく発言するクラスのリーダー的存在だったのが印象に強い。俺も中2と中3は葛飾と同じクラスだった。
誰彼構わずキッパリと発言してくのが見ていて多少ハラハラしつつ、そういう姉御肌的なところが葛飾は女子に人気だった。
男受けは二分してたように思う。俺は嫌いじゃなかった。サバサバしていて付き合いやすかった覚えがあった。
「真綾ちゃんね、昔伊織くんのことが好きだったの」
「……えっ?」
聞き間違いかと思った。目を丸くした。
「……嘘だろ?」
「ほんと。私、本人に昔相談されたもの。『如月くんのこと好きなんだけど、付き合うにはどうしたらいい?』って」
美亜の口から聞いても、あまりに衝撃で上手く飲み込めない。
本人にそんな素振りはなかったし、葛飾は中3の途中で彼氏作ってたと思う。
『受験期なのによく付き合うよなぁ』と美亜に失恋して若干恋愛が疎ましくなってた時期に、できたてほやほやの彼氏と歩く葛飾を俺は見た覚えがある。
「えっと、私が勝手に暴露するのもどうかなって昨日の夜からすごく迷ってたんだけど……真綾ちゃんは今は別の人と付き合ってるみたいだから、時効かなと」
美亜は腕を組んで、うんうんと唸っている。
俺的には完全に時効だと思うのだが、そうやって気にするところが人として配慮が出来ていて、美亜の好きなところだ。
でもやっぱり、気になったようで、美亜は教会のお祈りみたいに、目をきゅっとつむって手を合わせた。
「………真綾ちゃんごめんなさい!伊織くん絶対誰にも言わないでね!この話は、自分の心だけにとどめておいてね!」
「あ、…ああそれはもちろん」
というより、それを言ってどうなるという話だ。誰かに想いを寄せられていたということ自体は嬉しいのだが、過去のことだしな。
俺は男の武勇伝みたいに鼻にかける趣味はない。
「さっきも言ったように……中2の夏明けだったかな?真綾ちゃんがね、私に相談してきたの。如月くんのことが好き、付き合いたいんだよね、って真綾ちゃんに打ち明けられた」
美亜は困ったように微笑んだ。
「……ほんとはね、きっと。そこで私も言うべきだったんだ。私も伊織くんが好きなんだって、真綾ちゃんに。でも…私、なんとなく言い出せなかった……」
狡いよね、と美亜は自嘲気味に吐き出した。俺は静かに首を振った。美亜は眉を下げて、また困ったように笑った。
友達と好きな人がかぶって、それを自分もと言い出せる人、言い出せない人。
俺はどちらも気持ちが分かる。実際、自分がその状況になった時、俺はどちらだっただろう。
「昨日の夜に伊織くんが言ってたのは、中2の秋のことだよね?私が周りから『伊織くんと付き合ってるんじゃないの?』って訊かれた時……だよね?」
「…うん」
放課後。俺が忘れ物を取りに行こうと教室に戻った時、美亜と5人くらいの女子が残って話をしているのをたまたま見かけた。
そのとき話題は俺と美亜の関係性についてだった。あの頃の俺たちは、男女が仲良くしてたら付き合ってるんじゃないの?と気になる年頃だったのだ。
そしてその時美亜が俺との恋仲を疑われて、友達の前で一生懸命否定していたのだ。
それを俺が偶然にも聞いてしまった。
伊織くんは恋愛対象じゃない。
一生友達だから────、と。
俺が脈がないと思って、美亜とぎこちなくなってしまったのはそれからだった。
「伊織くんがその場面を見ていた時、実はね私の隣には真綾ちゃんが居たんだ。私は真綾ちゃんが伊織くんを好きなことを知っていたから。だから、私は……言えなかった。『伊織くんが好き』って、勇気を出して言えなかった……」
そういえば。
美亜が俺との恋仲を勘繰られて、『違うよ!』と否定した時。
葛飾は、美亜の隣に居た気がする。俺は失恋で頭がいっぱいになって、葛飾の表情などは見てないのだが、もし美亜の話が本当なら………
葛飾は、どんな表情をしていたのだろう。
今となっては、もうとっくに過ぎた話なんだろうが。
「私はあの瞬間、伊織くんへの気持ちより……友情が壊れないことを優先したの。正直に真綾ちゃんに『私も伊織くんが好き』と打ち明ける勇気が、私にはなかった。もしそのことで真綾ちゃんとの仲が悪くなっちゃったら、どうしようって」
美亜は、ふっと笑う。自嘲らしい吐息は、冬の凍える空気へと消えていく。
「まさか、伊織くんがそれを聞いているだなんて思ってなかったなぁ」
「…だから、"ごめんなさい"って思ったの。どうして伊織くんは私から急に距離を置いたんだろうって、私心のどこかで伊織くんに怒っていた。高校に入ってからもずっと、伊織くんはまるで私のことは知らない人みたいに扱ってたから。それはすごく寂しくて、伊織くんが恨めしたかった時期もあったの」
俺が静かに目を見開くと、美亜は長い睫毛を伏せた。
美亜は膝の上できゅっと手をきつく握った。
「……でもその理由が分かって……伊織くんが離れる原因をつくったのは私なのに、…なのに。…怒ってたのがお門違いだったって気付いて、私っ、伊織くんに申し訳なくて………」
ああ、それで昨日の夜……
ようやく合点がいった。
俺が美亜に『俺が頑張ったら恋愛対象になれる可能性ある?』と聞いた時、美亜は涙を流しながらごめんなさいと謝ってきたから、てっきり俺は完全にフラれたんだと思っていた。
だけど美亜のあの涙は、俺がどうして美亜と距離を置くようになったのかの原因を知った涙だったのか。
「俺…あれは、フラれたのかと思ってた」
「えっ、!?ご、ごめんね!違うよ、あれは伊織くんがどうこうとかじゃなくて、私が悪かったのに伊織くんは何で距離置いたんだろうって今まで責めてた自分自身に失望したというか、ものすごく自己反省の涙というか……っ!」
中学時代、俺との恋愛関係を否定したことを、俺が知っていると美亜は知らなかったから、彼女はこれまでのことが過去の自分のせいだと思って泣いた、ってことか。
一方的な理由で俺が美亜から離れてしまったとばかり思っていたから、彼女はそんなことは全然知らなくて、いきなり俺が過去の話を持ち出してきたから突然すぎて処理が追いつかなかった……みたいなことだろう。
俺は安堵と自己反省と疲労感が、一気にどっと押し寄せた。手で顔を覆った。もう、俺もなんか処理が追いつかない。
「……ごめん」
「私の方がごめんなさい……」
お互い意気消沈していた。消え入りそうな声だった。
なんというか……
とことん、すれ違いにすれ違いまくってるな俺たち。
言葉足らずだったのか……。
「伊織くん」
名前を呼ばれて顔を上げると、ごめんね、と美亜は泣きそうにしていた。
そんな表情しなくていいのに。
しないでほしい、と思うのに。
上手く言葉が出てこない。
伊織くん、ともう一度呼ばれた。
「私は、ずっと伊織くんのことが好きです。きっと私よりも長く貴方を想っている人は、他に居ないと思ってる。誰よりも一途だと自負がある」
「でも、こんな私が伊織くんを好きだと語る資格は、あるのかな」
どうして俺と付き合うのを保留にしたいのかと思った。せっかく長年のすれ違いが解消されたのに。
つまり、美亜は俺にそんな罪悪感を抱えているらしかった。
主人公に裏切られた。
幼馴染だけじゃなくて葛飾さんにも好かれてた。
なんだなんだ、君はそっち側のやつなんだな。(某国語教科書構文)
ということで哀れな作者にブックマークと感想とリアクション、お願いしますー。
そうなると作者の筆が捗る。
それはつまりこの作品が完結に…近づく……!!(はず)




