24 野次馬と愚者と2人
やっと通じた、
やっと、届いた。
「伊織くん、大好き」
まるでしがみつくみたいに俺をぎゅうぅっと抱きしめる美亜の重みが、体温が、俺に全部教えてくれる。
そう思うと、どうにも歯止めがきかなかった。
もっとカッコつけたいのに、ボロボロと子供みたいに涙が出てきた。
色々と尋ねたいことはあったけど、それより今は自分の気持ちが美亜に通じた安堵で胸がいっぱいだった。
「……伊織くん、泣いてるね…」
「なんだよ、美亜もだろ」
俺と同じで、美亜の目にも涙がぽろり。
指摘し返された美亜は、泣きっ面をさらして恥ずかしい気持ちでいる俺とは違い、嬉しそうにふふふと笑った。
「伊織くんとおそろい、嬉しい」
にこにこ笑って、狙ってるんだか素で言ってるんだか。後者なのはわかってるので、俺はかなわないなとちょっと恨めしい。そう、コロコロ転がされてる気がする。
「何だよ、可愛いこと言いやがって」
「…ええっ、い、伊織くんがらしくない……!」
「は?別にいつも思ってるけど、言ってないだけだ」
「ほほほ本当っ?も、もっと言ってくれてもー…」
「欲しがりめ」
「うう、簡単に言ってくれないとこも好き…」
「じゃあ可愛いって言ったら?」
「えへへ大好き……!」
なんだこいつ。天使の生まれ変わりか。知ってたけど。
「伊織くん、伊織くん」
「なんだよ、可愛い」
「今ねーとっても嬉しいの」
「そうだな」
「ふふ…幸せ」
「幸せだな」
俺と美亜がはからずも告白直後のせいで、2人の世界に入ってしまっていたとき、それに異を唱えようと声を荒げる人物がいた。
「ちょっ、ちょっと待てよ!!いい加減にしろ!!」
「あ」「あっ、笹丘くん…」
甘いマスクのハンドボール部イケメン男子こと、笹丘である。
笹丘は怒りの形相だった。
それもそのはず。元々、美亜へ告白していたのは笹丘だった。それに割って入るように告白の邪魔をしにきたのは俺の方だ。そこに関しては、完全に俺が悪い。
「何だよ急に如月お前っ!!いきなり入ってきたと思ったら邪魔しやがって!!」
「すみません。ごめんなさい。マジでごめんなさい。そこは本当にごめん」
「だったら、さっさとこの場から失せろよ!!さっきから美亜にベタベタくっつきやがって!気持ち悪ィ!」
「いや、これは美亜の方から抱きついてきた…」
「黙れ!!お前にしゃべる権利はねぇ!!」
「え」
「黙れ!!しゃべんな!!」
俺に人権はないってか……?
そして笹丘の顔が恐ろしく怒り狂っていらっしゃった。気持ちは分からんでもないが、あのですな、こちらにも弁明の余地はあるのでどうかしゃべらせていただけると……。
「意味分かんねぇーよ、マジで!!お前さえいなきゃ俺が美亜と───」
「笹丘くんっ!!」
笹丘の言葉を遮るように、美亜が大きな声を上げた。俺もびっくりしたし、笹丘もびっくりしていた。美亜が大きな声を出すところなんて、ほとんど見たことがない。
さっき俺に告白し返してくれたときにも珍しく美亜は大きな声だったけど、今のは怒りに近い感情がこもった叫びだった。
まさか気弱な美亜が参戦してくるとはつゆにも思ってなかった様子の笹丘は狼狽していた。取り繕うように笑顔をつくった。
「な、ど、どうしたんだよ美亜……はは、美亜は気にしなくていいから、大丈夫、俺と如月で話を……」
「ごめんね、笹丘くん。今まで気づいてあげられなくて。もっと早く私が気づいてあげればよかったね」
「は?はは…な、なに、何の話……」
「笹丘大毅くんが、とっても卑劣な人だってこと」
美亜が淡々と述べて、にこにこ笑った。でも目が笑ってなかった。あ、ちょっと恐い……
「キャンプファイヤーの火が消えてた間、笹丘くん、私に無理矢理キスしようとしたよね」
俺は唖然とした。なんとなくそんな気はしてたけど、いざ美亜の口から聞くと想像以上にダメージがデカかった。
ここのキャンプファイヤーの火が消えて辺りが真っ暗になる直前、笹丘から美亜への告白の行方はどちらかというとはっきりしていなかった。美亜がオッケーしたのか、してなかったのか。
美亜が告白の返事をしたとき、その声はやぐらの下にいる生徒たちには届かないほどの大きさだった。しかし、返事をきいた笹丘の表情が嬉しそうだったので、その表情を見て周りの生徒たちは「笹丘大毅から七瀬美亜への告白はオッケーされた」と認識していた。
だからそこ俺はその瞬間に失恋したと思ったし、生徒たちからのキスコールで笹丘が美亜に顔を近づけたとき、俺はただ傍観するしかなかった。
なのにそれが実態は、同意もなく美亜に無理矢理キスしようとしてた?
もしそれが本当なら、ふざけんなよと心底思う。
まさか美亜は笹丘に───
「安心して伊織くん。されそうにはなったけど、笹丘くんとキスなんてしてないよ。全力で拒否ったもの」
「…よかった」
いや、よくはないけどな全然?
その状況に陥った時点で美亜に何してくれてんだと思うし、下手したら美亜の心に傷を落としかねなかった。十分な有罪だ。
「でもね思ったんだ。笹丘くんにとっては実際に私とキスしてようがキスしていまいが別にどっちでも良かったんだよね?」
「な、なにを……」
どういうことだろうと俺は首を捻ったが、少し考えると合点がいった。あっと思わず声に出ていた。
キャンプファイヤーの火が消えてたせいで外は真っ暗。生徒たちはその間に美亜と笹丘の間に何が起こってたのかを観測しようがない。
つまり事実はどうだろうと、どうとでもできる……。
美亜が頷いた。
「そう。笹丘くんはキャンプファイヤーの火が再びついて皆んなが私と笹倉くんの姿が見えるようになった直後、笹丘くんはあたかも成功したかのように皆んなにアピールをした。それはもうね生徒たちは大盛り上がりだった。私が否定しようと声を上げても大衆にかき消されちゃうの」
俺も見ていた。キャンプファイヤーの火が戻って、世界がまた見えるようになった直後、笹丘はやぐらの上で下の生徒たちに向かって笑顔でピースをしていた。
そんなの誰だって思うだろう。
「ああ上手く行ったんだ」と。
美男美女のカップルが誕生し、しかも公開キスまで済ましたとなれば、それはもう盛り上がって、収拾なんてのはつかなくなるに決まってる。
美亜がどんなに否定しようとも、だ。
実際には行われなかった事実が偽装されて、大衆の憶測によって既成事実として完成する。
美亜の口から語られたのは、俺が思っていたよりもずっと下劣な手段だった。
美亜はやぐらから生徒たちを見渡して、笹丘を糾弾するごとく、眉を中央寄せた。
「告白をこうして大勢の前でしたのも、私が大勢の前で発言するのが苦手だって分かってて、言った、んだよね……?私が緊張してあがり症みたいになっちゃうって、クラスメイトの笹丘くんなら知ってたと思うの。私の声が小さいから周りには聞こえない。だから笹丘くんは思った。さっきのキス未遂みたいに、自分の告白がオッケーされたと周りに思い込ませて私を簡単に言いくるめることができるだろうって。だからこの場で告白することを選んだ」
確かに、告白に対しての美亜の返事を聞いた直後、笹丘は嬉しそうな笑顔になった。美亜にフラれて気丈に振る舞っているような笑顔では確実になかったから、俺含め生徒たちは「告白は上手く行ったんだ」と思い込んだ。
それも笹丘の計算だった?
笹丘の目に動揺の色が浮かんだ。身振り手振りで、誤魔化すそうにますます笑みを貼り付けた。
「いや、それは、ち、違うよ!俺はただ…そう!こういう公開告白みたいなの、っていいじゃん!じょ、女子ならさ!好きだろこういうの!」
「ちっとも」
「な…っ」
「それにね、そういうのは好きな人からされるからいいんだと思うの。私の場合は伊織くん。でも伊織くんなら、この告白の仕方は多分選ばないと思うよ。私を知ってるから」
美亜がチラリと俺のほうを見て微笑んだ。その通りだったので、俺は苦笑した。
大勢の前が苦手な美亜に気遣うのもそうだけど、俺自身がまず苦手だ。本来こんな派手な真似をするような人間じゃないから、今日の夜くらいに布団の中で反動がくるに違いない。
でもそう思うと、悔しいな。美亜の性格は知ってたから、こんな大勢の前じゃなくて、ちゃんと美亜の気持ちが盛り上がる場で告白したかった。
「でも伊織くんの場合は、ピンチで助けを求めていた私に気づいた上で、自分も苦手なのにこんな大勢の前で勇気を出してくれた。それはね、私にとってはこれ以上ない最高の告白だったの」
───だから伊織くんありがとう。
と、俺の考えてることを見透かした上で美亜が微笑んできたので、相変わらずこの幼馴染にはかなわないと思った。
フォローだとは思うけど、それが彼女の本心だったら、すごく俺は嬉しかった。
「この場で同級生たちからも誤解がないように、もう一度はっきりさせるね笹丘くん。あなたの計算とはいえ、私も悪かったから」
美亜がメガホン代わりに口に手を当てて、そいやと叫んだ。
「笹丘くん!あなたとは付き合えません!私好きな人がいます!ごめんなさ───い!!!」
「はぁ!??ちょ、ま、っ…、な、っ、」
生徒たちがザワザワと波紋のように揺れた。顔を見合わせて、笹丘の方を不審そうに見上げた。
「どういうこと?」
「笹丘と七瀬が上手く行ったんじゃなかったのか?」
「いやだからー、あんたバカ?さっき如月が飛び入り参加してきて、七瀬さんがそれをオッケーしてたじゃん」
「てか現在進行形でくっついてるよね。物理的に」
「じゃあ如月くんと美亜ちゃんがカップルだよね」
「ってことになる」
「なら最初に笹丘くんが七瀬さんの返事きいて笑ってたのはなんだったの?」
「分からん」
「私たちキスコールとかしちゃったけど早とちりだったってコト…!?」
「いや待ってよ!笑顔でピースしてたじゃんか笹丘!あれはなんだったの!?」
「誰かー。説明求む」
「フラれて笑顔って、笹丘はドMなのか?」
「いや狂気だろ。フラれてあの笑顔は……」
なんか考察が盛り上がっていた。
普通のボリュームで話してたので、俺と美亜の告白のし合いっこと、美亜のつい今の笹丘をフッた声しか同級生たちには聞こえてなかったのだ。
俺たち以外には皆正解が分からず、ますますどよめきは大きくなった。
これは騒ぎを起こした責任者として説明した方がいいのか、いや───
俺に抱きついていた美亜はぱっと離れて、立ち上がった。それを名残惜しく思っていると、美亜が俺の手を引いて、よっと立ち上がらせた。
美亜は俺の手を握って、下へ降りる階段を指差した。
いい笑顔だ。
「行こっ、伊織くん」
「い、いいのかコレ……」
放っておいて。好き勝手言われそうだ。
「………2人で、話したいの。駄目?」
俺は苦笑した。そう言われちゃ、仕方がない。
魂が抜けたように呆然としている笹丘をチラリと見て、俺はまあいいかと美亜に誘われるまま、手を繋いでやぐらを降りた。




