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21 絶望

夕食を終えて、外に出た。

キャンプファイヤーの時間だ。昨日の夜は真っ暗だったが、薪に囲まれた赤い炎が空高く舞っている。


キャンプファイヤーよりも高いところにはやぐらが設置されており、生徒たちはその特等席を順番に交代していた。

あそこから見たらさぞいい眺めだろうとは思うが、わざわざ目立つことをする気にはならない。

俺は、陰で静かにしておこう。それだけでも十分に思い出に残る幻想的な光景だった。


ここまで立派なのは、初めてだ。


「……いいよな、こういうの。雰囲気出る」


俺はしみじみと呟いた。隣に居るだろう友人の蓮に話しかけたつもりだった。


……しかし。


「へっ、……う、うん!わ、私も、いいなぁって思う」


返ってきたのは、美亜の声だった。

炎の光に僅かに照らされた彼女の横顔とふと目が合って綺麗だなと思って───、

…って!


キョロキョロと探すと蓮は遠くに居た。他クラスの女子に話しかけられて、適当に笑っていた。

あ、アイツ…!いつの間に!

この林間学校の期間中に何人の女子と話してるんだろうか、ガールズだけでゆうに1クラスは作れそうだ。


まだちょっと美亜と2人は、気まずいんだよ……


間入ってくれよ……


俺は友人に心の中でヘルプを求めるが、向こうは一切気付いてくれない。

楽しそうに女子と話している。

ちくしょう。


「あの」


美亜が俺の腕を引いた。


遠慮がちに触れた彼女の手の感触とともに、彼女が身をきゅ、と縮こませた。


「伊織くん。あの、昨日のことで話があって──、」

「…え?」


美亜に声をかけられ、俺は振り向く。

彼女の緊張したような黒曜石の瞳と目が合う、


が。


「やあ、美亜。如月も」


唐突に割って入った男が居た。

……笹丘だ。


美亜の言葉はそこで中断され、彼女は困った表情を浮かべていた。俺としても、内気な彼女がせっかく言いかけていた言葉の続きが聞けなかったのは手痛いところだった。


昨日のことで、もしかして美亜は俺に何か言いたいことがあったのだろうか?


笹丘はサラサラのマッシュヘアを靡かせて、柔和な笑みで一歩前に出た。


「………美亜、ちょっといいかな?」

「あ……、…っ、と、うん」


俺をチラリと見た後、美亜は笹丘におずおずと頷いた。笹丘はありがとうと柔らかに笑って、美亜と2人で抜けようと例の特等席を指差した。

見晴らしの良い、やぐらの一番上に行こう、と。


笹丘の目は、熱いものを内に秘めている気迫があった。邪魔をするなよ、と俺を牽制するような鋭さも兼ね備えていた。


クラスメイトの話を断る理由はないのだろう。笹丘に促されて、美亜は戸惑いながらも、俺から離れていく。

俺を見ていたあの子の吸い込まれそうな大きな瞳は、こちらに背を向けていて、もう俺を見てはいない。


あの笹丘の目………


笹丘は、きっと今から美亜に告白するつもりなのだ。


美亜が行ってしまう────、

俺はちくりと胸が痛んだが、じゃあどうすればいいのかが分からなかった。


俺はだって、ただの幼馴染で………


恋愛対象になれるように頑張りたいと告げたら、美亜にはごめんなさいと言われたのに……


───「嫌だ」なんて。

そんなの俺の立場で言えるわけないだろ………。



" 一度だけでいい。勇気を出せ。過去の俺 "


未来の俺からの伝言を思い出した。

ああ、と恨めしい気持ちになった。


出したよ、もう、出したんだよ。


過去のあの子の発言を覆したくて、勇気出したんだよ俺はもう。

その上であの子に、ごめんなさいと言われた。


かと思ったら、でも。

それなのに、夕食の時の美亜の態度は俺を期待させてくるし……


もうわけが分からない。


これ以上、俺は何を頑張ればいいんだ……!


やっぱり……


やっぱり、未来なんか変えられないんじゃないか。


未来の娘がサポートするなんて、ありえないチート技使ったって。

この世界の全部は、既に書かれた筋書き通りを辿るだけの、舞台装置なんじゃないか……。



俺の元々ネガティブな思考はますます悪い方向に転じっていって、みるみる自分は弱気になった。



───その時。


わあぁぁぁぁっ、と遠くで歓声が上がった。


非日常感に浮かれて、

慣れない空気に触れて。


熱気にさらされた生徒たちは、さらに特別な学生時代の思い出作りを求めて、自分たちの目の前の出来事に期待と興奮の雄叫びを上げた。




やぐらの上の、2人の男女。


笹丘と、美亜だ。


さっきまであんなに居た生徒たちは、まるで2人きりの世界をつくってあげるために、空気を読んでさっとはけていた。

代わりに誰もがやぐらの2人を見上げて、何かが起こる期待に胸をときめかせ、一帯にそわそわした空気が伝播していた。


そんなムードを一瞬にして作り上げるには、簡単で、申し分のない、美男美女だったのだ。


見守っている誰もが待っただろう。


早く、早く、その時をと。


そして、笹丘は、そんな熱気に浮かれた生徒たちの前で、しっかりと口を開いた。

彼は、そうして、言ったのだ。


「美亜、入学した時から、一目惚れでした。好きです。俺と付き合ってください」


きゃぁぁぁっと。


公開告白なんて見せられて、周りが興奮しないはずがなかった。

少年少女たちは、歓喜し、ハッピーエンドを望んだ。



俺は、盛り上がる生徒たちから外れて、一人で呆然としていた。

自分の見ている景色は、とても現実のものとは思えなくて。


自分だけが、熱に浮かされたあの群衆から排除された、異物みたいに。



でも、まだ絶望ではなかった。


未来を知っていたから。


花音が教えてくれたから。


美亜は、笹丘の告白を断るって、そう、言ってたから……。



でも、俺の望んでいた言葉を、美亜は口にしなかった。


俺は、焦っていた。

喉が干上がった。

距離が遠すぎて、俺からは彼女の顔は見えない。

どんな表情をしていただろうか。


炎が揺らいで、そのせいで、やぐらの上の2人の姿の輪郭が俺からはぼやけていたんだ。



かろうじて、身体のパーツの判別はついた。

ジャージの袖からのぞく美亜の白い手が、動いたのが見えた。


美亜は、笹丘を呼んで、彼に何かを囁いた。


あまりに小さい……


聞こえない……


いや、わざとか?


群衆も、告白の返事が聞こえなくて、聞き取ろうと、俺のように、必死に耳を澄ませていた。





美亜は、断ってる………よな?





だけど、次の瞬間。

俺の祈りは、砕け散った。


俺は、絶望した。


臆病風に吹かれて、嫌なことから目を背けてばかりの人生を送っていたからだろうか。


その罰のように、俺は人生で避け続けた……

絶望と後悔の瞬間を、目の当たりにした。



目を凝らして眺めた、笹丘の口の端が。


笹丘が、にっと笑ったような気がした。



それを見つけた瞬間、俺は絶望し、そばで見守っていた少年少女たちは熱狂した。


笹丘は美亜の返事に笑っている。

それは、つまり。


誰も疑わなかった。

誰もが、告白が上手く行ったことを確信していた。


雄叫びと悲鳴が混じって、誰かが言い出した。


「キース、キース、……」


キスのコールだった。


やがて誰が言い出したのか分からないくらいに、それは群衆たちの間で爆発的に伝播した。


キース、キース、………




─────ああ。



ああ。


ああぁぁ…!


未来の俺も、こんな気持ちだったのだろうか。


こんな、気持ちで、……


あの2人を……


「待って、くれ……」


だって、花音は。


未来の俺の娘は、断るって…。


笹丘の告白、断るって……。



───その時、会場は突然真っ暗になった。


キャンプファイヤーの火が、突如として消えたのだ。


既に夜闇となっていたせいで、光源を失った生徒たちの視界は真っ暗になった。


ざわざわ……

動揺が走る。


だが、それも数十秒にも満たない時間だった。


突然消えた炎は、またしても突然、元に戻った。

会場は明るくなり、生徒たちは先ほどまで見ていた景色を取り戻した。


ただの気のせいかと思うくらい、一瞬の混乱だったため、誰もそんなことは気に留めなかった。


それより彼らには、目の前の2人の行く末が気になっていたのだ。

告白をし告白をされた、美男美女の恋の結末を誰もがこの目におさめようとした。



俺はまたしても、絶望を覚えることになる───。



数十秒の暗闇の間に、一体何があったのか。


炎が消える前までは少し距離のあったはずの笹丘と美亜の距離は、ぐっと縮まっていて。

2人は向き合っている。


美亜の肩に手を置いていた笹丘は、ニッと笑った。

こっちを見て────



ピースをした。



直前まで起こっていたキスコール……


それへの返事は、ピース……




その意味を理解した群衆は、今日一番の雄叫びと悲鳴で2人を祝福した。



俺は、呆然と立ち尽くしていた。





主人公の情緒キメてく。

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