20 緩和?
部屋侵入事件でやはり心配だったので、俺は花音に自分のスマホを持たせることにした。
俺に伝えたいことがあったら、連絡先に入ってる『斉藤蓮』にメッセージを打つように伝えたが、学校行事中は使用ができないので、俺は蓮を通じて、すぐに気付けるかが分からない。
そのため緊急の場合は110番するよう花音にきつく言って、俺は林間学校の続きに戻った。
夕食会場に向かうと、当然班ごとなので美亜とも顔を合わせる。
お互い昨日の一件で気まずいだけで、美亜に無視はされていないのがまだ幸いと言うべきか。
「あ、斉藤くん。伊織くん、来たよ……」
点呼報告をしなければならない班長の蓮に、俺がやって来ていることを知らせて、美亜は俺の方を示した。美亜の隣に居た唐沢も、こちらを向いた。
急いで9階を駆け下りてきたので、俺は呼吸を整えた。
「はぁ、ごめん、待たせた3人とも」
「別いいけどさ。伊織お前、飲み物買いに行くのに何分かかってんだよ。帰ってこないから、何事かと思っただろーが」
部屋で待たせてしまっていただろう蓮にごめんと謝り、俺はもちろん花音と会っていたことは彼らには伏せた。
しかし部屋のすぐ近くに自販機があって、飲み物を買いに行くのに40分近くかかったのは、謎だったのだろう。
蓮は首を傾げていたが、「早く入ろ〜」と唐沢の先導で俺たちは夕食の席についた。
「肉肉肉肉肉〜!」
「おいおい唐沢、朝はベジリストになるって言ってなかったけか?俺が食べてやるよ」
「斉藤忘れたの?ベジリストは肉も喰らうんだよ!」
「ベジリスト降りろよ」
バスの時のように唐沢と蓮が隣でさっさと座ってしまったので、俺と美亜はぎこちなさの残るまま隣に並んで座った。
美亜の整った顔立ちが、すぐそばにある。
今日一番の、距離の近さだ。
…うむ、…落ち着かない……。
しかも、あと何時間かしたら、美亜が笹丘大毅に告白されてキス……しかけ……されてる?かと思うと、俺は喉が苦しい。
食事前にこんなこと言いたくないが、胃酸の味がした。
夕食は、1人ひとつ用意された卓上コンロで、肉を焼いていくスタイルらしい。
実質焼肉だったので夕食会場は盛り上がっており、昼からその情報を聞きつけていた蓮なんかは満足そうにしていた。
俺は食欲もないので、スローペースで焼いて食ってたんだが、お隣はもっとゆっくりだった。
美亜はじゅぅぅぅ〜と煙を上げて、鉄板に真剣な目を向けていた。
チラリと見ると、彼女の箸でつままれた肉は、真っ黒な炭になっており、火の粉がついていた。
「………ん?」
俺はもう一回、お隣の鉄板を見た。
バチッ、バチッ、と赤い火の粉を散らしており、発火しそうな勢いだ。
それでも彼女は、焼いていた。
真っ黒な肉を、まだ焼いていた。
「み、美亜」
「………はい」
「焦げてる」
「えっ?」
「それ、焦げてるぞ」
「…………え?」
美亜の白い手に火の粉が飛びかけてたので、慌てた。
俺は完全に動揺して、彼女と気まずい状態にあることを忘れて、話しかけていた。
彼女は首を傾げて、やっとのことで鉄板から肉を引き上げた。
炭と化している肉を、パチパチと瞬きして静かに見つめている。
「あの、伊織くん、コレ、もう食べれるかな」
彼女の目は、純真だった。
俺は、彼女が極度の潔癖症と料理音痴であることを思い出した。
そして中学の時に美亜と家族ぐるみで焼肉に行って、俺がずっと肉のトングを握っていたことを思い出した。
「…美亜……その黒炭……んん、その肉は、俺が貰うから、新しいの焼いた方がいいかも……」
「?………私食べれるよ?」
「いや……俺が、貰いたいな……」
この黒炭食べさせるのは、忍びない……。
お袋にも「アンタ美亜ちゃんに何食べさせてるの!」と、どつかれそうであるし。
美亜は私食べれるよ!と言ったが、そういう問題でもない。俺は自分の焼いてない肉とトレードさせて、美亜の黒炭をもらった。………まあ、すんごい苦い。
美亜は2枚目の肉に着手した。
「伊織くん、お肉って、どこからが生じゃないのか分かりにくいね……」
「…………」
俺のせいなのだろうか?
火事になるからと、今までこの幼馴染に一度として肉を焼かせなかった俺のせいなのだろうか……(恐れ)
彼女の焼肉の勉強の機会を奪ってしまった……。
いや、違うのだ。
彼女は生焼けは絶対にあってはならないという高い食品衛生管理意識があるかつ、少々、食材の一般知識に、少々、疎いので………。
「み、美亜………焼けてそうだったら、俺が教えるよ……」
「ほんと…?ありがとう、伊織くん……」
「…………」
「…………」
「………あ、そろそろ…」
「あ、ほ、ほんと…」
彼女は鉄板から、肉を引き上げた。
予め下ごしらえされているので、そのまま頂く。
「ほ、美味しい……」
無事に、彼女にちょうどよさそうな焼き加減の肉を食べさせることができた。
美亜は、ほくほくと喜んでいる。
「い、伊織くん、ありがとう……」
「あ、いや……」
それより昨日からずっと気まずかったのに、目の前の美少女が微笑んでいることの方が俺は重要だった。
あの……、心臓に悪い………。
まさか肉が焼けないせいで、気まずさの突破口開くとは思わなんだ。
美亜が料理ヘタなことに感謝する日が来るとは、よもや俺は思わなかったよ……。
「あのね、伊織くん……今、思ったんだけど……」
「んっ、……ど、どうした?」
美亜が真剣な表情をしていたので、俺は咀嚼していた口の中の肉を飲み込んだ。
軽い咳払いをして、グラスの水をあおる。
「あのね………」
「……うん」
「伊織くん居ないと、私駄目かもしれない……」
「………ぶほ、ごほっ、…けほ」
美亜は、真面目な顔つきをしていた。
きゅっと眉を中央に寄せて、あの真ん丸の大きな黒曜石の瞳を俺に、コロンと揺らす。
俺は噴き出しかけた水をなんとか飲み込んで、手の甲で拭った。
美亜の方を見るが、何も分かってない。
まるで真理に気付いた科学者のような顔をして、ほっっんとに何も分かってない。
…………悪女か……っ?
昨日ごめんなさいしたのに、こんなこと言ってくるなんて、男心弄ぶのもほどほどにして欲しい。
「そ、そっか………」
「うん………」
彼女は、珍しく力強く頷いた。
それがまた、俺を「訳がわからない!」という沼に突き落とし、一方で喜んでしまう。
単純だから、喜んでしまう……っ!
だから、あ、悪女か……っ!




