十三話:赤き瞳
洞窟の空気は、先ほどよりもさらに冷たく、重く感じられた。
「血の跡、まだ続いていますね……」
御影さんの声が響く。私たちは、落ちたコウモリを避けながら、再び歩き出していた。
歩くたびに、足音が岩肌に反響し、空気のざわめきに変わって返ってくる。光星灯の明かりが揺れて、壁に影が揺らめく。
「……あれ……っ、誰か、いる!!」
「えっ、!?」
美月の声に皆んなが駆け寄る。そこには、人一人分ほどの穴と、その中に女の子が倒れていた。
「あの、大丈夫ですか!?」
「う……」
穴の中から、微かに呻き声がした。良かった。気を失っているだけ見たい。
「生きてるみたいだな」
「ああ、良かった。早いとここの子を連れて帰ろう」
多分、霊力は少しだけ喰われているのだろう。顔色が悪いし、ぐったりしている。
でも、生きていて良かった。そうやって、皆んなが安心して、一息ついた瞬間だった。
「……キャアアッ! こないで、嫌っ!!」
「え……?」
沙月さんが手で頭に覆い被さり、穴の中で小さく縮まる。
「混乱しているみたいだな……」
颯太くんがぽつりと呟く。無理もないだろう。さっきまでずっと1人で、あやかしからの恐怖に襲われていたのだから。
「大丈夫です。俺たちはあなたを助けに来た裂光軍の者です。絶対に危害を加えたりしません。どうか、落ち着いてください」
すると、暁斗が落ち着いた声で沙月さんに話しかける。
「え……人? 裂光軍の、ですか?」
「はい」
良かった。なんとか落ち着いてくれたみたい。
沙月さんが私たちを安心した瞳で見て、美月がそっと近づいて羽織っていた上着を彼女の肩にかけた。
「怖かったよね。もう、大丈夫だよ! 一緒に帰ろう」
「……はい……ありがとう」
震える声でそう答えると、沙月さんは力なくも美月に体を預けた。
「……美月、その子をお願いできるか?」
「うん、大丈夫だよ! 私、回復系の術も使えるから、任せて!」
颯太くんのお願いに美月は笑顔で頷いた。
「霊術・河癒」
美月が唱えると、雫がふわふわと現れ、沙月さんの傷口に触れる。すると傷口に水が吸い込まれ、血が止まった。
「わあ……すごい……ありがとうございます」
「血が止まったとはいっても、応急処置みたいなものだから。それに、霊力の回復は私じゃできない。
戻ったらすぐに医療班に治療してもらおう」
沙月さんは安心した笑みで美月を見つめている。さすが美月。霊術の腕が良いわね。
「沙月さん、あなたはこの洞窟内であやかしに遭遇したのかしら?」
「あ……はい。雨宿りしようと思って、ここに来たら、あやかしに襲われて、奥まで逃げてきて……」
彼女の表情が少し曇った。腕を押さえて、さすっている。緊張状態の表れだ。
「どんな姿をしてたんだ?」
「大きくて、ドロドロしていて……とにかく、逃げなきゃって思ったけど、腕が、一直線に私の方に伸びてきたんです」
空気が一気に張り詰めた。
「それで、怪我をして。腕が伸ばせて、コントロールできるみたいでした」
「異形のあやかしか……」
風巻くんが低く呟くと同時に、洞窟の奥の方から──ズズッ……ズシャァ……という、酷く湿ったものを引きずる音が聞こえた。
「……考える時間は与えてくれないようね」
「だな。とりあえず、どうする?」
暁斗は皆んなに問いかける。
大きな足音、奥から感じる威圧感。少なくとも、外の者とは比べものにならないだろう。それに加えて、この洞窟内。
「この閉所だと厳しそうですね。神楽さんの花弦と、風巻の旋輪は使わない方が良いと思います」
「そうね。じゃあ、こっちでいくか……」
私は花弦の本体に霊力を送り込む。その瞬間弓が光を纏い、霊紋の花々が現れ、瞬く間に剣の姿に変わった。何度見ても、綺麗。
「おお……初めて見たけど、すごいなその武器。
……あれ、もしかして役に立たないの俺だけ?」
風巻くんは自分を指さして皆んなの顔を見渡す。
御影さんと暁斗はそっぽを向き、美月は困ったような苦笑いを浮かべる。颯太くんは軽く頷いていた。
「……ひどい皆んな! 無言は肯定って言葉、知らないの! お前に関しては頷くなよ」
「……っは……っ」
その言葉に颯太くんが吹き出してしまった。
暁斗も口元を押さえて笑いを我慢している。颯太くんについてはこんな一面もあるのか、と少し意外に思ったけど今はそれどころじゃないみたい。
「……冗談はここまでだな」
暁斗がぱちんと手を叩いて表情を引き締め、緋炎を構える。その刀身がきらりと光った直後──
「来るぞ!!」
颯太くんの声と同時に、奥から黒いあやかしが這い出してきた。薄暗い中見える赤い瞳だけがらんらんと輝いていた。
「風巻くん、沙月さんをお願い」
「もちろん、任せて! 役立たずは役立たずなりに頑張るよ」
自虐してけらけらと笑う風巻くん。その後すぐに、沙月さんを抱き抱えるようにして壁際まで素早く後退した。
「俺、足手まといになる気ないから、そっちは任せたよ」
「任されたわ」
私は軽く頷き、剣となった花弦を構えた。誰かが息を呑む音がして、洞窟内の空気が張り詰める。
──戦いは、これからだ。




