49_修練進化_セレネ
海底東京でミーティングを行った結果、三日が経過していた。
今は別施設に向うために車で移動してる最中だった。
「なんで三日も経ってるの……?」
「なぁ……ミーティングを三日間ぶっ通しって……ドイツは日本より会議が長いのか?」
「うぅ……日本だけには言われたくない。でも海底東京は本当にすごかったわ。まさか海の底に近代都市を作り上げるなんて」
「レブルウイルスのパンデミックと同時に日本は首都直下型地震が発生、あらゆる生活基盤が失われ無政府状態、地震を逃れた人間がウイルスの媒介となってあっという間に本州は荒廃しちまったんだ」
カナメが車のハンドルを握ったまま視線を逸らさずに話をする。
「そう……大変だったのね」
「しかもそれで今度は富士山の活動が活発化しているって話だ。ホントかどうかは調査中だが噴火したら陸はいよいよ終る。そうならねえ為に水中に適応した感染者達が海底東京を作り上げた」
「必死にみんなで作り上げたのね」
「ああ、そうだ。それを見て欲しくて。日本人はまだ生きて戦っていることを」
「かつてドイツは日本と仲良く戦争をしていたらしいわ。まだその頃はドイツって名前でもなかったのだけど。でもそういうところを好きになって同盟を組んだのかもしれないわね」
「まぁ、その戦争は負けちまったがな」
「何それ、せっかく人がいい話に持っていってあげたのに」
「まぁ次もしも戦争することになったら、イタリアも巻き込んでやるか」
「天帝陛下、不謹慎ですわよ?」
「ぬかせ、こんな僻地でだーれも聞いちゃいないさ」
「それもそうね。あー、なんだかまた海底東京に行ってみたくなってきたわ」
セレネはぐーっと背伸びをする。
「それでインスピレーションは貰えたのか?」
「ええ、早速プロトタイプの設計に、戦術機動部隊との共同開発の打診はできた。どんな装備になるか楽しみよ」
「そりゃ良かった。さて予定はかなりずれたが、今回は椿宮師団の陸上施設の視察だ」
「陸上施設も楽しみね」
「陸上施設は二箇所あるんだが一箇所は立ち入り禁止だ」
「そこを今回は特別に?」
「いやダメだ」
「何でよ」
「感染者の強制収容施設だからな」
「物騒ね」
「そうだな。感染者の犯罪者とかも含んでいるからある意味で監獄でもあるが、いるだけで周囲に危害が及ぶ危険のある感染者の隔離施設だ」
「いるだけで?」
「例えばチャドクガという毒の毛持った蛾がいるんだが、この感染者は風に吹かれるだけで周囲に毒の毛をまき散らしてしまう。こんな奴が町中を堂々と歩けるわけもなく。収容した」
「なるほど……それは辛いわね」
「ただ犯罪者というわけでもないから。俺たちは『拘束指定』と呼んでいる」
「拘束指定?」
「ベースの力に引き寄せられすぎて制御できない奴らさ。もちろん制御した上で犯罪に走った人間も拘束指定として収容対象になるな」
「なんだか楽しくなさそうな場所ね」
「そうだな」
カナメは瞳に影を落とす。
それから十秒ほど無言の後、口を開く。
「次行く場所も楽しい場所じゃ無い」
カナメは駐車場に車を止める。
「ここは?」
「感染者病棟」
10階建ての長方形の建物が三つ並んでいた。
敷地だけでもかなりの広さだが、この建物全てが病院で、病室全てが満席状態らしい。
「1から3号病棟のがあるが、セレネには3号病棟を視察してもらう」
「ええわかったわ……」
中は驚くほど充実した設備に白を基調とした清潔感のある病院らしい風景が永遠続く。
「どうしてここに?」
「ここは感染者の治療のために建てた施設なんだが。今はその役割がほとんど機能していない」
カツンカツンと音を立てながら奥から白衣を着た医者が現われる。
「ようこそ。天帝陛下」
「いつもありがとう」
「いえ、そちらは?」
「紹介する。以前話をしたセレネ・シュミットトリガだ」
「あー……ドイツの会社でしたっけ武器とか作っている」
「そうそこ。ほらこの前、出資してくれる話をしただろ?」
「物好きですね」
「物好きで結構、よろしくね。えっと」
「君影研究所所属感染者等級乙種、名前はヒラとお呼び下さい。」
「よろしくヒラ先生」
長い髪は部分的にピンク色のメッシュ髪が生えており。つぶらな瞳、首筋には鱗のようなものが部分的に生えており蛇か蜥蜴を思い出させる。
「よく来たね。今日は視察には良い日だ。クソみたいにね」
けだるけな言葉と共にヒラは踵を返した。
「ついてきな、丁度今からだから」
ヒラはセレネとカナメを案内する。
「何をするのかしら?」
「安楽死」
酷く無機質な声でヒラは淡々と言った。
「……安楽死?」
セレネは背中に寒気が走る。
案内された場所は病室の一角にやたら浮く黒檀に金装飾の扉、僅かに漂うお香は甘く上質で心が安らぐものだった。
「お香の香りは大丈夫?」
「ええ、平気だけど、とても良い香りね」
「本物の竜涎香さ」
ヒラは扉を開く。セレネは目を疑った。
出来の悪い映画に出てくるバケモノ、体は人間で顔はイナゴ、小刻みに動く口からは茶色い液体が零れている。
手足は食事が取れていないのか痩せ細り、触っただけで骨が折れてしまいそうだった。
「特殊感染者が必ずしも我々ような当りを引けるわけじゃない。彼のように日常生活すらまともに送らない人間も大勢いる。どれだけ尽力しても今の医療技術じゃ限界がある」
ヒラは死にゆく彼の隣に経つ。
「カナメ、頼むよ」
「わかった」
カナメは三秒目を閉じて彼の前に立つ。
カナメは歌うように誄詞を唱える。
(そうよね……天帝の仕事なのよね)
日本の天帝には日々の仕事に祈りがある。神々へ空と海と大地から賜れる恵みへの感謝、国家と国民の安泰と繁栄の祈り。
目に見えるこの世界とこの世を超えた何かが存在している目に見えない世界を繋ぐ。それが祈り。
これからもカナメは祈り続ける。
そして死にゆく者にも詞を送り続ける。
セレネも祈る。
それしかできない。
今はそれしかできない。
ヒラは彼の動脈に薬剤を注射する。
程なくして、彼は静かに息を引き取った。
静かに葬式は終り、彼は火葬されて病院内の共同墓地に骨は埋められた。
帰りの車内、どんよりと重かった。
「ねえカナメ」
「なんだ?」
「どうして見せたの?」
「レブルウイルスは決して恩恵だけを我々に与えてくれるわけじゃない。言葉じゃ意味を納得することはできない」
「そうね……よくわかったわ」
「そしてこれは警告だ」
「警告?」
「感染者の世界に首を突っ込むなら、今日みたいなことが日常的に起こる」
「そうかもしれないわね」
セレネはにっこりと強者の笑いを見せる。
「でもこの私が関われば100年続くこの日常を50年、いいえ、10年に縮めることだってできるわよ」
根拠は無い。
カナメは優しく笑った。
「その言葉が聞きたかった」
カナメは言葉を続ける。
「本当に、その言葉を聞きたかった。レブルウイルスがどうなるかわからないが、感染者を助けたい。その言葉を――」
「まぁ、でも、私の本職は人殺しの道具作りだけどね」
「せっかく人が良い話にしてやったのに」
「これでお相子ね」
セレネは自分がやるべきことを再度、認識した。




