50_修練進化_チユ
ほとんどの時間を骨折の治療に使ってしまったナガトはぶっつけ本番で試験に臨むことになった。
チユはナガトに出来るだけのものを与えたものの不安が残った。
試験の取り決めとして試験中にアドバイスが出来ないようにカナメとチユは天帝邸のカナメの自室で待機することになっている。
カナメの部屋は試験会場である天帝邸の内部と外周の監視カメラとナガトとヤマトにつけたコンタクト型のカメラによってモニタリングされる。
「よっ、そっちは仕上がったか?」
「ナガトが足を骨折したの知ってるでしょ?」
「まぁな、試験の日程を伸ばしても良かったんだけど?」
「これぐらい追い込んだ方があの子の為になるわ」
「追い込みすぎて壊れたらどうするんだ?」
「……大丈夫よ」
カナメの言葉に少しだけ返事を詰まらせる。
「さてそろそろ試験が始まるな」
カナメは机にある端末を操作して部屋に二人の映像を映し出す。
「ルールは天帝邸内にナガトが侵入、中庭にあるアメジストの玉を奪って天帝邸内を門から抜ければナガトの勝ち」
「ただし侵入と脱出には必ず門を通ることだったわね」
「流石にヤマト一人に天帝邸全域を守らせるのは酷だからな」
「普通に殴り合ったらナガトは負けちゃうのだけど、奇襲ができるのはチャンスね」
「さて、見物だな」
ヤマトは門番として堂々と配置についている。
一方のナガトは門の近くにある茂みに隠れて武器などを準備している。
「流石に殴り合いじゃ勝てないからな」
「そうね。しかも今足を酷使できないわ」
「まだ完全に繋がっていないのか」
「そうなのよ」
ナガトはいくつかの部品を組み合わせて機械式の弓矢を組み立てる。
「弓矢か……良いチョイスだな。銃なら音で正確な位置を割り出されるからな」
「殺傷武器の使用はルールで決められていなかったわよね」
「ん? ああ、いいよ別に。これくらいで死ぬなら丙種どころから一級でもいらねえ人間だ」
「じゃ、止めないわよ」
ナガトは次にバッグから手製の手榴弾を取り出す。
「おっと……こいつは」
「こっちはフラッシュバンとスモークね」
「使える物は何でも使うか、師匠に似てんな」
「あら、私は人食い虎くらいなら素手でも十分よ?」
「それもそうか」
ナガトは一通りの準備を終えると最後にマスクを装備する。
「お、マスクを付けるのか、意味あるのか?」
「さてどうかしら?」
ナガトはベースを発動させると同時に爬虫類特有の瞬発力で一気に門まで走る。
途中で矢をつがえると大きく跳躍し二射ほど矢を放つ。
ヤマトはその急襲に即座に対応、放たれた矢を軽々避けると足に力を入れる。地面がえぐれるほどの膂力で一気にナガトへ拳を放つ。
空中でナガトは体を捻り拳を寸でのところで回避する。それどころか尾てい骨から伸びた尾がヤマトの首に絡みつく。
そのまま組み付いてヤマトを締め落としたいところだがヤマトの筋力にそれは悪手でしかない。
巴投げの要領でナガトはヤマトを地面に叩き付ける。
腰のベルトに引っ掛けているナイフを取り出すとヤマトを殺しにかかる。
ヤマトは本能からなのかわからないがノールックでナガトのナイフを避ける。
「あのナイフ避けちゃうの?」
「もっとエグいのを食らいまくってるからな」
「凄いわ! 拍手しちゃう!」
ナガトはナイフを直ぐに手放すとフラッシュバンを投げる。
激しい音と一瞬光、ネコ科のヤマトにとってその閃光によるダメージは人間の比ではなかった。
次いでスモークをいくつも投げて周囲を煙を展開する。
そしてナガトは消え去った。
「離脱したか、ここで攻めてれば勝てたかもな」
カナメはナガトのとったこの戦略を見た瞬間、ヤマトの勝利を確信した。
閃光の隙に乗じて天帝邸内に入ればまだ勝てる可能性があったが、離脱してしまってはヤマトの体勢が立て直せてしまうからだ。
「いいえ、ここからよ」
「どうだかな?」
師匠ら師匠らで自分の教え子が勝つと思っている。
スモークが晴れる。既にヤマトは門前まで移動して守りを固めていた。
ナガトは煙の中で何かしているようだったが二人にはよく見えなかった。
それからしばらく沈黙が訪れる。
約15分の沈黙が続く。
ようやく人影が出たと思ったが、ヤマトとカナメはただの通行人と勘違いした。
強いて言うなら、二人はこの通行人を見たときの評価は次である。
「チユ、見たか今の通行人。めっちゃ美人じゃねえか! 椿宮師団の人間じゃないな」
『今の人、美人だったな、ナガトに後で自慢すっか』
チユはそれを聞いてくすりと笑う。
「ん? どうした?」
「いや……その……ちょっと面白くて」
「何でだよ?」
監視カメラで天帝邸内を見るがナガトの姿はなかった。
写っているのはいつも通りの人の動きだが、先ほどの通行人が通る度に皆が振り向く。
ダメージ加工されたジーンズに少し大きめのシャツ、長い髪に切れ長の瞳、唇はうっすら紅色、輪郭は整っている。一言で表すなら耽美。
「あれだけの美人さんならそりゃあ目立つなぁ」
「そうね……ふふっ」
「何笑って……」
カナメはナガトの視界を写している画面を見る。
それから先ほどの通行人のいる場所を見る。
何十回と見比べてようやく受け入れがたい現実に直面し酷く落ち込む。
「うそだ……そんな……うそだ……」
天帝陛下、今年一番のダメージであった。
「凄いわよね」
「凄いというか、別人じゃねえか」
「ちなみに今回はお姉さん系だけど幼い感じから清楚な感じまで色々できるわよ」
「まさかナガトって」
「そうよ」
チユはにっこりと笑う。
「ナガトは変装の天才よ」
ナガトはアメジストの玉を手に取って、そのままあっさりと門の外に出てしまった。
「はい、試験終了ね」
「嘘だろ……こんなの勝てるわけねえだろ……」
ナガトの勝因は三つ、まず最初に沢山の武器を装備し、仮面を付けた状態でヤマトを攻撃、これでヤマトにナガトは攻撃をする思い込みをさせる。
次にフラッシュバンとスモークで視界を潰す、そしてスモークの煙によってヤマトの鋭い嗅覚をダメにする。
あとは得意の変装で完全な別人になりきって素通り、ヤマトはフル装備のナガトのイメージが定着してしまっているため変装に気付けない。何より嗅覚を潰されているのが一番深刻だった。
ナガトの見事な完封だった。
試験が終ったと二人に告げて、カナメの部屋に二人を呼ぶ。
当然、変装したナガトとヤマトは合うわけだ。
「あああああああああああああああああああ! うそだろおおおおおおお!!!!」
と悲嘆の声を上げている。
カナメもヤマトも美人と評価した相手がまさか男、それも顔を見知ったナガトであったということに驚きとショックを受けた。
「ちなみに声もちゃんと変えてるのよね」
「はい、この通り女声もバッチリです」
チユによるボイストレーニングで色気のあるお姉さんボイスまでバッチリとナガトは習得している。
「ナガト、お前さ」
「何でしょうか、天帝陛下?」
「止めてその声で話すな!」
「えぇ……」
「もう丙種とか目指さないでアイドルになる方が儲かるんじゃねえか?」
「男なので……」
「いや、いけるだろ……これ」
(どう、天帝陛下、ナガトは逸材なのよ)
チユは顔には出さなかったが愛弟子の成長を心底喜んだ。




