47_修練進化_アイリ
「これよりシルバーベルは反感染者組織として生まれ変わります。全ての親を確保し収容し保護し、ウイルスの解明とこれ以上の感染拡大を防ぐこと宣言します!」
アイリは聖堂に人々を集め、高らかに宣言する。
嘘で塗りたくられた司祭の死に輪を掛けて感染者への反感は高まっており、そういう意味でもアイリは率先して鬱憤のガス抜きをする必要があった。
(これでしばらくは大丈夫ね)
「聖女サマ、随分賑わっていたね」
「あらクラウン、しばらく見てなかったいたけどどこで油を売っていたのかしら?」
「まぁまぁ、そう言わずに。ちょっとした玩具を見つけてきたよ」
「玩具?」
クラウンは注射器を取り出す。注射器はプラチックの外見に電子制御による品質維持機能が備わっている最新式のものだった。
「随分新しい時代の注射器、どこで外から仕入れてきたの?」
「これはNNED」
「小難しいアルファベット並べて頭が良くなったつもり?」
「えー……じゃあニューラルネットワークエクステンションデバイス?」
「カタカナにすればいいわけじゃないわよ。それでNN……なんだっけ?」
「NNED、人体に注射することで脳波構造に合わせて様々な作用を引き出すナノマシンデバイスさ」
「えっと、つまり?」
「これを注射すると超能力みたいに物体を空中移動させたり炎や風を操れるようになる」
「あら素敵、まるでファンタジーね。夢物語なら書架にいくらでもあるよ」
「いやいや、海外の世界じゃよく使われて……いないんだよねえ」
「じゃあ怪しいものじゃない!」
「いや、特殊な能力を付与するのは事実だよ。ただこの注射、出力が強すぎて副作用で死ぬんだ」
「死ぬって……」
「死ぬ確立は50%、そこから完全に能力が使えるのは50%くらい、そして戦える能力はそこから良くて50%くらいだって」
「それ100人いたら50人死んで、無能力が25人、戦闘に耐えうる武器になるのが12か13人くらいよ?」
「そうとも! でも感染者に今勝つ方法はあるの?」
「うぅ……無いわよ……」
「打算で動いてるからそうなるんですよ。まぁこっちもこれを集めるのはちょっとしたアクシデントでしたが」
「アクシデント?」
「本当ならもっと出力が弱い、通信用のデバイスをもらって連絡を取り合える程度の機能を果たそうと思ったのですが、横流し業者が横着したみたいで」
「ボラれたのね」
「ええ、まんまと」
「で、どうしたの?」
「金を渡した後、業者は始末しました。実質経費ゼロです。まぁどうせ足がつかないように始末する予定だったのですけどね」
「それならいいわ。さてこれをどうしたものね……」
アイリは一度だけ深呼吸をする。
「クラウン、まずは私から」
「……マジでやるんですか?」
「私だけがリスクを背負わないのは不満が出るでしょう?」
「ハハッ、さっすが聖女サマ、そういうところ大好きですよ」
薄っぺらい言葉と共にクラウンはアイリの手首にNNEDを打ち込む。
「あんまり痛くないのね」
「痛覚の神経をすり抜けるんだそうです。まぁでもこの後吐き気とかが出るので。僕もそれはそれは酷い目に遭いましたよ」
クラウンはそう言いながらポケットからビニール袋を取り出す。
「酷い目にあったということはあなたも――ヴッ――オェ――!」
アイリは内臓をムカデに這いつくばられるような不愉快さと血液が沸騰しそうなほど熱さに苛まれる。
心臓が脈動を早め、暴発しそうになる。吐瀉物がビニール袋の中に散乱する度、悪臭がアイリの鼻を曲げる。
「大丈夫です、数分で死ぬか落ち着くので」
クラウンの言葉も今のアイリには届かない。
しばらく椅子の上でうずくまると先ほどの苦しみが嘘のように消えていった。
「お、生きていましたか、聖女サマは引きが良いですね」
「特に体の変化はなさそうだけど?」
「私は何となくこんな能力だろうなと直感的にイメージできたのでなんともですね」
クラウンはニヒルな笑みを浮かべる。
「うわ、気持ち悪いわね。天才肌みたいな物言いで」
「こう見えて結構器用なんですよ。僕」
「ふーーーん」
「まぁまぁそう言わず。悪戯しますよ?」
「止めなさい」
アイリは手をかざして止めるジェスチャーをする。
「え?」
アイリの背中に白い翼が六枚展開される。
ふわふわとしたさわり心地よい感触がアイリの頬を撫でる。
NNEDによってもたらされたアイリの力は後にこう呼ばれる。
畏怖と敬愛を込めて『熾天使の翼』と――。




