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オリエンテーション(4)

「じゃあ、この階段を上るよ。この上に、次の目的地があるからね。最初に入ってきた大広間が一階で、ここが二階だから、三階か」


 図書館を出てから目の前の階段を上り、セフィナに率いられた生徒たちは三階に上ってきた。三階の大広間にはたくさんのドアがあり、壁には「風学科寮 寝室」と書かれた札が張り付けられていた。そう、ここが生徒たちの寝室のある部屋である。


「じゃあ、この階の説明をしないとね。ここは、風学科の生徒たちが寝泊まりするところ。あちこちにドアがあるでしょ? あれらは全て、生徒の寝室。一人一部屋与えられるからね」

「中を見てもいいですか?」


 レイがセフィナに尋ねる。


「もちろん。そのためにここに連れて来たんだもん。と言っても、どの部屋も中身は一緒だから単純に階段から近いか遠いかの違いしかないよ」

「分かりました」


 レイがそう言ってから部屋の方に歩き出したのをきっかけに他の生徒も動き出した。だが生徒たちは、部屋の中を少し見るとすぐにセフィナの所に戻ってきた。


「どうしたの?」

「……先生。ベッドしかないんですか?」

「本棚も机も無いですけど……」


 レイ達と一緒に来ていた茶髪の生徒と緑色の髪の毛の生徒がセフィナに部屋の中で見た物を伝える。実際にこの部屋の中にはベッドしか無く、本棚はおろか、机すらも存在していないのだ。


「そうだね。ベッド以外この部屋には無いね」

「無いねじゃないですよ。こんな状態で一体どうやって勉強すればいいんですか?」

「それをこれから説明するの。……この大広間にも君たちの寝室にも、ほとんど家具は無いよね? それは当然だよ。家具は自分で作らないと駄目だからね」


 セフィナの放った一言は生徒達には衝撃的な物であった。家具が無いなら個別に作れと言ってきたのだ。


「風学科なら生徒も少なくてお金が余っているでしょうし、そのお金を使って家具を外から直接買わないんですか? それに、そもそも家具を自分で作れって言われても僕たちにそんな加工技術はありません」


 レイスがセフィナに言った事は至極当然のことである。生徒を抱えている人数も極端に少ない風学科なら恐らく相当お金が余っているだろうとも思うだろう。それに、家具を自分で作れと言われてもそもそも不可能である。


「……風学科の入学金はほぼ全て薬学の素材の買い入れに使ってるからほとんど残らないの。それに、そもそも本物の丸太を持ってきてそれをここやどこかで君たちの力だけで加工してベンチや机を作れなんてそんなことは絶対に言わないからね」


 セフィナもさすがに生徒にそこまでさせるつもりはないようだ。なお、実際に風学科の入学金のほとんどが薬学の素材の買い入れに当てられており、残った一部のお金はこの寮の修繕に当てられている。


「え? でも、さっき自分で作らないと駄目だって……」


 レイがセフィナに聞き返す。確かにセフィナはそう言った。にもかかわらず、実際に素材を買って来て丸太を加工して作るようなことはさせないと言ったのだ。ただ聞いただけでは矛盾しているように聞こえるかもしれない。


「うん。確かに、家具を自分で作れと私は言ったよ。でもね、丸太を買ってきて自分の力で加工しろとは言わない。これはさすがに無理だって分かってるしね。その代わりに、魔法を使って必要な家具を自分の力で作り出せ、とは言うけどね」

「え? ……魔法で家具を作り出せるんですか? ……信じられません」


 レイスの発言に他の生徒も頷く。魔法を使って風を起こしたり、空を自由に飛ぶようなイメージこそ浮かぶが、まさか魔法を使って自分たちが使う家具を作り出せるとは思わなかったのだ。


「魔法を甘く見たら駄目だよ? その気になったら、家具どころか家そのものだって作れちゃうよ?」

「そうなんですか? ……家を作るなんて想像ができません」

「まあ……魔法で家を作ろうとするとものすごく大変だからなかなか見かけないしね。ある意味当然かもしれないね」


 セフィナはレイスに対して家具どころか家も作り出せると言ったが、実際に家を作るとなると大変なようである。当然レイスがセフィナに質問した。


「……そんなに大変なんですか?」

「そりゃあ大変だよ。家具と違って、家は中に入って住むわけだから中もちゃんと作らないといけないからね。家具を作る時のようにただ空気の塊を魔力で覆って物質を作るだけじゃ駄目なの。内部に入れるように細工をして、更に魔力の色一色だけじゃ見栄えがものすごく悪いから色々魔力の色を変えながら物質を作り変えていって、更に台所や水回りとかも全部魔法で作らないといけない。もしこの工程のどこか一ヶ所でも間違えたら一からやり直しになるよ」

「……ものすごく大変なんですね」


 実際、家を魔法で作るとなると本当に大変なのである。ずっと魔法を使い続けるために魔力の消耗は非常に激しく、更に魔力の色を一色だけにして家を作ったらものすごく見栄えが悪い。更に内部に入れるように細工し、内装も工夫するためそっちのイメージも固める必要がある。それだけでも大変なのに更に水回りも自分で完璧に作らなければならない……と、工程自体がものすごく複雑でしかも非常に多く、おまけに魔法を維持し、イメージを固めるために集中力も必要なため、見栄えも内装もきれいで完璧な家はなかなか作れないのだ。


「そうだよ。ものすごく大変なんだから。じゃあ、話を戻すね。……元々魔法と言うのは、文字通り、万能な物なんだよ? ただ風を起こしたり、火を点けたり、水を出したりといった分野でしか使わないかもしれないけど、元々魔法とは「不可能を可能にする」力なんだからね」

「不可能を可能にする力……」

「そう。さっき言った家具作りだって、本来は不可能でしょ?」

「確かに……僕たちに家具の材料を買って加工したり家具を自前で調達するのは……」

「そういう事をしなくても大丈夫なようにするのが魔法でもあるの。分かった?」

「は、はい……」


 セフィナがレイスに言った通り、魔法とは本来「不可能を可能にする力」である。その「不可能を可能にする」部分には本来限度は無いのだ。努力次第で、文字通り何でもできると言う事である。血のにじむような努力さえすれば、おそらく家だって作れるだろう。


「じゃあ、オリエンテーションが終わったら何をすればいいのか、もう分かったよね?」

「自発的に魔法の勉強をして、術式を編み出して、必要な家具を自分の力で作り出しなさい……?」

「……正解なんだけど、わざわざそこまでしなくても、家具を作るために必要な魔法はちゃんと図書館に置いてあるからね。今は、後にそうするために必要な準備をしていこうね」


 今はベッド以外何もない風学科の寮の生徒の部屋と、階段以外なにも無い手前の広間。そこにどんな家具を作り出すかはセフィナがレイスに言った通り、全て風学科の生徒達の自由であった。


「さて、この部屋の事はもう良いよね? そろそろ夕食の時間だから、そちらに向かおうと思うんだけど」

「どこで食べるんですか?」


 茶髪の生徒がセフィナに質問した。


「普段は食堂で食べることになるんだけど、それは明日以降の話だよ。今日は、一階の部屋でこの5人で食べるからね」

「一階の部屋? どこですか?」

「訓練室だよ。今は魔法の訓練目的では使えないけど、それ以外なら自由に使えるからね」

「分かりました」


 茶髪の生徒の質問に答えるセフィナ。彼女に率いられて生徒たちは一階にある訓練室へ向かうことになった。


ーーーー


「訓練室についたよ。今は訓練には使えないけど、いずれここで自由に魔法の訓練を出来るようになるからね」

「……あれ? 先生、訓練室には机も椅子も無かったような気がしますけど……」


 レイがセフィナに尋ねた通り、訓練室には椅子も机も無い。そもそも訓練室とは戦闘訓練や魔法の練習をする場所なのだからそんな物無くて当然なのだが。


「うん。訓練室にそんな物は置いてないよ。でも大丈夫。そこは私が魔法で何とかするから。じゃあ、皆はここで待ってて。食事を持ってきてもらうように今から手配してくるね」


 そう言い残して訓練室を出て行ってしまったセフィナ。生徒たちは彼女が戻ってくるまでこの何もない部屋で過ごすことになった。


「ねえ、レイス」

「……え? 何、レイ?」


 レイが暇を持て余したらしく、レイスに話しかけた。


「レイスってここに入る時にどこの学科を受けたの?」


 レイがレイスに聞きたかったのは、ここ(デルテミア魔法学院)に入る際にどこの学科を受けたのかである。


「……どうしたの、いきなりそんなことを聞いて」

「うん。レイスがここに入ることになった時に志願した学科の事まだ聞いてなかったから」

「……光学科を受けたんだけど、人数が多いからって風学科の方に回されたんだ」

「……そうなんだ。……でも、レイスとまた一緒に居られて嬉しいよ」

「……そうだね。僕も、レイと一緒になれるとは思わなかったし、嬉しいよ」

「ありがとう! あ、僕あっちの二人と話してくるね!」


 レイはそのままレイスと離れた場所で座っていた二人の方に走って行った。


「……レイと一緒に過ごせるのは僕も嬉しいよ。だけど……」


 確かにレイと一緒に過ごせることはレイスも嬉しかったのだが、レイスにはここへの編入は素直に喜べない物であった。レイには回されたなんて嘘を言ったが、実際には専願で受けた光学科を落とされ、落ちこぼれ学科と風学科のどちらかを選ぶことになってやむなく風学科に入ったからである。


「……ううん。レイの前でこんな顔してたら駄目だよね。ここで学ぶって僕は決めたんだ。だったら、もう気持ちを切り替えないと……兄として、レイにこんな顔見せられないしね」


 実際にはレイとレイスは一卵性双生児なのでどちらが兄でもないのだが、レイスはレイを弟だと思っており、レイには心配させたくないからかレイの前では普通に振舞おうとしているようである。


ーーーー


「ねえ。ちょっといいかな?」


 レイスと話し終えたレイは一緒に入学した二人の方に行き、二人に話しかけた。


「……え? どうしたの?」


 レイに返事を返したのは茶髪の生徒である。


「今日から一緒に過ごすことになるから、一度ちゃんと話した方が良いかなって」

「……変わってるね」


 レイの茶髪の生徒への返事を聞いた緑髪の生徒がレイは変わっていると呟いた。


「そうかな?」

「うん。だって、さっきの先生の話を聞いたら魔法の勉強は一人でやるものらしいから、他の人と関わっても意味が無いと思うんだけど」

「うーん……。僕はそんなこと無いと思うんだけどなあ……。君ってレイスと同じこと言うんだね」


 レイは変わっていると呟いた緑髪の生徒に、レイスと同じことを言うとレイは言った。


「レイス? ……君と同じ顔の……あの人だよね?」


 茶髪の生徒が遠くの方で一人で座っているレイスを指さした。


「うん。勉強するときはいつも一人でやってたし、勉強は周りと助け合ってやる物じゃない。自分の力にするために一人でやらないとだめな物なんだって頻繁に言ってたんだ」

「へえ……僕と同じ考えの人居たんだね」

「でも、確かにその通りだよね。勉強は自分のためにやるんだから、自分の力でやらないといけないよね」


 緑髪の生徒は自分と同じ考えの人が居たことに驚き、茶髪の生徒は緑髪の生徒やレイスの勉強に対する考え方を知って少し感心していた。


「うーん……レイスや君の言っていることは分かるし、一人でやった方が集中しやすい事も分かるんだけど、でもさ……」

「何?」


 勉強は一人でするものという考えのレイスと一緒に居ただけに彼や緑髪の生徒が言った考えの利点も分かっているレイだが、何か引っかかっているようである。


「一緒に勉強するのも良いと思うんだ。一緒にやってみようよ」

「……どうして? 一人でやる方が効率は良いよ? だって、自分のやらないといけないことは自分が一番わかってるし、効率が落ちることなんてないんだから。自分の力で積み上げてこそだと思うよ」


 緑髪の生徒に一緒に勉強をやろうと言ってみるレイだが、緑髪の生徒は一人でやっても問題ないと返答した。


「所で、君はさっきから一緒にやろうって言ってるけど、一緒にやることの利点って何なの?」

「え?」


 レイが勉強を一緒にやろうと誘っていることに対して、茶髪の生徒がレイに質問した。


「うーん……友達と一緒に勉強するのって楽しいし、分からないところがあったら互いに教えあったりできると思うんだけど……」

「確かに、友達同士でやったら効率が良くなるかもしれないよね。課題があったら分担して終わらせたり出来るし」


 茶髪の生徒はレイの答えに納得したようだ。


「……まあ、ここが普通に共同生活を行う場所なら君の考えは良いと思うよ」

「……? 普通に共同生活を行う場所だよね?」


 緑髪の生徒はレイの考えを否定はしなかった。ただし、ここがその考えを適用していい場所なのかどうかが問題である。と暗に示した。要するに、ここデルテミア魔法学院ではレイの考えは通用しないのだと言ったのだ。


「……君は行事とこの学校のシステムの事を知らないの?」

「え? 行事? ……うん、調べてなかった」

「……一緒にやってみようなんて言い出した辺り、そんなところだと思ったよ」


 緑髪の生徒がレイに学校の行事やシステムについて知らないのかと聞くが、レイはそれらについて良く知っていなかったようである。そのことに呆れを隠さない緑髪の生徒。


「……この学校が八学科制になっているのは、八学科を互いに競わせるため。そして、学校の行事の一つである魔法大会は、各学科の代表の生徒一人しか出られないんだよ。僕が何が言いたいのか分かる?」

「うーん……要するに、同じ学科の生徒と仲良くしたらその生徒に技術を取られて、その結果代表になれないかもしれないって思ってるの?」

「そうなるね。自分が苦労して作り出した技術も、他の人に盗まれて使われたら無駄になっちゃう。自分が必死に作り出した技術を一日で奪われてしまったら、自分の苦労は無駄になっちゃうでしょ?」


 緑髪の生徒がレイに説明した通り、この学校では八学科を互いに競わせるような制度があり、更に学校行事の一つである魔法大会は、各学科の生徒一人しか出られないのだ。そして、そんな状態で他の生徒と組んだ場合、その生徒に技術を盗まれてしまい、自分は代表になれないのではないかと言う疑念も自然と生じてしまうのだ。


「僕は技術を盗むとかそんなこと全く興味ないんだけどな……。ただ二人と話したかっただけなんだけど……」

「君はそうかもしれないけど、実際に居るんだよ。知り合いが光学科に入ったんだけど、試験前に突然絡んできて勉強を教えろ教えろって催促してきた奴が居たらしいしね」

「……それは確かに悪意しか感じないよ……」


 レイがここで話しかけたのが本当にこの二人と話したかっただけなのが事実だとしても、実際に緑髪の生徒の知り合いに絡んだ生徒のような行動を取る生徒も居る。そうレイに告げる緑髪の生徒。茶髪の生徒も緑髪の生徒の話を聞いたらさすがにその生徒は悪意しか持っていないと思ったようだ。


「それにね、僕が一人で魔法を勉強するのは自分の力で不可能を可能にするためでもあるんだ」

「自分の力で?」

「うん、僕は自分の力だけでどんな困難も乗り越えてみたいんだ。だから、一緒には出来ない」

「そっか……。さすがにそれじゃ一緒に魔法の勉強は出来ないね」


 緑髪の生徒には自分の力だけで不可能を超えると言う目標もあったのだ。さすがにそれでは他者との協力は出来ないだろう。レイもそれでは仕方がないと悟ったようだ。


「うん。そう言うわけだから……」

「じゃあさ、魔法以外なら大丈夫?」


 そう言うわけだから君とは組めない、いや、誰とも組まないとレイに緑髪の生徒が言おうとした矢先に、レイは別の事を言ってきた。


「え? 魔法以外?」

「うん。そうだよ」


 さすがにこの展開は考えてなかったのか間の抜けた表情をし、そのまま質問する緑髪の生徒。茶髪の生徒は不思議そうな表情をしている。


「えっと……どういう事?」

「魔法に関する事では駄目だって言ったでしょ? じゃあ、それ以外なら一緒にやっても良いよね?」

「え……うん……まあ……魔法以外なら別に関係ないし……良いけど?」


 レイが言ったのは「どうしても駄目な部分以外なら一緒にやっても大丈夫か?」という事である。緑髪の生徒がどうしても譲れなかった魔法関連はいいから、他の所は一緒にやろう。レイはそう言ったのだ。緑髪の生徒も、さすがにこれなら断る理由は無かった。


「良いの?」

「え……まあ、魔法関連のこと以外なら……良いけど?」

「ありがとう! じゃあ、これからよろしく!えっと……」

「……クリスだよ」

「クリスだね? 僕はレイだよ」

「……レイ。魔法関連以外ならよろしくね」

「うん! よろしく、クリス!」

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