オリエンテーション(3)
「後でやっぱり風学科の水晶に触りたいと思った人は後日直接私の所に来てもらうとして、そろそろ次の場所に向かおっか。ところで、君はもう大丈夫?」
「あ、はい。もう慣れてきました。大丈夫です」
「そっか。じゃあ、次の場所に行くよ」
セフィナはレイの体調の確認をしたが、全く問題ないようなので、このまま次の場所に生徒を案内する事にした。風学科の寮の階段を上った先の部屋に入った生徒たちの目に飛び込んできたのは本棚に入った大量の本だった。
「ここは……図書館ですか?」
「そうだよ。ほとんどが薬学の素材に関する本と歴史の本だけど、風魔法の本もとりあえず置いてあるからね」
レイスの質問にセフィナが答えた通り、ここは図書館であった。右の壁も左の壁も全て本棚で、本棚の中は全て本が詰め込まれていた。隙間がまったくと言って良いほどに無いのだ。
「じゃあ、ここの本の持ち出しに関する説明を今からするね。ここの本は、原則自由に借りて行っていいよ。ただし、一度に借りてもいいのは最大10冊までっていう制限をつけるからね。それと、沢山あるように見えるけど同じ本を何冊か入れていたりするから、借りる時には注意してね」
「先生。どうして同じ本を複数入れているんですか?」
セフィナが何故同じ本を複数入れているのか気になったレイがセフィナに質問した。
「ん~……たとえば、君がある本を借りて読みたいとするよね。その時に、他の誰かにすでにその本が借りられてて読めないって事になったら困るでしょ?」
「確かに、必要な時に借りられないと困ります……」
「そういう問題を解決するために、あえて何冊か用意しているの。こうすれば、余程の事がなければすべての本が無くなることは無いでしょ?」
「だから何冊も用意していたんですね」
「そういう事。分かった?」
「はい。ありがとうございます」
レイの質問に答えるセフィナ。
「先生。僕も質問があります」
「何かな?」
レイスが次にセフィナに質問した。
「風魔法の本はとりあえず置いてあるって言ってましたけど、どうして魔法の本の方が薬学や歴史の本より少ないんですか?」
「オリジナルの魔法を生徒に自分で作らせるためかな」
「え? それってどういう……」
「事前に教えてもらってなかったかな? この学科の魔法の授業は全部自習形式だよ?」
「自習? それってつまり……」
「そう。オリエンテーションを終えると、後は全て自習形式で魔法を作ってもらうからね」
「え? 先生は魔法を教えてくれないんですか?」
セフィナの発言は衝撃的な物だったのだろう。レイス以外の生徒も驚きを隠せない。魔法の授業は先生自ら教えてくれるものというイメージを持っていたからである。
「質問があればその答えをちゃんと教えてあげるし、術式を添削してくれって言われればするけど、皆一緒に同じ魔法の練習をやるような形式で教える気は無いかな」
「……どうしてですか?」
「まず、扱える魔力の量には個人差があるの。だから、みんな一緒に同じ内容を教える形式は駄目。それだと、魔力の有る子は魔力が無い子も出来る範囲でしか魔力を使えない」
「……魔力の無い子を置いて行かないためですか?」
「そういう事でもあるけど、少し違うかな」
「……え?」
「魔力の無い子を置いていかないことも重要なんだけど、それよりも、魔力のある子を抑制させることを避けるためかな」
「……うーん……どういう事か分かりません……」
「どこが分からない?」
「どうして、同じ授業を受けさせると魔力のある子を抑制する事になるんですか?」
レイスには、セフィナが言った言葉の意味が分からなかった。同じ授業を受けさせることと魔力のある子を抑制することの関係性が見えなかったのだ。セフィナはレイスや周りの生徒にも分かるように説明し始める。
「さすがにこれだけだと分からないよね。じゃあ、どういう事か例を挙げて説明するよ。例えば、魔力を20使える子と10しか使えない子が居て、魔力10の子供に合わせた魔法の授業を行っていたとする。この時、魔力20の子は実際には20使えるのにもかかわらず、同じ授業を受けているため10までしか使ってはいけない……こういう事かな」
「……あれ? 魔力20の子が魔力を全部使ってはいけないんですか?」
「みんな一緒の授業では勝手なことは許されないの。だから、個人差を無視して、全員全く同じことを教えることになるよ」
セフィナがレイスにもう一度説明した内容は、一律の魔法の授業では底辺に合わせた授業をするため、これでは魔力の多い子は身体の魔力をすべて使う事が出来ないという物だった。
「……でも、それだと魔力の多い子が我慢すれば……って、まさか……」
「そんなことをすれば、いつまで経っても魔力の多い子は魔力を扱える量が増えないよ。魔力を増やすためには、魔力に負担をかける……たくさん魔法を使って魔力を使わないといけないのに、それが出来ないからね」
全員一律の授業の最大の問題点は、魔力の多い子と魔力の少ない子が混在していた場合、魔力の多い子が一方的に損をしてしまうと言う事である。セフィナがレイスに言った通り、魔力の保有量を増やすには魔力をたくさん使わなければいけないのに、一律の授業では魔力の少ない子に合わせざるを得ないので、魔力の多い子はそれができない。要するに、魔力が多い子の成長を抑制してしまうのだ。
「で、でも、それだと魔法を教えるところだけ一緒にやって、後は個別にするとか……」
「その「魔法を教える」所が、このオリエンテーションの明日からの予定なの。だから、授業が本格的に始まるオリエンテーション終了後には皆魔法を使えるようになっているわ」
「え……じゃあ……」
「今君が言った「後は個別にする」部分が、今私が言った所。ここで私が教えることになっている魔法の授業の内容よ」
「……」
レイス自身が言った内容が、まさにこの学科の魔法の授業の進め方だったのだ。セフィナは話を続ける。
「まあ、中には魔法を実際に使う授業をみんな一緒に受けさせている学科もあるよ。例えば……土学科。あそこは、担任がものすごく頑固だから、少しでも担任の意に反した勝手な事をすると即座に鉄拳制裁が飛んでくるクラスだけどね」
「……先生。気になっていたんですけど、他の学科の授業って大体どんな感じなんですか?」
レイスは他の学科の授業がどんな感じなのか知らないため、他の学科の授業の進め方をセフィナに聞いてみた。
「私は他のクラスの担任じゃないから詳しくは知らないけど、分かっている範囲で教えるね。まずは光学科。魔法の練習は生徒個人に丸投げし、基本的には座学で魔法の術式だけ学ぶ。この術式は丸暗記させられるから嫌でも忘れない……って言われてるね」
「丸暗記……ですか?」
「そうだよ。後、薬学も薬を作るための式や歴史を丸暗記する授業になっているから。落ちこぼれ学科の管理で余計にお金がかかってとても実験に回せるお金は無いみたい」
「え……実験は無いんですか?」
「そりゃあ、生徒50人弱全員に実験用の器具や素材を買い与えるのは凄くお金がかかるしね。安い素材やただ同然の素材だけならまだしも、薬学に使う材料はその辺の雑草やキノコだけじゃないからね」
「そうだったんですか……」
光学科の授業体質は完全な丸暗記で、薬学の実験も一切ないと言う事を説明するセフィナ。実際に光学科では落ちこぼれ学科の管理で余計な経費がかかっており、実験用の器材にまで手が回らないのだ。落ちこぼれ学科の建物は風学科の建物に併設されてはいるが、これを管理しているのは光学科のため、そこに放り込まれた生徒の管理にかかる経費も光学科が出しているのである。
「じゃあ、次は土学科の授業の進め方の話をするね。ここは、誰かが勝手に動くことを何よりも嫌う担任が担当しているクラスなの。だから、常にみんな一緒に動かないといけないの。休み時間であっても例外はないみたい」
「え? 休み時間であってもみんな一緒に動くんですか?」
「そうだよ。「授業が本格的に始まりだしたら黄色い服の集団の大行進が始まる」なんて言われるくらいだしね。一糸乱れぬ動きで同じ場所に向かって動く集団……統率された軍隊でも作りたいのかなって思うくらい異様なクラスだよ」
「……そんなところに入らなくて正解でした……」
「……就寝時間も固定されていて、夜更かしは絶対にさせないみたい。夜の見回りで土学科の生徒に会ったことは一度も無いしね。まあ、こんなクラスだからただついていって言われたことをやるだけのスタイルが好きな人は入りたがるみたいだけど」
「あれ? それじゃ、そのクラスでは魔法の自習は……」
「出来るわけないよ。そもそも、図書館に魔法の本が置かれてないしね。勝手な事をさせないためにドグラ……土学科の担任が魔法の本を置かないようにしているの。それでもやろうものなら鉄拳制裁が飛ぶよ」
「何と言うか……凄いクラスですね……。絶対に入りたくないです……」
「あの教育方針は私には理解できないよ……。自由の無い授業は絶対つまらない……というか、ドグラと授業方針が合う教師は多分居ないから……」
セフィナがレイスに説明した通り、土学科の教育方針はみんな必ず同じことをさせるという物である。そのため、個人で勝手な事をすることは出来ないのだ。それは休み時間や就寝時間であっても例外ではなく、常にみんな一緒に行動する。もしその規則を生徒が破ろうものなら即座にドグラの鉄拳制裁が飛ぶだろう。セフィナの説明は続く。
「次は、闇学科。ここは闇魔法の授業と魔法術式の授業の二つがあるけど、授業を進めるスタイルが大きく異なるみたい」
「そうなんですか?」
「闇魔法の方は闇学科の生徒限定の授業で、一番下の子が出来るようにするのを目標にして、出来る子は勝手に自習させるみたい。それに対して、魔法術式の授業は他のクラスの生徒も関係なく受けられるからか、結構自由に出来るみたいだね」
「出来る子は自習するんですか? 出来ない子が自習するんじゃなく?」
「そうみたい。でも、出来ない子を引っ張り上げるのがあの人の信念みたいなものだからね。そのおかげで落ちる生徒は居ないよ。皆最低限の実力は得ているから」
「闇学科が人気なのが少しわかるような気がします……」
「まあ、親御さんの間ではものすごく人気だしね。そこに自分の子供が居るだけで価値があるみたい」
「……周りの大人は皆闇学科に自分の子供を入れようと躍起になってました……」
「かなりの人気なのも授業の中身を見れば納得、かな?」
闇学科の授業のうち、闇魔法に関しては闇学科の生徒限定の授業である。そのため、闇学科の生徒を落第させないことを最優先に行われているのだ。なので、闇学科の教師は出来ない生徒を最優先して授業で教えることにしているのである。このサポートによって余程の事が無ければ生徒は落第しない上、闇学科に自身の子供が入っていることを周囲にも誇れるとなると多くの親が闇学科に我が子を入れようとするのも当然である。
「所で、魔法術式の授業って何なんですか?」
「魔法を使うには、必ずそれを使うための術式を組む必要があるの。その術式の組み方を中心に教えるのが魔法術式の授業だよ」
「魔法術式の組み方を教えてもらえるんですか?」
「そうだよ。でも、作り方は教えてもらえても実際に術式を作るのは自分。だから、ちゃんと自分の力で組み上げていかないとね」
「……魔法の術式そのものを教えてくれてもいいのに……」
「まあ、普通はそう思うよね。でもね……」
「?」
「人にただ教えられ、覚えた魔法を何も考えずに使うだけじゃ駄目なの。自分で考えて、イメージして、術式を組み立てて、何度も失敗して理想の形に近づける……こうしないと、本当に魔法を使いこなせるとは言えないわ」
「そうなんですか?」
「そりゃあ、やろうと思えば術式の教師が自ら作成した強力な魔法を生徒に与えるだけなんてこともできるよ。でもさ、ただ与えられたものを何も考えずに使うだけって面白いかな?」
「……でも、それで強い魔法を手に入れられるなら……」
「最初の方は確かに自分で考えるよりも良いかもしれないよ。与えられたものを使うだけってものすごく楽だしね。でもさ、それを卒業までずっと続けるの? 自分では一切魔法を作らず、何も考えずにただ与えられたものを使うだけで、本当に満足? 自分は一切成長できないよ?」
「それは……嫌です」
「でしょ? だから、自分で考えて、悩みぬいて、魔法を作りなさいって事。分かった?」
「……はい」
セフィナがレイスに言おうとしたこと、それは「自分で考え、動くことの大切さ」である。確かに何もできない最初の方はレイスが言ったように術式だけを渡して真似させた方が良いかもしれない。でもそれでは駄目なのだ。確かに最初の方は成長したように感じるが、それをずっと続けていると生徒自ら考えると言う事がなくなってしまう。それなら、最初から考え、悩ませて自らの力で術式を組み上げさせた方が生徒自身のためになる、と言う事である。厳しいかもしれないが、それが生徒のためなのだ。
「……じゃあ、次は……って言いたいけど、今はオリエンテーションでこの建物の中を案内しないといけないし、まだ案内しないといけない場所があるからそろそろ次の場所に行かないとね。他の学科の事はまた今度で良いかな?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、次の場所に行こうか。皆、ついてきて」
他の学科に関する説明を一旦切り上げ、セフィナは次の場所に生徒を案内した。




