オリエンテーション(2)
「じゃあ、この寮……緑の塔の中を実際に歩きながら案内するよ。まずはここね」
セフィナが生徒たちを連れて最初に訪れたのは訓練室と書かれた部屋だった。だが、現在使用禁止になっているらしく、その旨が張り紙に書かれている。
「本来なら使えるはずなんだけど、現在は非殺傷結界が無いため使用禁止。仮にここで訓練をしようとしても攻撃魔法が攻撃魔法無効化結界のおかげでまったく使えないようになってるわ。だから、共同訓練室でやらないとそもそも攻撃魔法の練習ができないの」
セフィナの言うとおり、訓練室は現在攻撃魔法の訓練には使えなくなっていた。何故なら、攻撃魔法無効化結界は学科の訓練室にも張られており、ここで攻撃魔法を撃っても何も起きないのだ。
「先生、その話から考えると、攻撃魔法無効化結界が共同訓練室だけ張られていない、ううん、わざと張っていないって言う風に解釈できますけど……?」
「レイス? どういう事?」
「レイ、攻撃魔法無効化結界はこの学校のほとんどすべての場所を覆ってるのに、何故か共同訓練室だけ覆ってないんだ。他の場所は全て覆ってるのに共同訓練室だけ穴が開いてる。だから、人為的に張っていないって思ったんだ」
レイスの言うとおり、何故か攻撃魔法無効化結界は共同訓練室を覆っていないのだ。他の場所を全て覆っているのにそこだけピンポイントで結界の範囲から外れている。
「うん、その通りだよ。よく分かったね。攻撃魔法無効化結界はね、この学校そのものが範囲を指定できるの。だから、共同訓練室だけ非殺傷結界を発動させ、その他の場所は全て攻撃魔法無効化結界で覆ってるってわけ。こうすることで、この学校の中では基本的に魔法による事故は起きないの」
セフィナの言うとおり、デルテミア魔法学院がこの結界の届く範囲を設定できる。つまり、共同訓練室だけをこの結界の対象から外し、残ったエリアを全てこの結界で覆ってしまう事で攻撃魔法による事故を出来るだけ減らしているのだ。そして唯一この結界が無い共同訓練室は非殺傷結界で覆われているため、絶対に事故は起きないのだ。
「じゃあ、次はそっちの部屋の説明をするわ。そこは資料室よ。と言っても、ここの中には薬学の素材なんて一切置いてないし、ただのガラクタばっかりね」
セフィナは訓練室と反対側の部屋を指で指し、その部屋の簡単な説明を始めた。と言っても、資料室なんて学生が使うはずはないので簡単な説明だけだったが。
「じゃあ、次の場所に向かいましょ。次に向かう場所は、風学科の寮の中。寮の中にもいくつか施設があるから、それの説明をするね」
セフィナに連れられて風学科の寮の広間に入ったレイ達の目に最初に映ったのは、寮の一回の中央に置かれた薄い緑色の机と、その上に置かれた水晶玉だった。
「先生、あれは何ですか?」
レイがセフィナに水晶の事を尋ねる。
「あれは、風学科の水晶。触れたものの魔力を着色し、魔力を使えるようになる……と言っても、これだけだと他の学科の水晶でも、薬学の薬でも同じことが出来るけどね。むしろ、薬学の薬の方が魔力の色を自由に変えられる分良いかも」
「これだけだと? 何かこの水晶に触れることでしか出来ないことがあるんですか?」
セフィナの返答にレイが更に質問する。セフィナの話を聞くと、別にこの水晶でなくても魔力を使えるようにすることは出来ると言う。だったら、何故この水晶を使うのかレイには不思議であった。
「これにしか出来ないことがあるからここにこの水晶があるんだよ。この学校にある8つの水晶のうち、これに最初に触れた者にのみ、風魔法に対する抵抗力がつく。それがこれの唯一にして最大の特徴かな」
「風魔法に対する抵抗力? それって一体なんですか?」
「風の攻撃魔法を受けた時のダメージが減り、回復魔法を受けたときの効果は普通の人より強くなる」
「……全く意味が分かりません」
レイの更なる質問に対するセフィナの返答は、この水晶に触れた者にだけ風魔法の抵抗力がつくと言う物であった。ただ、レイには上手く伝わらなかったようだ。
「うーん……さすがにこんな説明じゃ分からないか。今は突風の魔法を受けても吹き飛ばされにくくなる程度の認識で良いよ」
「は、はあ……」
抵抗力の話はレイにはまだ早いと判断したセフィナは簡単な例を出して納得させることにした。そもそも、水晶と抵抗力の話は10歳の子供が聞いて分かるような内容ではないのだ。原理から説明するとものすごく長い話になってしまううえ、難しい公式と理論など、理解できないだろう。
「今この水晶の事で覚えておかないといけないのは、この水晶の他にも7つの水晶があって、それぞれ対応した魔法に対する抵抗力をつけると言う事と、この水晶に最初に触れたら他の水晶の効果は絶対に得られないと言う事かな」
「……? ……どうして水晶の効果をすべて得られないんですか?」
セフィナの話に反応したのはレイスだった。水晶の効果自体は有益な効果なのに、それを1つだけしか得られないのが不思議だったので、聞くことにした。
「水晶の魔法に対する抵抗力の効果は普通の魔法や薬とは違って、最初の1つの加護を受けたら他の加護を得ようとしても弾かれてしまうの。これは、水晶の中の魔力が体に流れて定着すると、他の水晶の魔力を全て弾いてしまう魔法がかかっているからなの」
「どうして、そんなことになっているんですか?」
「それはね、過去にある魔法学校で水晶の力を全て得させた最強の魔法使いを作るために水晶の独占が必要になり、この水晶を巡って他の学校との大きな争いが起きたの。そしてその争いを終わらせた者が二度とそういう事をさせないために全ての水晶にそういう封印を施したの」
「その争いって、デルテミア魔法学院発足のきっかけになった「セフィア事件」と「リーテル魔法学院とメリス魔法学院の決戦」ですか?」
セフィナの話した「最強の魔法使い」「争い」を歴史の本で以前見たことがあったレイスがセフィナの話に反応した。
「レイス。それってどんな内容なの?」
「セフィア事件は、セフィアって人に全ての水晶の効果を全て与えてみようって計画で、最強の魔法使いを作り出すための実験だったんだ。これをやったのは当時もっとも小さい魔法学校だったリーテル魔法学院だった。で、このリーテル魔法学院の行動に対して最も大きな学校だったメリス魔法学院が猛反発した。でも、リーテル魔法学院はメリス魔法学院の話を全く聞かず、メリス魔法学院は実力行使でリーテル魔法学院を倒そうとした。そして共倒れになってしまった……って内容だったよ」
レイがレイスにその事件の内容を聞き、レイスがそれを説明した。
「ん~……子供に教える分にはそれで良いけど、事実とは全く違うね」
「そうなんですか?」
レイスが言った内容が事実と異なることを示すセフィナ。
「セフィア事件は、そもそもセフィアが生徒の中であまりに優秀だったためにセフィアが代表同然に呼ばれただけで、実際にはリーテル魔法学院の生徒全員が全ての水晶の効果を持っていたよ」
「そうだったんですか? てっきりセフィアだけだと……」
「それに、メリス魔法学院が反発したのはリーテル魔法学院が水晶を独り占めしていたから。要するに、自分たちが水晶を一切使えなかったから怒ってたの。リーテル魔法学院が独り占めした水晶を他の魔法学校が自分たちが使うために奪おうとして戦闘が勃発。そしてその戦いで最後まで残ったのがリーテル魔法学院とメリス魔法学院だったの。要するに、学院同士のデルテミア全土を巻き込んだ戦闘行為だったの」
「まさか、デルテミア大陸中で二つの学校が戦ったわけじゃなく……」
「この当時、デルテミア大陸には10前後のエリアがあって、そのエリア全てに各一校ずつ魔法学院があった。だから、その10個の学院全てがこの水晶の効果を得るため、独占するために戦ったの。結果、戦いはデルテミア全土に拡大した」
「まさか、教科書には嘘が書いてあったんですか?」
「子供に歴史の真実を教える事はあまりないの。格好よくぼかしたり、真実と異なることを書くのは良くあることだよ」
セフィナがレイスに話した内容は事実である。だが、それをそのまま子供の読む教科書に書くわけにはいかなかったのだ。汚い部分を隠したがる人間の性だろうか。
「じ、じゃあ、戦いの結末も全く違うんですか!? 最終的にすべての学院が共倒れになったって書いてあったのは……」
「違うよ。すべての学校が戦いを繰り広げていたところに、乱入者が現れた。このデルテミア魔法学院の創設者であるデルテム。彼が各学校に内通者を送り込み、盗み出した水晶に細工をして、水晶を奪ってしまったの」
「そんな事、教科書には……」
「こんな汚い話、子供の読む本には書けないでしょ?……デルテムは、他の魔法学校から盗み出した水晶に二つの魔法をかけた。それは絶対に解除できないようにあらゆる魔法の干渉から守られており、解除するには水晶ごと壊すしかなかった。そして、水晶をデルテミア魔法学院に入れてから戦いを止めさせ、各学院を解体、教育を全てデルテミア学院で行う事を決定させたの。こんな暴論が通ったのは、当時はマジックペインターのような魔力着色用の薬が無かったから。水晶を独り占めされるともうどうしようもなかったの」
そう。デルテミア魔法学院が今まで存続できたのは水晶を盗み出した創設者が水晶に細工をして他の学校に渡らないようにしてしまったからなのだ。マジックペインターが開発された現在ならともかく、当時は水晶が使えなくなる=事実上の廃校でもあったのだ。だから、かつて10校近くあった魔法学院は水晶を他の魔法学院に独り占めされるわけにはいかなかったのだ。結果的に現れたデルテミアに全ての水晶を奪われて全て廃校になってしまったが。
「……その魔法って、何なんですか?」
「1つは、水晶をデルテミア魔法学院の外に運び出せないようにする魔法。これで、デルテミア魔法学院以外では水晶に触れることも出来なくなった。その結果、他の魔法学院は順次潰れて行った。魔法の水晶が無いと、この当時には魔法は使えなかったしね。今なら、マジックペインターでどうにかできるけど」
「……もう1つは?」
「1つの水晶に触れた場合、他の水晶の力を受けられなくなる魔法。これによって、他の水晶との併用が出来なくなったの。この2つの魔法は今も作用してるよ。実際にそこの水晶を窓から外に投げ捨てると、しばらくしたらこの机の上に戻ってくる。そして、これに触れたら他の7つの水晶の力を得ることはもう出来ない。要するに、他の水晶の属性の耐性が欲しいと言う場合には、これに触らず、マジックペインターを飲むことを推奨するからね」
そして、かつての魔法が今なおこの水晶には残っている。そのため、うっかりこの風魔法の水晶に触ると他の水晶の効果を得ることは出来なくなるのだ。
「さて、真実を知って、水晶の事を知ったけど、それでもこれに触れるって言う人は居るかな?」
「それでも、これに触れます」
水晶の真実を知らされたあとでは、慎重になるだろう。何せ、やり直しが出来ないのだ。だが、レイはそれでもこれに触れようとした。
「レイ!?」
レイスはそれでもこれに触れようとするレイを見て驚きを隠せない。
「良いの?他の水晶にはもう触れないよ? 後悔しない?」
「僕は元々、そのつもりでここに来ました」
セフィナは一応忠告だけはする。何せ、この水晶だけは後戻りが出来ないのだ。だが、レイの決意は固い。
「レイ! でも……」
「レイスは、レイスのやりたいようにして。これは僕のやりたいことだから」
レイは迷うことなく水晶の所に行って右手を水晶に置いた。直後、レイの身体を緑色の光が包む。
(……何、これ!? 体の中に、何かが……!)
レイの身体を光が包んだ直後、レイは自分の中に何かが入ってくる感覚を感じた。レイを包んだ光はレイの中に吸い込まれるように消えて行った。
「身体の中に、何か違和感が……何、これ……」
「それが、着色された魔力の感覚。まあ、数日経てば慣れるよ。それと、魔力の色だけは気に入らなかったらマジックペインターで自由に変えられるからね」
「は、はい……」
この後、残りの三人は誰も水晶に触りたがらなかったのでセフィナは水晶を鍵付きの箱に入れて部屋になおしてしまった。まあ、一度しか選べず、選びなおすことができない8択を選べといきなり言われても答えが出ないのが普通なのだが……。
水晶を取り上げ、封印を施して二度と水晶の力を共有できなくし、更に他の魔法学院を潰したデルテムは最低な悪人なのか、それとも、争いの元凶を断ち切り、学院同士の不毛な争いを止めた素晴らしい英雄なのか。
こんな部分はとても子供に教えられないので、レイスの読んだ教科書の中身は重くない物に変えられていました。悪影響を与えかねないですし。




