蛮族の王と獣人の大将軍は伝説になった
——マクレインを担ぎ上げて闘技場を飛び出したオノチャンは、外壁へ向かい全力疾走しつつ、マクレインの状態を確かめる。
——四肢の欠損こそないものの、全身の骨という骨が砕け、切り傷や刺し傷からは血が溢れ出している。無意識下の闘気コントロールにより、かろうじて耐えられてはいるものの、内臓がこぼれ落ちそうだ……まさに、満身創痍……危険な状態だ。
「オノチャン……帰ってきたのか……早かった……な。ごほっごほっ」
「喋らないでください!」
「あぁ。すまんな〜」
出血がひどい……急がなきゃ!
師匠……軽い、軽すぎるっ……!?
いつも私の頭を撫でてくれる、大きな手。私を抱え上げてくれた、逞しい腕。いつも皆を守ってくれる大きな背中……。
それがどうして……どうしてこんなに——。
「師匠! しっかりしてください!」
「はは、大丈……夫だよ。オノチャンは……大袈裟だ……なあ」
師匠……嘘をつかないで……。
そんな声で、大丈夫なはずが……ないでしょう。
◇
——ヴォルアアアアアアアア!!!
——闘技場を背にして駆け出したオノチャンたちの背後で、古代龍が咆哮を上げた。漆黒の翼が広がり、ハイヒューマンの男がその背に飛び乗る。
「逃がすな」
——短い命令に応えるように、古代龍は空へ舞い上がった。
◇
——街の中央でドゥラウスとレオニクスは、オノチャンが必ずマクレインを連れてくると信じ、退路を確保するために、押し寄せる魔物の群れを食い止めていた。
「グハハハ! 何匹来ようが同じコトダ!」
「ドゥラウス! 左を頼む!」
「グハハハ!」
——巨大な斧がハイオーガの胴体を断ち、レオニクスの剣が迫る魔物を次々と斬り伏せる。
「ドゥラウス! レオニクス!」
「オノチャン! ……マクレイン!?」
——二人の表情が曇る。オノチャンに抱きかかえられたマクレインの状態を見れば、何が起きているのかは明白だった。
「二人とも! 師匠を安全な場所へ——」
「行ケ!」
「ドゥラウス!?」
「ここは俺たちに任セロ!」
「でも——」
「オノチャン!」
——レオニクスの構える剣が金色の闘気を纏い振動する。
「俺たちは将軍だ。領民と仲間を守るのが仕事だろう」
「……レオニクス」
「マクレインを頼む」
「グハハハ! 蛮族の王を舐めるナヨ! この程度の相手……ペロリだ……!」
……。
嘘です。蛮族の王なんて……勝手に名乗っているだけじゃありませんか。あなたは大きくて、力が強いだけの……ただの人間だというのに。
あなたたちも、わかっているのでしょう。空から近づいてくる、あの化け物の気配に気づいていないはずがない。
私たち三人で戦っても、勝てるかどうかわからない相手です。
それでも……。
「ごほっ。お前ら……命令だ……俺のことは……良いから……逃げろ……」
——オノチャンの腕の中で、マクレインが声にならない声で、自分を捨てて逃げるよう命令するが……従う者はいなかった。
「ハハハっ! ボス。命令をする前に給金の支払いを済ませてもらわないと。バカ二人のお守りをしながらヴァリアントドラゴンを討伐するってのはなかなか骨が折れましたよっ! 超継続回復!」
——部下になってから、初めて命令を断ったレオニクスの右手から発する緑色の光がマクレインを包み込むと、マクレインの出血が止まり、呼吸が少しだけ安定した。
「気休め程度だが、無いよりはマシでしょう。さあ、我々の給金をさっさと取ってきてください。金をもらうまで、テコでも動きませんからねっ!」
——無骨な獣人は、これまでに見せたことのない……下手くそな笑顔で笑って、オノチャン達に背を向ける。
「よかった。俺の剣を素手で掴む奴らが、敵じゃなくて。目の前にいるのがただのでかいトカゲなら……俺たちが負けることなどないのだからなっ!」
「レオニクス……」
「話し込みすぎだゾ! モタモタするナ! 話したいなら……終わった後に酒場でダ! グハハハ! 今度こそ酔い潰してやるカラナ! 首を洗って待っトケ!」
「ドゥラウス……」
「「行け!!!」」
「ドゥラウス! レオニクス! 絶対に! 絶対に生きて戻ってきなさい!」
——覚悟を決めた二人の大将軍の叫びに押されてオノチャンは走り出した。切長の目からこぼれ落ちる大粒の涙が、足跡よりも後ろに落ちる。
「俺たちに命令するとは……偉くなったものだな。オノチャン」
「ああ。それに、強くなっタナ。あのガリガリのガキが」
「ドゥラウスの威圧で動けなくなっているにも関わらず、狂気の目で睨みつけていたあのガリガリの子供がな」
「グハハハ! 皆その話ばかりダナッ! 何年前の話だと思っているンダッ!」
——咆哮とも取れるような大声で笑うドゥラウスの斧を真紅の闘気がゆらゆらと包み込む。
——カァン!!
——二人はお互いを鼓舞するように、金色の闘気と真紅の闘気を纏った大剣と大斧を合わせた。
「グハハハ! 楽しくなってキタナアアアア!」
「ガハハハ! 俺の獲物も残しておけよっ!」
——迫り来る古代龍とハイヒューマン……魔物の大群に向かって、自ら突っ込んでいく二人。オノチャンとマクレインが最後に見た笑顔よりも、さらに頬を吊り上げて笑うドゥラウスとレオニクスは、皆と出会った日のオノチャンと同じ狂気を纏っていた。
——ヴェルガンドの中央広場で千を超える魔物を切り伏せた、蛮族の王と獣人の大将軍は……皮肉にも敵国オルドリア王国の伝説として語り継がれることになるのだが、ヴェルガンド領の人間は……誰一人として、それを知ることはなかった。




