第2話 あはははっ! 可愛いお腹が丸見えですねっ!
——ヴァルルルァ!
「グハハハ! 勇敢なトカゲだナァ!? 俺様に火を吹きかけるとはどういった了見ダァ!?」
「!?」
——ヴァリアントドラゴンの吐く黒炎を、巨大な斧で振り払うドゥラウス。
「ドゥラウス! そのまま引き付けておけ! 超継続回復!」
「グハハハ! ぬるいぬるい! 継続回復など余計なお世話ダ! レオニクスヨ!」
「少し焦げているぞ」
「グハハハ! 俺様のパンツはそんな簡単に燃えたりはセンゾ!」
このバカ蛮族が前衛をしてくれると……楽ですね。S級ドラゴンの吐く黒炎を浴びながら「ぬるいぬるい」ですから……。
まぁ、我々の闘気コントロールがあれば、この程度ならまぁ。こんな感じではありますが。
レオニクス本人も一騎当千の武勇を誇るというのに、回復や保護など、補助魔法の方が得意なんていうのですから不思議なものですね。
『172番』が十五歳の時に乗り移った私は、魔力を開花させる時期に間に合わなかったので、魔法が使えません。羨ましいですわ。
とはいえ、そのおかげで闘気のコントロールに集中できた訳ですから、一長一短ですね……おっと、今はこのトカゲちゃんに集中しなくては。
ふむ。
やはりヴァリアントドラゴンは、私が昔ぶち殺した通常種とは、見るからに格が違いますね。
通常種はせいぜい五メートルほど。緑の鱗を纏った、少し大きめの爬虫類です。火だって赤くてわかりやすい。
ええ、あの頃の私には十分すぎるほど恐ろしい相手でしたが……今にして思えば、可愛いものですね。
対して、こいつの全長は十メートル……でっかいですねぇ。
全身を覆う鱗は鮮やかな赤というより、血と熱で染め抜いたような凶悪な赤。しかも一枚一枚が分厚い。
首を振るだけで鎧の束が擦れ合うような重たい音が鳴り、四本の脚で地を踏むたび、山肌そのものが唸っているように感じられます。
頭もでかい。口もでかい。牙も太い。前脚など、昔の私ならあれ一本でぺしゃんこでしょう。いえ、今でもまともに喰らいたくはないですね。臭いので。
ですが、ふふ。お可愛いこと。弱点を曝け出して偉そうに吠えていますわ。
胸板の中央……周囲と違う、妙に大きく、鋭く尖った一枚の鱗。赤い光を内側から漏らしながら、どくり、どくり、と鼓動に合わせるように明滅しているのです。
あれが逆鱗。どう考えても「あぁ、僕のここ、殴ってください……」って感じじゃありませんか。
……ふふ。私、竜は嫌いと申し上げましたが、竜を殴るのは大好きなんです。ムカつくやつをぶん殴るのって楽しいじゃないですか。
ねえ? そうでしょ?
「レオニクス。保護ちょうだい」
「了解した! 『超保護!』」
超は不要なのですが……まあいいでしょう。このライオンから見せ場を奪ってもかわいそうですしね。さて、参りますか——シュッ
——全身に纏った闘気を両足に集中させたオノチャンが地を蹴った——と思った瞬間、ヴァリアントドラゴンの目の前に現れる。咄嗟に振り下ろしたその右前足を左手で弾くオノチャンは、狂気に満ちた笑顔で竜の逆鱗へ拳を叩き込んだ。
「あはははっ! 可愛いお腹が丸見えですねっ!」
——ボガァン! ……爆音と共に吹っ飛ぶ巨竜は、一撃で命を刈り取られたようだ。
「ドゥラウス! 急いで! 血抜き! 血抜きをしないと肉が不味くなる!」
「おいおい! 竜の血は貴重だから、一応ポットに詰め——」
「いいから早くしなさい! 師匠にまずい肉を食わせるつもりなの!?」
「いや、そうじゃねぇ……グハハハ! オノチャン! お前の方が蛮族みてぇじゃねえかっ!」
「黙って血抜きをしなさいっ!」
「オノチャン。竜は魔力が高いから、血抜きをしなくてもそこまで味は落ちないはずだぞ」
「黙りなさいレオニクス! 師匠が初めて食べるヴァリアントドラゴンなんだから! 最高の状態で食べてもらわなきゃ! 血なんて後からどうにでもなるでしょ!」
「お、おう。すまん」
——オノチャンに謝りながらもレオニクスは保護魔法を展開し、竜の血を集めてマジックポットに保管する
まったく。何を考えているのでしょうね。この二人は。本来の目的は師匠に肉を食べさせることです。
まぁ、ヴァリアントドラゴンは素材としても優秀でしょうから、一応鱗と骨と……竜は捨てるところが無いといいますからね。
とりあえず、血抜きが終わったら、全部持って帰りましょう。
戦闘はすぐに終わりましたが、いかんせんヴェルガンドから距離がありましたね。私たちの足でも、片道で三日もかかってしまいました。
帰りはもっと急ぎましょう。師匠は自分でも料理をしますが、私の作るご飯が好きなんです。
……遅い!
「ドゥラウス! 血抜きはまだですか!」
「俺に言われても困るんダガ!?」
「急ぎなさい! 早く師匠にお肉を食べさせるんだからっ!」
「グハハハ! マクレインもこんなに弟子に慕われて幸せもんだなぁ!」
「いーいーかーらーはーやーくーしーてー」
「グハハハ!」
◇
結局あれから血抜きには一時間かかったものの、それでも急いで帰ってきたので、行きでは三日かかった道のりを、帰りは二日です。
上々といったところでしょうか。それでも、私は早く師匠にお肉を届けたいのです。
きっと、師匠は喜んでくれるはずです。
こんなふうに——。
『師匠っ! ヴァリアントドラゴンの肩ロースをレアに焼いてみました』
『おぉ。うまそうだな。どれどれ。んん!? これは……やるなあ。オノチャン』
『血抜きが良かったのかもしれませんね。ドゥラウスが珍しく、頑張っていましたよ』
『ははは。どうせオノチャンが急かしたんだろう。あまりドゥラウスをいじめてやるなよ』
『ふふ。師匠……初めてのヴァリアントドラゴンのお味はいかがですか?』
『あぁ、美味しいよ。ありがとな。オノチャン』
『ふふ。師匠。もう子供じゃ無いんですからっ!』
『嫌か?』
『別に』
……。
早く! 早くヴェルガンドに……! もうすぐ三十にもなろうとするのに……私ときたら。困ったものですね。
そんなことはどうでもいいんです。急がなくては……そろそろ見えてもおかしくは——。
「オノチャン!? 街が……ヴェルガンドが……」
「ンゴ!? 燃えて……いるのか……?」
「なにが……師匠っ! 師匠は! 師匠は無事なの!?」
「オノチャン! 落ち着け! 街にはマクレインとエルセフィア……それに剣闘士たちがいるだろ! そんな簡単に攻め落とされたりはしない!」
「師匠……師匠っ!」
「オノチャン——」
駆け出していた。
師匠……。
師匠……師匠……!
師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠——。




