第3話(2) お試しデートは猫カフェで
「俺さ」
石上が、少しだけ声を落とした。
「ずっと前から、虎太郎にちゃんと話しかけたいと思ってたんだよね」
「……は? なんでだよ」
「同じ講義で何回か話した時、すごく楽しかったから。課題の説明が分かりにくいって、めちゃくちゃ顔に出てるところとかさ」
「それ、ただの悪口じゃねぇか」
「悪口じゃないよ。分かりやすくて可愛いな、って思ってた」
「可愛くねぇ!」
思わず大声を張り上げてしまい、虎太郎は慌てて口を塞いだ。部屋には自分一人しかいないのに、不審者がいないか周囲を見回してしまう。
電話の向こうでは、石上が愛おしそうにクスクスと笑っていた。
「そういうところ。虎太郎のそういうところが、ずっと気になってたんだ」
「……」
また、言葉を奪われる。
ドクドクと、胸の奥がいびつなステップを刻み始めていた。こんなのはおかしい。石上は嘘の告白を本気にしているだけで、自分は誤解を解くために電話に出たはずだ。なのに、どうしてこっちが主導権を握られているのか。
虎太郎はローテーブルの端を人差し指でトントンと叩いた。
落ち着け。今だ。今言わなきゃダメだ。
「あのさ、石上」
「うん」
「俺も、その……もっとちゃんと話したいとは、思うけど……」
言葉を紡ぎながら、虎太郎は心の中で(※ただし友人として、 昨日の誤解を解くという意味で!)と必死に補足する。だが、肝心のセリフが口から出てこない。
「思う、けど……さ」
「うん」
「だから、その、昨日のことも、ちゃんと――」
「じゃあ、今週末デートしよう」
「は?」
虎太郎の思考が完全にストップした。
石上は、まるで「明日の天気は晴れだね」とでも言うような自然さで話を続ける。
「場所はね、今週の僕らのラッキースポットがいいと思うんだ」
「ら、ラッキースポット……?」
予想外の単語が飛び出してきたせいで、虎太郎の声が派手に裏返った。
「今週の俺たち、出会い運と恋愛運がすごく良いんだよ。もっとお互いを深く知るには、落ち着ける場所がいいって占いに出ててさ」
「いや、待て! なんでデートの話になってんだよ! 飛躍がすごすぎるだろ!」
「だって、虎太郎ももっと話したいって言ってくれたし。俺も話したい。だったら、二人で出かけるのが一番でしょ?」
石上の声は、昼間の気恥ずかしそうなトーンから一転して、いつもの少し余裕のある調子を取り戻していた。
「何が『でしょ?』だ。ちなみに、そのラッキースポットってどこなんだよ」
聞かなければよかった、と後悔する間もなく、石上は弾んだ声で答えた。
「猫カフェ」
「ねこ……カフェ?」
「うん。猫が幸運を運んでくれるんだって。占星術と、タロットカードと、あとは今日の俺の直感」
「最後、占いですらねぇだろ!」
虎太郎は思わず空いた手で頭を抱えた。だが、石上はまったく悪びれる様子がない。
「虎太郎、猫嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「じゃあ、好き?」
「……まあ、好きだけど」
「よかった」
その、心底ほっとしたような声のトーンに、虎太郎はまたしても黙り込んでしまった。
猫は好きだ。実家では飼えなかったが、動画は毎日チェックしているし、道端で見かければ足が止まる。猫カフェにも密かに興味はあった。
ただし、それは「石上とのデート」とは全くの別問題だ。
「だからって、なんで俺が出かける羽目になってんだよ」
「羽目、って言われるとちょっと傷つくな……」
受話器の向こうの声が、しゅんと小さくなる。
ずるい、と虎太郎は眉を寄せた。そんなふうに可哀想な声をされたら、それ以上強く言えなくなる。
「いや、別に、そういう意味じゃなくて……。……とにかく、会って話さなきゃいけないことがあるのは事実だから」
「会って話してくれる?」
「……おう」
「じゃあ、猫カフェで決まりだね」
「なんでそこは確定なんだよ!?」
「ラッキースポットだから」
「便利だな、お前の占い!」
「虎太郎と出かける理由になるなら、これ以上ないくらい便利だよ」
心臓が痛い。
虎太郎は顔を真っ赤にしながら、受話器に向かって「そういうこと言うなって!」と怒鳴るように言った。もちろん、電話の向こうの石上にはこの赤面は見えていない。見えていなくて本当によかった。
「……分かったよ。行くよ」
「本当?」
「誤解を解くためだからな! デートじゃないからな!」
「うん、猫カフェデートね」
「人の話を聞け!」
結局、虎太郎がそれ以上抗議する前に、通話は穏やかに切れてしまった。
暗転したスマホの画面を見つめながら、虎太郎はローテーブルにゴツンと額を突っ伏した。
「……何でだよ。言うつもりだったのに……」
――気づけば、週末の約束が確定していた。




