第2話(4) ラブ度100%のプリント(ただし、机の下で開くこと)
虎太郎は、出かかった言葉を胃の奥底へと飲み込んだ。
石上が鞄を肩にかける。
「また連絡するよ」
「え?」
「今度、ふたりで出かけたいから」
その提案に、虎太郎は目を見開いた。
「いや、待て、出かけるって……」
「お試しでもいいよ」
「お試し?」
「うん。俺たち、相性最高らしいしね」
石上は少しだけ悪戯っぽく笑ってみせた。けれど、その耳は真っ赤に染まっている。
やっぱり、どこまでも本気だ。
虎太郎は何も言い返せなかった。石上はその沈黙をどう受け取ったのか、満足そうに小さく頷いた。
「じゃあ、またね」
「石上、」
呼び止めようとした時には、彼はもう歩き出していた。教室の出口へと向かう背中を、虎太郎は呆然と見送るしかなかった。
追いかければいい。今ならまだ間に合う。全部間違いだったと言えばいい。なのに、どうしても足が床に張り付いて動かなかった。
机の上には、石上が残していった相性占いのコピーがぽつんと取り残されている。
【ラブ度100パーセント。何をするにも最高の相性です♡】
ふざけた見出しが、やけに眩しくて視界を刺激した。
虎太郎はゆっくりと椅子に座り直し、両手で顔を覆った。
「……どうすんだよ、これ」
声が小さく震える。完全に誤解されているし、何より石上が本気すぎる。嬉しかったと言った声も、ふたりで出かけたいと言った顔も、すべてが本物だった。
そう自覚した瞬間、胃がきゅっと収縮する。
まずい。非常にまずい。昨日、既読がついた瞬間にすぐ否定していればよかったんだ。
全部根石のせいだ。あいつが勝手に送らなければ、こんな生き地獄を味わうことはなかった。
虎太郎は机に盛大に突っ伏した。
「根石の野郎……っ!」
声はほとんど涙目だった。教室に残っていた数人の学生が不審そうにこちらを見たが、今はプライドを気にしている余裕すらない。机に額をつけたまま、ぎゅっと拳を握りしめる。
次に根石に会ったら絶対にゲームでボコボコにして、ポテチとジュースを限界まで奢らせてやる。そして、この状況を打開する作戦を一緒に考えさせる。元凶はあいつなのだから。
だが――。
脳裏をよぎるのは、石上の赤くなった顔だった。耳に残るのは、嬉しかったと囁いたあの声。
虎太郎は机に突っ伏したまま、低く唸り声を上げた。
「……なんであんな顔すんだよ」
責めるべき相手は根石のはずなのに、胸の奥にトゲのように引っかかっているのは、石上のあの表情だった。あんなふうに照れられたら、あんなふうに喜ばれたら、さすがに「嘘でした」なんて即座に突き放せるわけがない。
「……最悪だ」
もう一度呟く。昨夜と同じ言葉だった。けれど昨日よりも、その響きはずっと重く心に沈んだ。
その時、ポケットの中でスマホが短く震えた。びくっと肩を揺らし、嫌な予感を抱えながら画面を表示させる。
送り主は、石上だった。
【今日の夕方、少しだけ電話してもいい?】
その下には、星がきらきらと輝く可愛らしいスタンプ。
虎太郎は画面を見つめたまま硬直した。
電話。少しだけ。石上と。昨日の告白の続きをするみたいに。
「……無理だろ、そんなの」
そう呟きながら、既読をつけないように慌ててスマホを伏せた。
けれど、心臓はもうとっくに、うるさいほどの警報を鳴らし始めている。
これは誤解だ。嘘告白だ。罰ゲームだ。何度も自分に言い聞かせる。それなのに、石上からの通知にほんの少しだけ胸を躍らせてしまった自分が、何より、たまらなく気に入らなかった。
虎太郎は机の上の占いプリントを、乱暴に鞄の奥へと押し込んだ。
捨てればいいのに、どうしても捨てられなかった。その事実に、また少しだけ腹が立った。




