第2話(3) ラブ度100%のプリント(ただし、机の下で開くこと)
ひどく長い時間が過ぎ、講義終了を告げるチャイムが鳴った。虎太郎はようやく肺の空気をすべて吐き出す。
周りの学生たちが一斉に立ち上がり、教室を出ていく。石上もノートを閉じた。今しかない。逃げられる前に、虎太郎は声をかけた。
「あの、石上」
振り返った石上は、やっぱり少し照れたような目をしていた。その顔を見るだけで喉が詰まりそうになる。けれど、言わなければならない。ここで言わなければ、一生引きずることになる。
わざとらしく咳払いをした。
「昨日のことなんだけど……あれ、実は……」
言え。言うんだ。「罰ゲームだった」「根石が勝手に送った」「本気じゃない」。
それだけ言えば済む話なのに、最後の一歩がどうしても踏み出せない。
石上は虎太郎をじっと見つめていたが、やがてふっと目元を和らげた。
「わかってる」
「……え?」
「全部言わなくていいよ」
石上の頬が、あからさまに朱に染まる。虎太郎の思考が完全にフリーズした。
何をわかっているんだ。絶対にわかっていない。むしろ、一番恐れていた方向に誤解している。
「いや、あの、違っ、」
「昨日のLINE、急だったもんね」
「そう、それは本当に急で……」
「俺もびっくりした。……でも、嬉しかった」
虎太郎は完全に言葉を失った。
石上ははにかむように笑う。いつもの余裕に満ちた完璧な笑顔ではなく、どこかぎこちなくて、本当に心の底から喜んでいるような、そんな顔だった。
胸が痛い。冗談だろ、そんな顔をするな。これは本当の告白じゃないんだ。
今すぐ真実を告げるべきだ。だが、喉が完全に閉じてしまって動かない。
石上は、机の上の占いプリントにちらりと目をやった。
「あれ、昨日の夜に作ったんだ」
「……夜に?」
「うん。虎太郎との相性、気になっちゃって」
「気にすんなよ、そんなの……」
つい、いつものぶっきらぼうな調子で返してしまう。
石上はくすくすと楽しそうに笑った。
「気になるよ。付き合うことになったんだから」
【付き合うことになった】
その言葉が、現実の重みを持って頭上から降ってきた。
文章の上では、完璧に成立している。自分が告白し、相手が承諾した。最悪だ。本当に最悪の展開だ。
「相性、すごくよかったよ」
石上は少し弾んだ声で続けた。
「太陽星座だけじゃなくて、月星座も見たんだ。虎太郎って、思ってたより感情が顔に出やすいタイプでしょ」
「出てねぇよ」
「今、思いきり出てる」
「出てねぇって」
「あと、強がるけど実は寂しがり屋って出てた」
「その占い師、詐欺だから絶対信用するな」
「俺が占ったんだけど」
「じゃあお前が信用できねぇ」
言い返してから、しまったと思った。いつもの癖でつい噛みついてしまった。
けれど石上は嫌がるどころか、むしろ嬉しそうに目を細めた。
「そういう突っ張ってるところも、けっこう好き」
「……っ!」
心臓が跳ね上がる。今、なんと贅沢なセリフをさらっと言った?
好き、と。照れながらも、まっすぐに。それが余計に破壊力があった。
虎太郎はたまらず視線を逸らす。
「な、何言ってんだよ」
「付き合ってるんだから、これくらい言ってもいいかなって」
「だから、それは、」
違う、と。そう言おうとした。
けれど、石上の表情を見た瞬間、またしても言葉が喉に引っかかった。
石上は、少しだけ緊張した面持ちで虎太郎の反応を探っていたのだ。嫌がられていないか、怒らせていないか、独りよがりになっていないか。慎重に、壊れ物を扱うようにこちらを見つめている。
その顔を見てしまったら、「罰ゲームの嘘でした」なんて、どうしても言えなかった。言えばすべてが終わる。終わるけれど、石上は確実に傷つく。昨日「嬉しかった」と言ったばかりの男を、奈落に突き落とすことになる。




