第2話(2) ラブ度100%のプリント(ただし、机の下で開くこと)
仕方なく前を向く。ノートを開き、ペンを握る。だが、講師の声はただの雑音と化してまったく頭に入ってこなかった。
隣に石上がいる、それだけで猛烈に落ち着かない。
ちらりと横目で盗み見ると、彼は真面目な顔で前を向き、ペンを走らせていた。一見すると落ち着いている。だが、時折こちらを気にしている気配があった。気のせいかと思って視線を向けると、石上はサッと素早く目を逸らす。やっぱり何かがおかしい。
講義中に大声で話しかけるわけにもいかず、終わったら今度こそ絶対に言うと心に決める。
すると、隣からトントン、と机を軽く叩く音がした。
見ると、石上が折りたたまれた紙をこちらに差し出していた。講義中の私語の代わりのメモだろうか。怪訝に思いながらそれを受け取る。石上は何も言わず、少しだけ口元を引き結んで前を向いたままだ。
虎太郎は机の下で、他人の目を隠すようにその紙を開いた。
大学のプリンターで印刷されたらしきA4のコピー用紙。上部には占星術のホロスコープらしき複雑な図形が描かれており、その下には細かい文字で相性占いのテキストが並んでいた。
そして、やたらと大きなフォントの見出しが目に飛び込んでくる。
【ラブ度100パーセント。何をするにも最高の相性です♡】
「……っ、」
危うく変な声を上げそうになった。
何を渡してきているんだ、こいつは。相性占い。しかもラブ度100%。ご丁寧に語尾にはピンク色のハートマークまでついている。
紙を握る指先が、じっとりとした汗ばむのを感じた。見るんじゃなかった。いや、渡された時点でこちらの負けだ。
石上を見る。彼は頑なに前を向いていたが、横顔が明らかに赤かった。虎太郎がプリントを読んでいるのを察して、完全に照れている。
やめろ、そんなピュアな顔をするな。こっちは今、破談交渉をしようとしているんだぞ。
違うんだ、石上。その占いは今すぐシュレッダーにかけた方がいい。というか、なんでそんなものを用意してきた。昨日の今日だぞ、行動が早すぎる。占いオタクだからか?
そんな分析をしている場合ではなかった。虎太郎は紙に視線を落とす。
『あなたたちは正反対に見えて、実は互いの足りない部分を補い合う関係です。片方が素直になれない時、もう片方がやさしく導くことで、恋は自然と深まっていくでしょう。衝突も多いですが、それさえも愛情表現のひとつ。本人たちだけは不思議と離れられません』
虎太郎は、勢いよく紙を折りたたんだ。
これ以上読むのは危険だ。何か、もの凄く嫌な方向に本質を突かれている気がする。いや、当たっていない。占いなんて誰にでも当てはまる一般論を並べているだけだ。自分にも、石上にも関係ない。
折りたたんだ紙を机の端に置く。だが、どうしてもゴミ箱に捨てることはできなかった。なんとなく、これを石上の目の前で捨てたら、彼をひどく傷つけるような気がしたのだ。
なんでそんなことを気にする必要があるのか、自分でもわからない。そもそも、嘘の告白をした時点で十分傷つけているはずなのに。
胸の奥に、じわりと苦い罪悪感が広がっていく。
いや、俺は悪くない。根石が悪いんだ。俺は被害者だ。そう自分に言い聞かせようとした。けれど、スマホのパスコードを教えたのも、罰ゲームに乗ったのも、ゲームに負けたのも自分だ。そして何より、昨夜のうちに全力で否定しなかったのも。
虎太郎はきつく唇を噛んだ。
講義は淡々と進んでいく。ノートは、ほとんど白紙のままだった。




