第10話(3) 本当の告白と、星の答え
石上は、静かに虎太郎を見ていた。ただ、待っている。虎太郎が不器用につむぐ言葉を、急かさずに、一言も聞き漏らさないように。
「最初の告白は、嘘だった。罰ゲームだった。最低だったと思ってる。……あれは、ちゃんと謝る。何回でも謝る。お前が最初から気づいてたとしても、俺がすぐに否定しなかった事実は消えねぇから。本当に、ごめん」
虎太郎は拳をきつく握りしめた。石上は、少しだけ目を伏せる。
「うん」
たった一言だった。でも、ちゃんと受け取ってくれたのが分かった。
「でも、そのあとお前と行った猫カフェとか、喫茶店とか、俺の部屋でゲームしたこととか……そういうのまで、嘘だったことにはしたくねぇんだよ」
石上の瞳が、細かく揺れた。
虎太郎は大きく息を吸う。恥ずかしい。今すぐどこかへ走り去りたい。でも、もう逃げない。
「お前に距離置かれて、胸が痛かった。今までみたいに近づいてこないのが、物足りなくて……他の誰かに告白されてるのを見た時も、すげぇ嫌だった。風邪の時、来てくれて安心したし、手、握られて……嫌じゃなかった。お前が俺の部屋で、負けても楽しそうにゲームしてたのも、朝まで一緒にいたのも……全部、楽しかったんだよ」
石上の目が、わずかに見開かれる。
虎太郎は、さらに顔が熱くなった。
「何だよ」
「……嬉しくて」
「まだ途中だ。黙って聞け」
「うん」
虎太郎は、呼吸を整えた。ここからだ。一番大事なところ。
最初の嘘を、今度は本当に変える場所。
「だから、その……」
心臓が壊れそうにうるさい。手のひらに汗がにじむ。それでも、言う。
「最初のは嘘だったけど。今のは、嘘じゃねぇ」
根石とゲームをしていた、あの夜。自分のスマホから勝手に送られた、最低の一文。
『好きだから、付き合ってほしい』
あの時はLINEだった。罰ゲームだった。自分の意志ですらなかった。
でも、今は違う。今度は、自分の口で、石上の目を真っ直ぐ見て言うんだ。
「好きだから、俺と付き合ってほしい」
言い終えた瞬間、丘の上の世界が止まった気がした。
石上は何も言わなかった。目を見開いたまま、立ち尽くして虎太郎を見ている。その沈黙に、虎太郎の胸が一気に焦りでざわついた。
何だよ。何で黙るんだよ。いつもなら、すぐに相性がどうとか、星がどうとか平気で言うくせに。
「……何とか言えよ。俺、今かなり恥ずいこと言ったんだけど」
石上はまだ黙っている。虎太郎が焦って一歩引きそうになった、その時だった。
石上が、ゆっくりと距離を詰めてきた。
「石上――」
呼ぶと同時に、頬にやわらかな手が触れた。
あたたかい指。喫茶店で手相を見た時と同じ、細くて長い指。風邪の日、額に触れてくれた時と同じ、優しい手。
虎太郎が息を呑んだ瞬間、石上の顔が至近距離に迫り――唇が、触れた。
ほんの一瞬。軽く重なるだけの、静かなキスだった。
けれど、虎太郎の頭は完全に真っ白になった。離れたあとも、何が起きたのか理解できない。
目の前にある石上の顔が、耳まで真っ赤に染まっている。いつもの余裕なんて、どこにもなかった。
「……」
「……」
虎太郎は、数秒遅れてようやく息を吸った。
「お、お前……っ、何して……っ」
「返事」
「返事は口で言え!」
「口で返したよ?」
「そういう意味じゃねぇだろ!」
叫んだ声が、丘の上の空気に響く。石上は、困ったように、でもひどく愛おしそうに目を細めた。
「ごめん。嬉しすぎて、言葉が出なかった。だから、つい」
「だからって、いきなりキスすんな!」
「嫌だった?」
石上の声が、少しだけ不安そうに揺れる。虎太郎は言葉に詰まった。
嫌だった、と言えば、きっと石上はすぐに引く。でも、驚いたし恥ずかしかったけれど、嫌では、なかった。
「……嫌じゃ、ねぇけど。順番がおかしいだろ」
虎太郎が視線を逸らしながら呟くと、石上の表情がふっと緩んだ。泣きそうなくらい、嬉しそうな顔だった。
「よかった……。じゃあ、ちゃんと返事させて」
石上は、今度こそまっすぐに虎太郎を見つめた。
「俺も好きだよ。最初から、ずっと好きだった。罰ゲームだって気づいてても嬉しかったくらい、嘘でもいいから虎太郎と一緒にいたかった。……でも、今のは本当なんだよね」
「だから、そう言っただろ」
「うん。じゃあ、俺からも言わせて。――虎太郎、好きです。俺と付き合ってください」
「……俺が先に言っただろ」
「うん。でも、俺も言いたかったんだ」
「……ずるいだろ、それ」
虎太郎が小さく呟くと、石上は一歩近づき、ゆっくりと手を差し出してきた。勝手に触れてこない。ちゃんと虎太郎の意志を待っている。
虎太郎はその手を見た。あの喫茶店で、手相を見ると言って「指の相性も見るんだよ」なんて強引に絡められた指。あの時は動揺して振り払ってしまったけれど。




