第10話(1) 本当の告白と、星の答え
翌日。
針田虎太郎は、いつもより少し早く講義室へ向かった。
早く行こうと決めていたわけではない。ただ、部屋にいても落ち着かなかったのだ。ゲームを起動しても画面を見ているだけで全然集中できないし、コントローラーを握っても指がまともに動かない。
頭の中に浮かぶのは、石上朋也のことばかりだった。
隣に座ってもいいかと聞いてきた、あの少し寂しそうな控えめな顔。
距離を置かれて、胸が痛くなったこと。
ラウンジで根石に言われた言葉。
『それはもう、俺の罰ゲームじゃなくて、針田自身の気持ちじゃん』
あの言葉は、思っていた以上に深く刺さっていた。
最初は罰ゲームだった。最低の嘘告白だった。それは、絶対に消えない事実だ。
けれど、石上と過ごした時間まで全部なかったことにはできない。
猫カフェで一緒に笑ったこと。
喫茶店で手相を見られて、指を絡められて、心臓が跳ねたこと。
石上が女子からの告白を断って、「恋人がいる」と言い切ってくれたこと。
風邪を引いた時、部屋まで来て付きっきりで看病してくれたこと。
一晩中ゲームをして、肩を寄せたまま眠ってしまったこと。
その全部が、虎太郎の中に消えない熱として残っている。もう、言い訳できないくらいに。
「……くそ」
廊下を歩きながら、虎太郎は小さく呟いた。
誰にというより、自分に腹が立つ。こんなに分かりやすく揺れていたくせに、ずっと認めないふりをしていた。近づかれるたびに怒って、照れて、困って。でも、一歩引かれた途端、どうしようもなく寂しくなった。
そんなの、答えはもう出ているようなものだった。
講義室の扉の前で、虎太郎は一度立ち止まった。
大きく息を吸って、吐く。昨日の夜、LINEで『また明日』と送った。だから、今日ちゃんと顔を見て話すと決めたんだ。
虎太郎は意を決して、ドアを開けた。
教室には、まだ人が少なかった。数人の学生がスマホを見たり、前の方で資料を広げたりしている。
その中に、石上はもういた。
窓際から二列目。いつも虎太郎が座るあたりより、少しだけ前の席。
石上はノートを開き、ペンを手にしていた。虎太郎の気配に気づくと、顔を上げる。
目が合った。石上は、少しだけ、本当に少しだけ遠慮がちに笑った。
「おはよう、虎太郎」
「……おう」
それだけだった。石上は手を振らなかったし、当然のように隣に来ることも、ここ空いてるよと呼ぶこともなかった。ただ、静かにそこに座っている。
石上は待っているのだ。虎太郎がどうするかを、ちゃんと。
虎太郎は教室を見回した。席はどこだって空いている。前の方も、後ろの方も、石上の隣じゃなくたっていい。
それでも、虎太郎は鞄の紐を強く握り直した。
迷うことなく、石上の隣へ向かって歩いていく。
近づく虎太郎の足音に、石上の目が少しだけ丸くなった。
「……ここ、空いてるだろ」
「うん」
「じゃあ座る」
「……いいの?」
「俺が座るって言ってんだろ。いちいち聞くな」
虎太郎はわざとぶっきらぼうに言って、ドサッと席に腰を下ろした。
ただ隣に座っただけなのに、心臓がうるさい。
石上はしばらく驚いたように虎太郎を見ていたが、やがて、心底嬉しそうに目元をゆるめた。
「ありがとう」
「礼言うな。席に座っただけだろ」
「うん。でも、嬉しいな」
「……そういうのも、いちいち口に出すな」
「ごめん」
「謝るな」
虎太郎はノートを出しながら、視線を前に向けた。
隣に石上がいる。昨日より、ずっと近い。
でも、石上から近づいてきたわけじゃない。自分が選んで、ここに座ったんだ。その事実が、胸の奥で静かに熱を持っていた。




