第9話(4) 嘘じゃない気持ちの名前
虎太郎はスマホを開いた。石上のトーク画面。
文字を打っては、消す。また打っては、また消す。
好きかどうかは、まだ書けない。会いたい、とも書けない。いや、本当は会いたいのかもしれないけれど、それを書いたら重すぎる気がする。
虎太郎は深く息を吐いた。考えすぎるな。まず、伝えるべきことだけ。
指が、ゆっくり動いた。
『この間のこと、ちゃんと考えてる。なかったことにはしない。俺も逃げない』
画面を見つめる。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。でも、嘘ではない。
送信ボタンに指を置き、少し迷う。
「送れよ」
要が横から言った。
「見るな」
「見てない。雰囲気で分かる」
「うるせぇ」
虎太郎は目を細めるようにして、送信ボタンをタップした。
『この間のこと、ちゃんと考えてる。なかったことにはしない。俺も逃げない』
送ってしまった。虎太郎は、スマホをテーブルに勢いよく伏せた。心臓がうるさい。
「送った?」
「送った」
「偉い偉い」
「子ども扱いすんな」
ジュースを飲もうとしたが、手が少し震えていることに気づく。たかがLINEだ。なのに、ひどく緊張していた。
数分後、スマホが短く震えた。
虎太郎は、びくっと肩を跳ねさせる。要がそれを見て少しだけ笑った。
「見る?」
「言われなくても見る」
スマホをひっくり返す。石上からだった。
『ありがとう。ちゃんと待ってる。でも、ひとつだけ。体調はもう崩さないでね』
メッセージを読んだ瞬間、虎太郎の身体から少しだけ力が抜けた。
石上らしい、と思った。こんな時でも、一番に体調を気にしてくる。恋人ごっこは終わったはずなのに。距離を取ろうとしているはずなのに。
その真っ直ぐな優しさが、胸にじんわりと広がっていく。
「……何て?」
要が覗き込もうとするのを、虎太郎はスマホを隠すようにして防いだ。
「別に」
「にやけてるけど」
「にやけてねぇ」
虎太郎は返信画面を開き、少し迷ってから短く返す。
『お前も無理すんな』
送ったあと、また猛烈に恥ずかしくなる。すぐに石上から返事が来た。
『うん。虎太郎にそう言われるの、嬉しい』
「……っ」
虎太郎は、再びスマホを伏せた。完全に顔が熱い。
要がにやにやしながらそれを見ている。
「何だよ」
「いや、いいなと思って。ちゃんと進んでる感じ」
「進んでねぇよ」
「進んでるだろ。罰ゲームじゃない方にさ」
虎太郎は、言い返せなかった。
罰ゲームじゃない方。それは、確かにそうなのかもしれない。嘘で始まった。けれど、今この胸にある痛みも、嬉しさも、落ち着かなさも、もう嘘ではなかった。




