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星のせいにさせてくれ!  作者: あしゅ太郎


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第8話(4) 砂の城が融けるとき

 脳裏に、これまでの記憶が走馬灯のように次々と駆け巡る。


 講義室で、当たり前のように隣に滑り込んできた石上。


 相性占いのコピーを、嬉しそうに渡してきた時の顔。


 猫カフェで、猫に好かれておろおろする自分を見て、声を立てて笑っていた姿。


 喫茶店の手相占いで、指を絡めるようにして触れてきた、あのひんやりとした指先の感触。


 風邪の夜、あんなに真面目な顔で、看病してくれたこと。


 昨夜、一晩中ゲームをして、心の底から楽しい時間を過ごしたこと。


 その全部の根底に、自分の「嘘」が横たわっていた。


石上がすべてを知っていたことにも気づかず、自分だけがずっと、保身のために誤魔化し続けていたのだ。


「ごめん……」


虎太郎は、深く、深く頭を下げた。両拳を握りしめ、地面を見つめる。


「本当に……本当に、ごめん」


 石上は、しばらく何も言わなかった。重苦しい沈黙が、二人の間に壁のようにそびえ立つ。虎太郎は、どうしても顔を上げることができなかった。


 自分がどれほど甘えていたかを、今さら突きつけられていた。石上の絶対的な優しさと好意にあぐらをかいて、傷つけることから逃げていたのだ。


「虎太郎」


 頭上から、静かに名前を呼ばれた。


 虎太郎は、恐る恐る、ゆっくりと顔を上げる。


 石上は、少しだけ困ったように、けれどどこか愛おしそうに眉を下げて笑っていた。


「そんな顔、しないでよ」


「……どんな顔だよ」


「今にも、泣き出しそうな顔」


「泣いてねぇよ……っ」


「うん。わかってる」


 いつものやり取りに限りなく近いはずなのに、流れる空気の重さは全く違っていた。一度壊れてしまった関係は、もう簡単には軽くならない。石上も、それ以上はいつものようにからかってはこなかった。


「俺も……ちゃんと最初から言えばよかったんだ」


石上が、遠くを見るような目で呟いた。


「『知ってるよ、罰ゲームなんだろう』って」


「……何で、言わなかったんだよ」


「怖かったからだよ」


 その直球の言葉が、虎太郎の胸に深く、深く突き刺さる。


「言ったら、その瞬間に、虎太郎が『悪かった』って謝って、この関係をすぐに終わりにしちゃうと思ったから。……本当は、最初から始まってすらいない関係だったのかもしれないけど。それでも、嘘でもいいから、少しでも長く一緒にいられるなら、なんだっていいって思っちゃったんだ」


 石上の綺麗な指先が、手元で頼りなく、ゆるく握りしめられる。


 手相占いで自分の手に触れた指。看病の時、おでこに優しく触れた指。あの時、あんなに温かく感じた指が、今は酷く小さく、儚く見えた。


「占いで、相性が最高だなんて言ったのも……半分は、俺の言い訳」


「……半分?」


「うん。相性が本当に最高だったのは、嘘じゃないよ。そこは本当」


「そこは本当なのかよ」


「本当だよ」


 石上は少しだけ、いつものように悪戯っぽく笑った。けれど、すぐに寂しげな表情に戻る。


「でもね……運命だとか、ラッキースポットだとか、星の巡りだとか、そういうスピリチュアルな『不可抗力』を理由に散りばめないと、虎太郎が付き合ってくれないと思ったから。占いのせいにすれば、俺が『会いたい』ってワガママを言っても、虎太郎に重いって嫌われずに済む気がしたんだ」


 虎太郎は、今さらになって、ようやく石上の行動のすべての意図に気づかされた。


 石上はいつも、二人の間に占いを挟んでいた。


相性がいいから。ラッキースポットだから。手相を見るから。動物占いだから。


 ふざけているように見えた。実際、からかって楽しんでいる部分もあったのだろう。けれどそれは、石上なりの、必死な「逃げ道」だったのだ。


 虎太郎に会いたい。触れたい。もっと近くに行きたい。


 そのあまりにも純粋で重い本音を、そのままぶつけて拒絶されるのが怖くて、彼は「占い」という都合のいいオブラートに包んで、必死に差し出していたのだ。


「……馬鹿だろ、お前」


虎太郎は、消え入りそうな声で呟いた。


 石上が、少しだけ驚いたように目を上げる。


「うん、馬鹿だよ」


「お前……女子にめちゃくちゃ人気あって、誰とでも要領よく、普通に話せるくせに……何でだよ」


「虎太郎には、普通になんてできなかったんだよ」


「何で……、」


「好きだから」


 即答だった。


 迷いも、占いという言い訳も一切挟まない、剥き出しの言葉。真っ直ぐすぎて、あまりの熱量に、虎太郎は完全に言葉を失う。


 石上は、今度はもう笑わなかった。


「好きだったから、怖かった。罰ゲームだって気づいてたのに、飛びついちゃうくらい、余裕がなかったんだ。嘘の関係でもいいから、虎太郎が俺の方を向いて、俺のことだけを考えてくれる時間が、どうしても欲しかった」


 虎太郎は、きつく唇を噛んだ。


 胸の奥が痛い。苦しい。張り裂けそうだ。


 けれど、その凄まじい苦しさの底から、どうしようもないほど熱くて甘い感情が、じわじわと身体中に侵食していく。


 石上に、そこまで思われていた。自分の、あのいい加減な嘘の告白を、そんなふうに受け止めさせてしまっていた。申し訳なさと、そしてそれ以上の、名付けようのない「嬉しさ」が同時に押し寄せて、感情のキャパシティが完全にパンクしそうになる。


「でも、」


石上が、小さく息を吐き出した。


「今日、ラウンジで聞いちゃったからね」


 虎太郎の身体が、ビクリと強張る。


「『お前のせいで付き合ってることになってる、困ってる』って。……あぁ、やっぱり、虎太郎をずっと困らせて、無理をさせてたんだなって。分かってたつもりだったけど……実際に言葉として聞くと、やっぱり、ちょっとだけ、痛いな」


 石上は、無理に笑おうとした。けれど、引き攣ったその表情は、うまく形を作れていなかった。


 虎太郎は、その痛々しい顔を、もう見ていられなかった。

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