第7話(5) 捕食者の不器用な縄張り
二人で何戦も、何戦も戦った。
炭酸ジュースを飲み、スナック菓子をつまみ、たまに石上がローテーブルの上の動物占いの本を片手で開いては、虎太郎にツッコまれる。
「『虎は愛情表現が致命的に不器用』だって」
「早く閉じろ、その本」
「でも、『一度心を許した相手には、生涯をかけてすごく一途に尽くす』」
「閉じろって言ってんだろ」
「虎太郎はさ……俺に、心を許してくれた?」
「ゲーム中に視線をこっちに向けるな! ほら、コンボ食らってんぞ!」
「あ、本当だ。負けちゃった」
「ほら見ろ!」
「やっぱり、虎には敵わないな」
「その例えやめろって!」
狭い部屋の中に、二人の笑い声が何度も、何度も木霊した。
虎太郎の部屋に、石上の声がある。前回来た時は風邪のせいで夢のようだったけれど、今日は、はっきりとその声が自分のプライベートな空間に、驚くほど自然に馴染んでいくのを感じていた。
不思議だった。石上がここにいることに、最初ほど違和感がない。それどころか、こうして二人でゲームをしている時間が、純粋にめちゃくちゃ楽しい。
楽しいと認めるのは死ぬほど癪だけれど、画面を見つめながら隣で石上が「あ、今の惜しかった!」とか「難しいな」とか一喜一憂しているのを聞くだけで、自然と口元が緩んでしまう。
これは、ゲームが楽しいだけだ。石上といるのが楽しいわけじゃない。相手が誰であれ、ゲームは楽しいものだから。
虎太郎は心の中で、何度もそう言い訳を繰り返した。
だが、石上が少しずつ上達し、虎太郎の強攻撃を初めて完璧なバックステップで避けた瞬間。
「今の、見た!?」
石上が、子供のように目をキラキラと輝かせて虎太郎を振り返った。その純粋なまでの嬉しそうな笑顔があまりにも眩しくて、虎太郎は思わず本音で笑ってしまった。
「あぁ、見た見た。やっと避けたな、お前」
「やった、虎太郎に褒められた!」
「褒めてねぇよ、ただの事実だ」
「褒めてくれたよ。嬉しいな」
「調子乗んな、次のラウンドで絶対に潰すからな」
「こわ。やっぱり肉食獣だ」
「だから、その例えは禁止だって言ってんだろ!」
気づけば、窓の外はすっかり帳が下り、濃紺の闇に包まれていた。
夕方から始めたはずなのに、ふと壁の時計を見ると、針は信じられないような時間を指している。虎太郎は思わず目をこすった。病み上がりなのに、普通に遊びすぎてしまった。
「やべ……もう、こんな時間かよ」
「本当だ。時間が溶けるって、こういうことだね」
「お前、帰れるか? 電車の時間」
「終電までは……あ、まだ少しあるかな」
帰れ、と言おうとした。
しかし、石上はコントローラーを両手でギュッと握りしめたまま、名残惜しそうに画面を見つめている。
「……あと、一回だけ、ダメかな?」
「お前……すっかりハマってんじゃねぇか」
「格闘ゲームが楽しいっていうより、虎太郎が隣で熱くなって教えてくれるのが、すごく楽しいんだ」
「ゲームが楽しいって言えよ、そこは」
「ゲーム『も』楽しいよ」
「『も』じゃねぇよ」
「虎太郎とやるゲームが、世界で一番楽しい」
「……っ」
虎太郎は言葉を失った。
そういう破壊力のあるセリフを、何故この男は、不意打ちでさらっと投げつけてくるのだろう。いつも言われているはずなのに、いつまで経っても心臓の免疫ができない。
「……一回だけだぞ。マジで最後だからな」
「うん、ありがとう」




