第7話(4) 捕食者の不器用な縄張り
「つーかさ、お前がうさぎって、なんか色々とずるくねぇか?」
「ずるい?」
「見た目も雰囲気もさ、そういう……なんていうか、可愛い側に寄せやすいだろ、お前は」
「……え、俺のこと、可愛いって思ってくれてるの?」
「言ってねぇよ!」
「今、言いかけたよね?」
「言ってねぇって言ってんだろ!」
石上がにこにこと嬉しそうにジュースを啜る。虎太郎は恥ずかしさを誤魔化すように、自分のコップのジュースを一気に煽った。強い炭酸の刺激が病み上がりの喉を直撃し、思わず激しく咳き込んでしまう。
「ゲホッ、ゴホッ……!」
石上の表情が、一瞬で真剣なものへと切り替わった。
「虎太郎、大丈夫!?」
「ゲホ、大丈夫……ただの炭酸……」
「まだ喉、完全に治ってないんだからダメだよ、そんな勢いよく飲んだら」
「分かってるって……」
「はい、ゆっくり息吸って。心配なんだからね、本当に」
「……急に、お母さんみたいになるなよ」
「お母さんじゃなくて、彼氏だよ」
「……っ、うるせぇ」
その、緩急の差がずるい。さっきまで「食べられちゃう」などとふざけた下ネタを振っていたくせに、虎太郎が少しでも体調を崩しそうになると、本気で心配してくる。そういう真っ直ぐな過保護さに、どう反応すればいいのか分からなくなる。虎太郎はコップを置き、ぷいと目を逸らした。
「もう平気だ。……ゲーム、するぞ」
「うん、分かった。虎に狩られるうさぎの気持ちで、全力で頑張るよ」
「まだ言うか、そのネタ」
「だって、虎太郎強そうだからね。かっこいいよ」
「……急に褒めるな、調子狂う」
虎太郎はゲーム機の電源を入れた。画面が鮮やかに立ち上がる。コントローラーを一台、石上に手渡すと、石上は少し興味深そうにそれを受け取った。
「このボタンが、攻撃?」
「いや、それは弱攻撃。こっちが強攻撃。ジャンプはこれ、ガードはこっちのボタンだ」
「うわ、難しいね。覚えられるかな」
「慣れりゃ身体が勝手に動く。ほら、手元見ろ。始まるぞ」
「虎太郎、教える時すごく真剣だね。格好いい」
「……悪いかよ。ゲームの時は真剣なんだよ、俺は」
「ううん、悪くないよ。好きなことを熱っぽく話してる虎太郎、すごく素敵だと思う」
「……いいから画面見ろ! 開幕からボコるぞ!」
虎太郎は照れ隠しに大声を出し、画面へと視線を固定した。
対戦が始まる。当然、最初は虎太郎の圧倒的な圧勝だった。石上は格闘ゲームの操作に全く慣れていない。ジャンプしようとして弱パンチを空振りし、ガードしようとして無防備に棒立ちになり、必殺技を出そうとしてその場でひたすら屈伸している。
「そこ違う! 逆だ逆!」
「え、こっち? あ、当たっちゃった」
「何で真正面から無防備に突っ込んでくるんだよ!」
「だって、虎太郎が正面にいたから。引き寄せられちゃって」
「俺はこっちのドット絵のキャラだろ!」
虎太郎は吹き出しそうになりながらも、必死にコンボの手を緩めずに指示を出す。石上は思いのほか真剣な眼差しで画面を見つめ、時折おかしなタイミングでボタンを連打しては、虎太郎に「バカ、隙だらけだ!」と怒られている。それでも、その表情はずっと楽しそうだった。
「もう一回、お願い」
「お前、負けまくってんのに何でそんな楽しそうなんだよ」
「虎太郎が、すごく楽しそうな顔をしてるからだよ」
「俺は勝ってるから楽しいんだよ!」
「じゃあ、俺も勝てるようになって、虎太郎と同じ楽しさを共有したいな」
「……へーえ、言うじゃん。いいだろ、叩き込んでやるよ」
「うん、よろしくね、先生」
石上が嬉しそうに微笑む。虎太郎は少し得意気になりながら、コンボの繋ぎ方や、キャラクターの特性を丁寧に教え込んだ。
最初はボタンの位置すらおぼつかなかった石上だが、何度か対戦を重ねるうちに、少しずつ操作を的確に覚え始めた。驚くほど飲み込みが早い。座学の頭が良いのは知っていたが、ゲームの理解まで早いのは何だか少し腹が立つ。
「今のコンボ、タイミング完璧だったぞ」
「本当? 嬉しい」
「でも、最後の追撃がコンマ数秒遅い。そこ詰めろ」
「厳しいなぁ、先生」
「勝つためには必要な厳しさだ」
「ふふ、虎太郎って本当に勝負事になると『虎』だね」
「うるせぇ、さっさとリトライ押せ」




