第1話(3) 嘘つきな僕らと、ハートを抱えた猫
頭を抱えた。どうすればいい。今すぐ「罰ゲームだった」「友達が勝手に送った」と訂正すれば、たぶん、ギリギリ大丈夫なはずだ。
慌てて文字を打ち込もうとしたが、途中で指がピタリと止まる。
石上からの返信は、あまりにも即答だった。ごきげんなスタンプまでついている。
冗談なのか、本気なのか。それが分からないから、余計に恐怖が勝つ。
「……針田、早く違うって送れば?」
要が少し小さくなった声で言ってきた。
「分かってる」
歯を食いしばりながら打っては消し、打っては消す。
『いや、今のは』……消去。
『罰ゲームで』……消去。
『根石が勝手に』……これも消した。
「何してんだよ」
「うるせぇ、考えてんだよ!」
「早くしないと変に間が空くって」
「分かってる!!」
スマホ画面を睨みつけると、石上の顔が脳裏をよぎった。
いつも少し目を細めて楽しそうに笑う顔。占いの話になると妙に熱が入るあいつが、今、自分からの嘘の告白に「いいよ」と言っている。最悪だ。
「……どうすんだよ、これ」
「いや、まあ……石上、ノリいいな」
「感想そこかよ!」
「だって、まさかOKするとは……。とりあえず、明日学校で直接謝れば? 今LINEで言うより、その方が誠意伝わるだろ」
「お前が言うと全部無責任に聞こえる。分かってんなら土下座しろ」
「床にお菓子のカス落ちてるから嫌」
「そういう問題じゃねぇ!」
再びスマホに目を落とすが、石上からのメッセージはそれきり途絶えている。
『また、学校で』
その一文が、やけに重くのしかかる。まるで、明日会うことがもう確定した未来のように、逃げ道を塞いでくる。
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じた。これは焦っているだけで、断じて照れているわけではない。
「最悪だ……」
「でもさ」
要がまだ何か言いたげに覗き込んできた。
「何だよ」
「石上、返事早すぎだろ。もしかして、前からお前のこと好きだったりして」
「あるわけねぇだろ!」
即答した。それなのに、心臓が妙なテンポで跳ねる。
あり得ない。あいつは女子に人気があって、誰にでも優しくて、少し変わっているけれど明るくて目立つ存在だ。ゲームばかりして部屋を散らかし、素直になれない自分とは住む世界が違う。
なのに――『いいよ。付き合おう』。
その文章が頭の中で何度も明滅し、たまらずスマホを裏返して机に伏せた。
「明日、絶対に説明する。罰ゲームだったって言う」
「うん」
「付き合うとか、なしだからな」
「うん」
「だいたい、男同士でいきなり付き合うとか意味分かんねぇし」
「うん」
「あいつも、どうせノリでOKしただけだ。そうに決まってる」
「うん。……なぁ、今の針田、自分に言い聞かせモード入ってるから」
「黙れ」
クッションに深く背中を預け、天井を見上げる。
テレビからはまだゲームのBGMが流れていて、お菓子の袋は開いたまま。さっきまで何でもなかったはずの自室が、急に現実味を失ったような気がした。
「……根石」
「何」
「責任取れよ」
「取れる範囲なら……」
「範囲を決めるな」
要は少しだけ笑ったが、その表情はさっきより引きつっていた。
「まあ、でもさ。石上、怒ってなさそうでよかったじゃん」
「よくねぇよ」
「じゃあ、嬉しそうでよかったじゃん」
「もっとよくねぇ!!」
思わず大声を出すと、要がじっとこちらを見ていた。
「何だよ」
「いや……お前、ちょっと動揺しすぎじゃない?」
「当たり前だろ!」
「うん。まあ、そうか」
それ以上、要は何も言わなかった。
――その夜、要が帰ったあとも、虎太郎は何度もスマホを手に取った。
石上とのトーク画面を開いては閉じ、閉じてはまた開く。
送信取り消しはもうできない。あのメッセージが石上に届いた事実は、どうあがいても消せなかった。
「……マジで、どうすんだよ」
ひとりきりの部屋で呟く。当然、返事はない。
画面の向こうでは、ハートを抱えた猫のスタンプが、妙に嬉しそうな顔でこちらを見つめている。それが石上本人の笑顔と重なった気がして、慌ててスマホをひっくり返した。
「……寝よ」
寝れば少しは落ち着くはずだ。布団にもぐり込み、強く目を閉じる。
けれど、暗闇に浮かんでくるのは格闘ゲームの画面ではなく、あの短い返信だった。
『いいよ。付き合おう。また、学校で』
布団の中で、低く唸り声をあげる。
明日、絶対にちゃんと断る。そう決めたはずなのに、胸の奥のざわつきと心臓の音は、いつまでも静まってくれなかった。




