第6話(5) 三十八度二分の本音と星のメモ
翌朝、カラスの声で目が覚めた時、身体の重みは劇的に軽くなっていた。熱はすっかり下がっている。
体を起こすと、部屋が昨日よりも明らかに綺麗に片付いていることに気づいた。そして、ローテーブルの上には、新しい水のペットボトルと薬、そして一枚の小さなルーズリーフが置いてあった。
「薬は朝食の後に飲んでね。
ゼリーは冷蔵庫に入れてあります。
おかゆの残りも冷蔵庫に入れたから、レンジで温めて食べて。
絶対に無理はしないこと。
石上朋也」
文章の最後に、小さく手書きの星のマークが描かれていた。
虎太郎はしばらくの間、布団に座ったまま、そのメモをじっと見つめていた。
「……何なんだよ、あいつ、マジで」
声はまだ少し掠れていたけれど、体調は昨日とは比べ物にならないほど楽だった。スマホを手に取ると、要からニヤニヤした顔が透けて見えるようなメッセージが届いていた。
「生きてる? 彼氏の特効薬看病はどうだった?」
虎太郎は無言で画面を般若のような顔で睨みつけると、即座に文字を打ち込んだ。
「後で大学で覚えとけよ、マジで殺す」
送信ボタンを押し、それから少し躊躇して、石上とのトーク画面を開いた。
『昨日はありがとう』
そう打ちかけて、文字を凝視し、あまりの恥ずかしさに猛スピードでバックスペースを連打した。文字面が素直すぎて死にたくなる。
虎太郎はぐっと唇を引き結び、全く別の文章を打ち直した。
「おかゆ、まあまあ美味かった」
送信する。すると、既読は一瞬でついた。まるでスマホを握りしめて待っていたかのように、すぐに返信がポップアップする。
「よかった! またいつでも作りに行くね」
「いや、二度と来なくていい!」
誰もいないワンルームで、虎太郎は思わず声を荒げた。その勢いで喉が痛んでゲホゲホと咳き込む。咳き込みながらも、スマホの画面からどうしても目が離せない。
すぐに、もう一つの吹き出しが届いた。
「でも、元気になったら早く会いたいな。昨日の虎太郎、すごく素直で可愛かったから」
「……っ!」
虎太郎は、悲鳴を上げるようにしてスマホを布団へ叩きつけた。画面を下にして伏せる。
顔が、耳の裏まで爆発しそうに熱かった。熱がぶり返したのかもしれない。いや、違う。そんなの、自分が一番よく分かっている。
分かっているけれど、どうしても、死んでも認めたくなかった。
石上があの、見たこともないような真面目な顔で必死に看病してくれたこと。その手を握られて、涙が出そうになるほど安心したこと。そして、掠れた声で「ありがとう」と、最大級の本音をこぼしてしまったこと。
その全てが、今も胸の奥で熱量を持って残り続けている。
いつものように「ただの罰ゲームの誤解」「ただのからかい」と笑って片付けるには、石上のあの眼差しは、あまりにも重く、そして本気すぎた。
虎太郎は布団に再び潜り込み、額に腕を乗せて天井を仰いだ。
「……マジで、調子狂う。あいつのせいで全部めちゃくちゃだ」
文句を言いながらも、ローテーブルに置かれた、星マークのついたメモを捨てることはどうしてもできなかった。それを見ていると、昨夜、自分の手を包み込んでくれた石上の大きな手の感触が、鮮明に蘇ってきてしまうから。
それが、どうしようもなく愛おしいと感じている自分に気づいてしまい、虎太郎は真っ赤な顔のまま、さらに深く布団をかぶった。
認めない。絶対に、何があっても認めない。
心の中でそう頑なに叫びながらも、虎太郎は布団の中で、石上からのメッセージをもう一度だけ、こっそりと開き直すのだった。




