第6話(3) 三十八度二分の本音と星のメモ
しばらくして、おかゆが出来上がった。
石上は小さな器によそい、少し冷ましてからローテーブルに置いた。ふわりと優しい湯気が立ち上り、卵の淡い黄色が目に優しい。それを見ただけで、不思議と少し食欲が湧いてくるのが分かった。
「食べられそう?」
「たぶん」
「無理しなくていいからね」
「食べる」
虎太郎がスプーンを手に取ろうとした瞬間、石上が先にそれを拾い上げた。
「何してんだよ」
「あーん、って食べさせようかと思って」
「いらねぇ!」
即座に拒絶すると、声がまた裏返った。石上は真面目な顔のまま、不思議そうに首を傾げる。
「でも、手、だるいでしょ? さっきもふらついてたし」
「だるくても自分で食える! それくらいできるわ!」
「そっか。じゃあはい」
石上は驚くほどあっさりとスプーンを渡してきた。その引き際の早さに、虎太郎は逆に拍子抜けしてしまう。
「……何だよ」
「嫌がることは無理にしないよ。本当は食べさせたいけどね」
「最後に本音を付け足すな」
石上が今度はいつものように少し悪戯っぽく笑った。
虎太郎は器を持ち、ゆっくりとおかゆを口に運んだ。熱すぎず、出汁の効いた優しい味が喉を滑り落ちていく。これなら喉が痛くても、いくらでも食べられそうだった。
「……うまい」
思わず、ぽろりと本音がこぼれた。
石上の表情が、まるで世界が明るくなったかのようにパッと輝く。
「本当? よかった」
「いや、普通に喉を通るって意味で……別に感動してるとかじゃねぇからな」
「うん、分かってるよ」
「何でそんな嬉しそうなんだよ、ムカつく」
「虎太郎が美味しいって言って、食べてくれたからだよ」
「……」
また、何も言い返せない。虎太郎は耳まで赤くしながら、ひたすらおかゆを口に運んだ。石上はその隣で、スポーツドリンクをコップに注ぎ足したり、薬の説明書をじっくり読んだりしている。
手際が良くて、優しくて、どこまでも真面目。
占いを口実に触れてくる石上でも、からかって楽しむ石上でもない。ただひたすらに、自分を慈しむように看病してくれる石上朋也が、そこにいた。
ずるい。こんな姿を見せられたら、どんなに心を硬く閉ざしていても、頑なな気持ちがグラグラと揺さぶられてしまう。
おかゆを半分ほど食べたところで、虎太郎は小さく息を吐いてスプーンを置いた。
「もうお腹いっぱい?」
「無理したら吐きそう。残して悪いけど……」
「全然悪くないよ。ラップして冷蔵庫に入れとくから、後で温めて食べて。……虎太郎?」
「……お前、本当に何なんだよ」
虎太郎は毛布の端をギュッと握りしめた。石上が不思議そうに覗き込んでくる。
「何って?」
「何でそんな、普通に看病なんてできんだよ」
「前に、家族が風邪を引いた時に同じようにやってたからね。それに、虎太郎に何かしてあげたかったんだよ。困ってる時くらい、俺を頼ってほしい」
頼る。その言葉が、虎太郎は昔から少しだけ苦手だった。
誰かに何かをしてもらうと、どうやってお礼を返せばいいか分からなくなる。甘えるのが、致命的に下手くそなのだ。要には「ジュース買ってこい」と雑に頼める。あいつは昔からの腐れ縁だし、どれだけ雑に扱っても雑に返してくる安心感があるからだ。
だけど、石上は違う。石上に甘えるのは、なんだか一線を越えて、決定的に特別な関係になってしまうような気がして怖かった。
それでも今、自分は間違いなく、この男に救われている。
「……別に、頼んでねぇし」
虎太郎は顔を伏せ、消え入りそうな声で呟いた。石上は静かに微笑む。
「うん、そうだね。俺が勝手に押し掛けただけ」
「そうだよ」
「でも、来てよかったな。虎太郎の顔色、さっきより少しだけ楽そうになった」
「……そうか?」
「うん。すごく可愛い」
そう言われると、確かに身体の重みが少し軽くなった気がした。おかゆを食べて胃が温まったからか、水分が行き渡ったからか。それとも――誰かがそばにいてくれる安心感のせいなのか。
深く考えるのはやめた。それ以上考えたら、本当に「負けて」しまう気がしたから。




