第5話(4) 裏庭の特等席と不意打ちのセリフ
「……勝手に、恋人とか言うなよ」
虎太郎は、やっとそれだけ言った。石上は小さく首を傾げる。
「嫌だった?」
「……」
また、その聞き方だ。嫌なら、石上はきっと引く。でも、虎太郎は「嫌だ」とは言えない。言えない時点で、自分でも答えは分かりかけている。ただ、それを認めたくないだけだ。
「……びっくりしただけだ」
手相占いの時と同じ言葉が出た。石上はそれを聞いて、少しだけ嬉しそうに笑った。
「そっか」
「調子に乗んな」
「うん」
「あと、二度と耳元で喋るな」
「虎太郎、耳弱い?」
「違う!」
「顔赤いよ」
「暑いんだよ!」
「今日は涼しいよ」
「俺は暑いんだよ!」
虎太郎は乱暴に言い返した。石上は楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、また胸の奥がざらついた。さっき女子たちに囲まれていた時の笑顔とは違う、今、自分だけに向けられている笑顔。そう思ってしまった瞬間、虎太郎は慌てて視線を逸らした。
「あの子、いい子そうだったな。可愛かったし、……断ったんだな」
虎太郎はぽつりと言った。自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からない。石上は少し驚いたように瞬きをする。
「断ったよ」
「何で」
聞いた瞬間、猛烈に後悔した。何で、なんて。そんなの、答えはもう聞いている。けれど、石上は茶化さなかった。少しだけまっすぐに虎太郎を見て、静かに言う。
「虎太郎がいるから。俺、誰にでもああいうこと言ってるわけじゃないよ」
「……ああいうことって何だよ」
「好き、とか。手を繋ぎたい、とか」
「それは言ってないだろ!」
「そうだっけ? でも、思ってる。思うのは自由でしょ?」
「自由すぎる!」
虎太郎は声を張り上げた。少し離れた場所を歩いていた学生がちらりとこちらを見る。虎太郎は慌てて口を閉じた。石上はまた小さく笑っている。
「虎太郎、裏庭で大声出すと目立つよ」
「誰のせいだよ」
「俺かな。虎太郎がかわいい反応するから」
「かわいくねぇ!」
喉の奥がむずむずする。腹が立つ。でも、その腹立たしさの中に、さっきのモヤモヤとは違う、甘いものが混ざっている。
石上が自分のことを恋人だと言った。告白を断る理由にした。好きだと言った。それを嬉しいと思ってしまったかもしれない自分がいる。虎太郎は、その事実を必死に見ないふりをした。
「俺、水買いに来ただけだから」
逃げるように言うと、石上は自販機の方を見た。
「あ、そうだったね。偶然なんだよね」
「疑うなよ」
「疑ってないよ。ちょっとだけ、運命かなって思ってる」
「重い!」
石上は笑いながら、自販機の前で財布を出した。
「何飲む? 偶然聞こえちゃった記念に奢るよ」
「最低の記念作るな! 自分で買う!」




