第5話(1) 裏庭の特等席と不意打ちのセリフ
石上朋也は、とにかく目立つ。
それは前から知っていた。同じ講義を取っていれば、嫌でも視界に入ってくる。
女子に声をかけられているところなんて、何度も見た。昼休みに廊下で立ち話をしていたり、講義室の入口で「ノート見せて」とせがまれていたり。サークルの勧誘でもないのに、いつも数人に囲まれている。
石上は顔がいい。おまけにやわらかい雰囲気で話しかけやすい。さらに女子の間では「占い好き」という少し変わったギャップが、むしろ受けがいいらしい。
「今日の運勢見て」「相性占って」「手相見てほしい」
そう言われて、石上はいつも穏やかに笑っている。
今までは、完全に自分とは関係のない世界の話だった。虎太郎は、ゲームの話ができる友人といればそれで十分だった。大学の、いわゆる「一軍」の中心にいる石上を見ても、へえ、人気あるんだな、くらいにしか思わなかった。
自分とは違う場所にいるやつ。関係のないやつ。
そう思っていた。それなのに。
「石上くん、これ見て。今日の恋愛運、最悪って出たんだけど」
「本当だ。今日は言葉選びに気をつけた方がいいかもね」
「えー、じゃあ石上くんがラッキーアイテム教えてよ。できれば持ち歩けるやつ」
「じゃあ、青いものかな。ペンでもいいと思うよ」
講義室の前で、石上が女子たちに囲まれている。
いつもの光景だ。いつものはずなのに、虎太郎は足をとめてしまった。別に見たかったわけではない。ただの通り道だっただけだ。なのに、目が勝手にそちらへ向いてしまう。
石上は楽しそうに話していた。いや、楽しそうというより、いつもの穏やかな笑顔だ。誰にでも向ける、底の浅いやわらかい笑顔。
それを見た瞬間、胸の奥がずしりと重くなった。
「……何だよ、あいつ」
虎太郎は小さく呟いた。自分でも、何に対して文句を言ったのか分からない。女子たちに囲まれている石上に対してなのか、それを見て足を止めている自分に対してなのか。……たぶん、後者だった。
石上が女子に人気なのは、最初から知っている。何もおかしくない。自分が気にすることではない。
だいたい、石上と虎太郎は本当に付き合っているわけではない。いや、石上は付き合っているつもりらしいけれど、それは罰ゲームの嘘告白から始まった誤解で、虎太郎はまだ本当のことを言えていないだけで。
つまり、気にする資格なんて、一ミリもないはずだ。
「針田?」
背後から声をかけられて、虎太郎は肩を跳ねさせた。
振り返ると、根石要が立っていた。手には購買で買ったパンと紙パックのジュース。いつも通り呑気な顔をしている。
「何してんの」
「別に」
「めちゃくちゃ石上の方見てたけど」
「見てねぇ」
「見てたって」
「見てねぇって言ってんだろ」
「はいはい」
要は虎太郎の横に並び、石上たちの方をちらりと見て、にやっと笑った。
「あー、女子に囲まれてるやつ? モヤモヤしてる?」
「してねぇ」
「嫉妬?」
「違う」
「展開が早いなぁ」
「何がだよ」
「いや、二人のさ」
虎太郎は要のすねを軽く蹴った。
「痛っ」
「お前がすべての元凶だからな」
「まだ言う?」
「一生言う。お前が嘘告白なんて仕掛けたからだろ」
「でも、猫カフェ行ったんだろ? 手相占いもされたんだろ?」
「何でそれを知ってんだよ!」
「この前、針田が急に『男の指って普通あんな綺麗か?』って意味不明なLINE送ってきたから」
「……っ! 送ってねぇ!」
「送ってきたよ。夜中に。めちゃくちゃ意識してんじゃん」
虎太郎はぐっと言葉を詰まらせた。
……送ったかもしれない。いや、たぶん送った。手相占いのあと、どうにも落ち着かなくて、要に石上の手の話を送った記憶がおぼろげにある。
あれは愚痴のつもりだった。イケメンは指まで綺麗で腹が立つ、という純粋な不満だ。決して、意識しているわけではない。
「……忘れろ」
「無理」
「忘れろ。記憶を消せ」
「面白すぎて無理」
「殺すぞ」
「こわ」
要はケラケラと笑いながらパンの袋を開けた。
虎太郎はもう一度、石上の方を見そうになって、慌てて視線を逸らす。見ない。見ても何もない。そう思っているのに、耳だけは勝手にそちらの会話を拾ってしまう。
「石上くん、今度ちゃんと占ってよ」
「いいよ。タイミング合えばね」
「ほんと? じゃあ約束ね」
「うん」
石上が、優しく笑う声。
胸の奥が、また妙にざらついた。「約束」って、何の約束だよ。占いくらい、誰にでもするのか。
手相も。もしかして、あんなふうに誰彼構わず手を取って、指をなぞって、笑いながら相手の顔を見るのか。
虎太郎は、そこで思考を強制終了させた。
何を考えているんだ、俺は。関係ない。石上が誰を占おうが、誰に優しくしようが、虎太郎には関係ない。関係ないのに、何でこんなに胃のあたりが落ち着かないのか。
「針田」
「何だよ」
「顔、めちゃくちゃ怖い」
「元からだ」
「自覚あるんだ」
「うるせぇ」
虎太郎は要を置いてずんずんと歩き出した。要は笑いながらついてくる。
背後で、石上の声が聞こえた気がした。でも、絶対に振り返らなかった。振り返ったら、完全に負けだと思った。何に負けるのかは、自分でも分からなかったけれど。




