第4話(4) フランス語と手相占い
「お前さ、誰にでもああいうことしてんの?」
言ってから、虎太郎は自分で驚いた。まるで気にしているみたいではないか。
石上は一瞬だけ瞬きをして、それから、愛おしそうに表情をゆるめる。
「しないよ。虎太郎だけ」
「っ、そういうのをすぐ言うな!」
「嫌だった?」
「……」
嫌だった、と言えばいい。そうすれば、石上はもうしないはずだ。でも、口から出てこなかった。嫌ではなかったからだ。
「……びっくりしただけだ。調子に乗んなよ、次やったら怒るからな」
「怒るだけ? 期待していいんだ?」
「するな!」
虎太郎は、自分の手を膝の上に隠すように置いた。
石上は楽しそうにしているが、目元はどこか真面目だった。
「……お前、あの告白の時から思ってたけど、距離感おかしすぎるだろ」
言った瞬間、虎太郎は心の中でハッとした。あまり突っ込みたくない「告白」の話題を自分から引きずり出してしまったからだ。
石上の動きが一瞬だけ止まり、空気がほんの少し変わる。
――本気にするなよ。あれは、その、色々と事情が……。そう喉まで出かかったけれど、言い出せない。
石上は少しだけ視線を伏せたあと、どこか切なさを孕んだ笑みを浮かべて、静かに言った。
「おかしくもなるよ。……本当に、嬉しかったから」
「……」
虎太郎は、何も言えなくなった。ただの距離感の話のはずなのに、石上の声が妙に真っ直ぐで、胸の奥が激しくざわつく。
「虎太郎、今度は手相じゃなくて、虎太郎が俺をどれくらい意識してくれたか、ちゃんと占うね」
「占わなくていい! 帰る!」
虎太郎は急に立ち上がった。これ以上ここにいたら、おかしくなりそうだった。
早口で「今日はありがとな」と言うと、石上がふっと笑う。
「どういたしまして。次も見ていいんだよね?」
「そういう意味じゃねぇ!」
逃げるように会計を済ませて外に出ると、夕方の風が頬を冷やした。石上も出てきて、二人は並んで駅まで歩く。
ふと、石上の手が視界の端に入るたび、虎太郎は反射的に自分の手をポケットに突っ込んだ。
「虎太郎、手、隠した」
「寒いだけ! 俺は」
「そっか」
石上はからかうように笑う。最悪だ、完全に見透かされている。
改札前で立ち止まると、石上が小さく手を振った。
「またね、虎太郎」
「……おう」
石上の背中を見送ってから、虎太郎はポケットの中で自分の手を握った。まだ熱い気がする。イケメンの指って、どうしてあんなに綺麗なんだろうか。また同じことを考えてしまい、額を押さえた。
スマホを取り出し、元凶の根石に文句を送ろうとした瞬間、画面に石上からの新着メッセージが届いた。
「今日は手を見せてくれてありがとう。虎太郎の手、好きかも」
「……っ、~くそ」
虎太郎はスマホを即座に閉じた。顔が熱い。心臓もうるさい。
「だから、そういうこと言うなって……」と小さく呟いてから、既読無視すればいいものの、指は勝手に動いてしまう。
「調子に乗んな」
送信すると、一秒で返ってきた。
「うん。基本、ちょっとだけ乗りたい」
虎太郎は画面を睨んだ。腹立たしい。なのに、口元が少しだけ緩みそうになるのを必死に押さえながら、スマホをポケットにしまった。
認めない。絶対に認めない。
けれど、この日から虎太郎は、石上の手を見るたびにどうしても落ち着かなくなるのだった。




