第4話(3) フランス語と手相占い
用事は済んだ。コーヒーもまだ少し残っている。すぐ立ち上がるのも何だか不自然な気がして迷っていると、その心を見透かしたように石上が口を開いた。
「虎太郎、手、見せて」
「は? 何でだよ」
「最近、手相占いに凝ってるんだ。今日はちゃんと宿題も教えたし、ご褒美。俺の」
「堂々と言うな」
虎太郎は呆れたが、石上はすでに期待するような目をしている。宿題を教えてもらった手前、無下にもできない。手のひらを見せるだけなら大したことはないはずだ。
「ちょっとだけだからな」
「うん」
石上は嬉しそうに微笑み、自然な仕草で虎太郎の手を取った。
指先が触れた瞬間、虎太郎の肩がわずかに跳ねる。石上の手は、思っていたより少し冷たかった。でも、触れ方は驚くほどやわらかい。壊れ物を扱うみたいに、そっと手のひらを支えられている。
「……何でそんな丁寧なんだよ」
「手相見るから。虎太郎の手だしね」
「意味分かんねぇ」
石上は返事をせず、長い睫毛を伏せて虎太郎の手のひらを覗き込んだ。じっくり見られると、自分の知らないところまで覗かれている気がして、妙に恥ずかしくなってくる。
石上の指先が、虎太郎の手のひらを軽くなぞった。
「ここ、運命線だよ。……で、これが恋愛線」
さらりとした感触が走る。くすぐったいだけのはずなのに、変なところがざわつく。
「今年、いい出会いがあった?」
「……知らねぇ」
「心当たり、ある?」
石上の声が、少し低くなった。虎太郎が反射的に顔を上げると、石上が手元ではなく、虎太郎の顔をじっと見つめていた。その視線が、思ったより熱っぽい。
「……っ」
目を合わせていられなくなり、虎太郎は視線を逸らした。
「ねぇ、虎太郎。顔、赤い」
「赤くねぇ」
「手、熱いよ」
「気のせいだろ!」
「耳まで赤いのも?」
「うるせぇな!」
声を上げかけて、虎太郎は慌てて抑えた。石上はくすくすと笑いながら、虎太郎の手を少し持ち上げる。
「虎太郎の手、形きれいだね。指、けっこう長い」
「ゲームやってるからじゃねぇの」
「俺の手、触る? 見てたから」
「見てねぇ!」
完全に負けている。主動権を握られ、動揺まで見透かされている。
石上は、手相を見るふりをしながら、虎太郎の指に自分の指をそっと触れさせた。そして、するりと指の間へ滑り込ませる。
「……は?」
気づいた時には、指が絡んでいた。ほとんど恋人繋ぎみたいな形だった。虎太郎の頭が一瞬、真っ白になる。
「おい、何してんでだよ」
「手相占い。指の相性も見るんだよ」
「絶対今作っただろ!」
手を引きたいのに、引いたら意識しているのが丸分かりになる。石上の細くて長い指が、虎太郎の指の間にぴたりと収まっている。触れているところだけが、妙にはっきり熱を持つ。
石上は、絡めた指をほんの少しだけ握った。
「……うん、虎太郎の手、あったかい。触ってると安心するな」
「……っ」
安心する、なんて言葉を、指を絡めたまま言うな。胸の奥が変なふうに跳ねて、虎太郎は限界だった。
「いや、手相占い関係ないだろ、それは! からかってんじゃねぇ!」
虎太郎は慌てて石上の手を振りほどいた。ぱっと離れた瞬間、絡まっていた指の感触だけが残り、手のひらが妙に寂しいと思ってしまった自分にさらに腹が立つ。
石上は少し残念そうに眉を下げた。
「え〜……もうちょっとだけ占わせて?」
「嫌だ」
「じゃあ、普通に触りたい」
「もっと駄目だろ!」
石上は笑いながら、もう一度手を差し出してきた。その白くてすっとした、男のくせに綺麗な指を見ているだけで、心臓が跳ねる。




