第4話(2) フランス語と手相占い
夕方の喫茶店は、思っていたより落ち着いていた。
大学から少し歩いた場所にある、木目のテーブルと少し暗めの照明が心地いい、静かでゆっくりした空気の店だ。
虎太郎が店に入ると、窓際の席に既に石上の姿があった。
白いカップを片手に紅茶を飲んでいる。姿勢がよくて、妙に絵になる。優雅、という言葉が似合ってしまうのがなんだか腹立たしい。
こちらに気づいた石上が、嬉しそうに手を振ってきた。
「虎太郎」
「……早いな」
「楽しみだったから。虎太郎に会うのが」
「だから、そういうのを普通に言うな」
虎太郎は向かいの席に座り、メニューをほとんど見ずにアイスコーヒーを頼んだ。石上はその様子を、どこか楽しそうに見ている。
「何だよ」
「虎太郎、コーヒー派なんだ。甘いの頼むかと思った」
「何でだよ」
「猫カフェで、クリーム多めのラテ見てちょっと迷ってたから」
「見てねぇし、頼んでねぇだろ!」
「じゃあ今度、甘いの頼もうね」
「何で今度があるんだよ」
「あると思うから」
石上は、何でもないことのように言う。虎太郎は返事に困って、鞄からフランス語のプリントを机に叩きつけた。
「ほら、宿題」
「あ、逃げた」
「逃げてねぇ。元々これ目的だろ」
石上は笑いながらも、すぐに表情を切り替えた。紅茶のカップを少し横へずらし、真剣な目で虎太郎のプリントを覗き込む。
「ここは、動詞の活用が違うね。主語がこれだから、この形」
「また変わるのかよ。面倒くせぇ」
「でも、パターンを覚えればいけるよ。ゲームのコンボ覚えるよりは少ないんじゃない?」
「ゲームは必要だから覚えられるんだよ」
「フランス語も単位に必要だよ」
「急に現実を突きつけるな」
石上の教え方は、驚くほど分かりやすかった。押しつけがましくなく、虎太郎が分からずに眉を寄せても馬鹿にしない。間違えても笑わず、ただ楽しそうに「そこ、惜しい」と言う。それが妙にむずがゆかった。
「……お前、何でそんなに分かんだよ」
「授業聞いてるから。あと、言語は占いと似てるところがあるからかな。記号を読み解く感じ」
「それ、かっこよく言ってるだけじゃねぇの?」
「そうかも」
石上はあっさり認めて笑った。
気づけば、宿題は思ったより早く終わっていた。半分ほどコーヒーを飲む頃には、プリントの空欄はすべて埋まっている。これで今夜、心置きなくゲームができる。
「お疲れさま。虎太郎、ちゃんとやればできるね」
「ガキ扱いすんな。褒め方が小学生向けなんだよ」
「じゃあ、大学生向けに褒める? 虎太郎、飲み込み早いよ。ただ、分からないと思った瞬間にキレるのが早いかな」
「最後いらねぇだろ」
虎太郎は顔をしかめた。けれど、悪い気はしなかった。




