招かねざる来訪者④
三人が各々ソファに腰掛けると、暫くの間沈黙が流れた。
モーガンは用意されたワインをグラスに注ぎクルクルと回す。
そしてそのままひと口飲むと軽い嘆息を漏らした。
「大量生産された安物のワインだな。だが、ステイシアで出されるワインよりかは上質だ」
元々来賓用で出しているワインだが、トゥルメリア王国南部で栽培された果実をワインに加工して、仲介をしている商人を通して仕入れている。
安物は否定できないが、いかんせんこの領地は財政が苦しいから財布の紐はしっかりと締めないと。
贅沢なんてできないのですよ……。
「まあそれはさておき──ウィル・グレイシー、この国に帰ってきてから君の名前を度々耳にする。どうやら、王家が長年の宿敵としていたベリアルを討ち果たしたみたいじゃないか」
嫌な予感がする。
この人はどこまで僕の情報を知っている?
全てを知っている可能性だってある。
やり取りの一片しか見ていないが、モーガンが現れた時、ネルソン公爵の驚きようとあんなにも素直に言うことを聞く姿を見ては、この国を放逐される以前から深い交流があった可能性がある。
でも──僕もタダで情報を与えるつもりは無い。
相手は持っている情報を小出しにしながら、僕に揺さぶりを掛けてくるはずだ。
もし、モーガンが僕が甥だと知っていたら──いや、知っていたとしても否定するしかない。
このタイミングの秘密裏な帰国だって、ジェフリー国王が病床に伏せっている情報を得てその後釜に据わる為に戻ってきたのだろう。
僕がもしここで肯定してしまえば政敵になりかねない。
そう考えると、忙しいこの時期に面倒な人が帰ってきたものだ。
「グレイシー家で神聖魔法が使えるわけでもないのに、よくベリアルを倒したものだ」
「たまたま幸運が重なっただけです。一歩間違えれば僕が死んでいたかもしれません」
「たまたまねぇ。普通──たまたま幸運が重なっただけで悪魔は倒せないと思うが」
「何が言いたいんです?」
この口ぶり、やはり──僕がジェフリー国王の実の息子だということを知っている。
けどモーガンは直接問いただそうとはしない。
僕の口から言わせたいんだ。
僕だって自ら手の内を明かす真似はしたくない。
「そんなに構えるな。少し疑問に思っただけだ。ベリアルほどの上位悪魔だと神聖魔法でしか倒せない。しかも──神聖魔法は王家の人間しか使えない。それを無しに、たまたま幸運が重なっただけで倒せましただなんて、疑問に思うのは普通だろう」
「そんなことは分かってます。それで、何が言いたいんです」
「君は一体、何者だ────」
背筋に緊張が走った。
モーガンの眼差しは、狙いを定めた獲物を仕留めるかのような鋭い眼差しをしている。
まるで言い逃れをさせないかのように──
モーガンの話は続く。
「アンキラブル大迷宮での戦闘。ケイン・スミスに掛けられた鷹の目の解除。そして──ベリアルを討ち果たしたあの戦い。今では悪魔殺しの二つ名まであるが、先も言ったように上位悪魔は神聖魔法無しでは倒せない」
「だから、それはさっき言ったようにたまたま──」
「──ウィル・トゥルメリア」
僕の本当の名前が室内に木霊した刹那、一瞬にして静寂に包まれた。
「15年前──悪魔たちが口を揃えて言う【偉大なる御方】の器の誕生により、ベリアルがその器を奪取する為に王宮を強襲。当時5歳だったアリス・トゥルメリアの神聖魔法でベリアルは退散を余儀なくされたが、その代償としてマーサ・トゥルメリアが殺害された。そしてベリアルの脅威から逃れるべく、アリス・トゥルメリアは、アリス・フローレスと名と姿を変え、産まれたばかりの器は表向きは死亡を公表するが、実はグレイシー家に引き取られそこで生活するようになった」
全て事実だ。
飄々《ひょうひょう》と語るその姿は、まるでその場に居合わせていたかのように性格で誤りはひとつも無い。
「君が──その器なんだろ? ウィル・グレイシー……いや、ウィル・トゥルメリア」
「ウィル……」
ノエルが心配そうに僕の顔を覗く。
心配になるのも仕方がない。
モーガンは全ての情報を持っていると言っていいだろう。
変にはぐらかしてしまっても、後からより詳細な出来事と証拠を叩きつけられたら言い逃れは出来なくなる。
ただ──モーガンの思惑が分からない以上、こちらも下手に動けないのは事実。
いっその事、認めてしまった方が返って何もない可能性だって高い。
「大丈夫だよノエル」
僕はノエルの手を強く握った。
「そうです。僕がジェフリー・トゥルメリアの嫡男、ウィル・トゥルメリアです」
「そうか、やはり……」
モーガンはこれといって表情を変えなかった。
彼の思惑が分からない。
トゥルメリアの血筋の人間だと認めたのにも関わらずだ。
「そういえば──君たちは婚約しているんだったね」
「はい、婚姻の儀はまだですが近々執り行おうと思っております」
急に話が変わったな。
だが──そこからのモーガンはとてつもないオーラを放ち始めたではないか。
これは彼が持つ魔力だ。
黒いオーラがとめどなく溢れていく。
もしかして──
「王家の人間だと認めるのは別に良い、そこは問題では無いからな。むしろ──ウィル、君がトゥルメリアの血筋の人間だというそんな当たり前な事は知っていた」
「何が言いたいんですか──」
「何が言いたい────? まだ分からないか。人間が絶対であるこのトゥルメリアの地に、君はハーフエルフの売女と婚姻しようとしている。立派な罪だよ」
この人──ノエルがハーフエルフだって事も知っているのか。
この人を野放しにしておくのは、ますます危険だ。
僕はインベントリに入っている刀をいつでも取り出せるように準備をする。
できれば──この場で抜刀などしたくない。
僕は言葉での対話をはかった。
「彼女はマクレーン家のご息女です。ですから──」
「──オールパージ」
モーガンは僕の言葉を遮り、ノエルにオールパージをかけ、彼女がカモフラージュしている耳が元のエルフの耳に変わった。
「やはり──この我を謀ったな。何か言い訳でもあるのか。表情が強ばっているぞ」
「こ、この国では種族間の婚姻は規制されていません。例え人間が絶対であるという純血思想があっても、僕とノエルの婚姻に対し断罪はできないはずです」
モーガンは呆れたかのように大きなため息をついた。
用意されたワインを一気飲みすると、おもむろに話し始める。
「何故種族間の婚姻がないと思う? それは──絶対に有り得ないからだ。人間同士の婚姻が絶対である、他の種族との婚姻はこの国の恥だと、そう民たちは歴史と共に刻まれてるのだよ。法律にないから大丈夫だという考えは甘いぞ。この国の歴史と倫理とモラルがここの法律であり、罪なのだよ」
「なら僕がその歴史を変える1人目になる」
「わたしも同じ気持ちです」
僕たちの意志は変わらない。
約束したんだ。
このくだらない純血思想を無くすって。
僕の歩む道は修羅の道だけど、それも絶対に乗り越えられる。
だって──隣にはノエルがいるから。
「くだらない────」
「────えッ?」
「くだらないと言っているんだ。何が歴史を変えるだ。この国が出来て1000年。どれだけの人間たちがこの純血という鉄の掟を守ってきたという。それをたった15のガキが変えられるわけないだろう。我と話して多少心が変わると思ったが、飛んだ肩透かしだったな」
モーガンは座ったまま、指をパチンと鳴らした。
するといきなり──黒い外套に身を包んだ人間が現れたではないか。
ざっと数えても10人以上は居る。
異変に気づいたのか、アンジェラたちも室内に入ってきた。
「モーガンッ!! 今すぐウィル様とノエルを解放しなさいッ!!」
「何百年も生きるエルフの売女が……。悪いが彼を解放することは出来ないな。彼には国家反逆の罪があり、断罪されなければならない」
「それはあなたの絵空事でしょう」
「それに──僕にどんな意志があろうとも、あなたが僕を裁く権利は無いはずだ。あなたはこの国を放逐された身ですからね」
ジェフリー国王にこの国を追われ、モーガンは全ての権利を失った。
なので僕を裁くこうにも失った権力を復活させない限り、僕を断罪することは出来ない。
「権力などただの象徴にすぎない。我が欲してるのは玉座だ。玉座を手に入れれば権力など自分から勝手についてくる」
やはり──この人がこの国に秘密裏に帰国したのも、ジェフリー国王の後釜を狙うためだったのか。
僕の素性を知っているモーガンは、取り込むか殺すかの選択肢を持っていたけど、ノエルとの婚姻を出汁にして殺すことを選択したんだ。
いや──殺すことは前々から決まっていただろう。
でなければこの状況に説明が付かない。
10人以上居る相手にどう戦えばいい。
しかも──僕は人を殺したことが無い。
この先人を殺すことなんてないだろうと思っていたのに……
「そろそろ入ってきたまえ」
「失礼します」
モーガンの後ろにスっと一人の男が現れた。
スラッとした長身に、ピシッと着こなした貴族用の礼装。
その人物は誰もが知っている、この国の大物貴族だった。
「ゲイリー・マーセナス……」
ゲイリー・マーセナス──
僕が助けられなかったジェイドの父親で、現法務担当の公爵6家、マーセナス家の当主だ。
「どうしてあなたがここに……」
「息子の件は大分世話になりましたね。亡くなってしまったのは残念ですが」
淡々と話すその姿に違和感を覚えるが、今はそれ所ではない。
ここに公爵家の重鎮──それも、法務を担当する公爵家がここにいることだ。
となると、モーガンは財務のレニツァ、法務のマーセナスを取り込んでいると言える。
マーセナス家がここに居るということは、ひとつしか思い当たることがなかった。
「ワタシも忙しいので手短にお伝えします。ウィル・グレイシー、あなたを国家反逆の罪で拘束し裁判の出廷を命じます」
「そんなの認められないわッ!!」
「そうよ、ウィル様が何したって言うのよ」
「穢れた種族がうるさい。黙ってて頂きたい」
ゲイリーの鋭い眼光に二人は黙ってしまった。
この国でも有数の力を誇る二人を、たったひと言で黙らせるこの男、一体何者なんだ。
「同行を願います、ウィル・グレイシー」
「ウィル……わたし……」
「大丈夫だよノエル。僕は君のそばを離れたりはしない。ずっと君のそばで笑っていたいんだ」
ここで大人しく捕まったら、僕は何も出来ず殺されるだろう。
でも──僕も簡単に殺されるような人間では無いし、簡単にでっち上げられた罪を認めることもしない。
だから、かくなる上はひとつ──
「オールテレポーテーション──ッ!!」
僕たちのいる部屋は大きな光に包まれた──
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