招かれざる来訪者③
融資査定のヒアリング中に、怒号が響き渡った──
「こんな杜撰な計画書で、国から融資を取り付けようなど片腹痛いわッ!!」
ネルソン公爵は纏まった書類を投げ捨てると、持っている葉巻に火をつけた。
あのぉ〜、ここ禁煙なんですけどぉ〜……。
でも、この領地の未来のために僕は引き下がれない。
「しかし──ダンジョン都市として経済を動かすとなったら、初期投資としては充分抑えられた額です。これ以上抑えるとなると、一日に配当される平均賃金以下の人件費に抑えなければなりません」
「それでもいいじゃないか。どうせ労働力はエルフどもなんだろう? 難民として寄生しているエルフだ。その日食っていける額でいいだろう。ならいっそ、配給でもいいな。そしたら人件費はかからん」
この人、エルフをなんだと思って……。
アンジェラをチラッと見るが、彼女の表情は怒りに満ちていた。
だが──今は公爵しか発言を許されていないので、アンジェラ先生は耐えるしかなかった。
僕自身も込み上げてくる怒りを押さえながら、冷静に反論した。
「配給にしたら益々この領地は財政難に陥ります。今はフローレス家から商人を通じて格安で食品類を調達していますが、それがいつまで続くかわかりません。多くのハンターがこの領地に赴いた時に、領地の経済がある程度流動的でないと犯罪が横行することにもなります」
「それは領主である貴様の仕事だろう。こちらが金を貸す理由にならん」
ダメだ。
ネルソン公爵は最初っから僕の話を聞くつもりもこの融資を取り付ける気なんてなかったんだ。
この領地の財政は調べればいくらでも情報は引き出せる。
その情報を知っているから、そして──グレイシーの人間だから嫌がらせをして一気に叩き潰す為に、こんな汚らしいことをするのだろう。
「なら──レニツァ家は財務担当として新しい領地の融資は行わないということでよろしいですね?」
「人聞きが悪いことを言うな。金を貸す気はないのではない。金を貸すメリットが無いと言っているんだ」
「メリットならあります」
「ほぅ。どんなメリットがあるというんだね」
「まだダンジョンの調査は行ってないので憶測でしかありませんが、今回見つかったダンジョンは50階層相当の大型ダンジョンです。王都にあるアンキラブル大迷宮に次ぐ大きさです。ダンジョンが大きければそれだけ高価な素材も手に入ります。その素材が多く市場に流れれば利益率に直結しますし、領地の経済のみならず、この国一帯の経済を潤します。ですので──」
「────というのは、表向きなんだろ? ウィル・グレイシー」
僕が話している最中、半ば話を聞いていなかったネルソン公爵は突拍子も無いことを言い始めた。
表向き? 表も何も、この領地が発展する為にはお金が必要だ。
しかも自分でメリットを聞いておきながら人の話を遮るのは嫌な人の典型的なパターンだ。
僕、やっぱりこの人嫌いッ!!
「表向き────とは?」
「まるで分かってないような言い方をしよっていけ好かない」
いけ好かないのなあなたのほうですよッ!!
「ダンジョン都市化して領地に繁栄をもたらすのは表向きだと言っているんだ。本当の目的は、軍備拡張だろ? 魔族領が近いから軍備拡張の正当性はあるかもしれないが、所詮──簒奪者であるグレイシーが行うことは一つしかないのだよッ!!」
そういうことだったのか。
この人が何故──グレイシー家に強く憎悪と敵対を抱いているのかが分からなかったが、過去にグレイシー家はマクレーン家を公爵から引きずり下ろし、自ら公爵6家に名を連ねたことによる敵対だったのだ。
そこから考えられるのは、当時マクレーン家とレニツァ家は癒着を行っていたのだろう。
特権階級の人間は既得権益にすがる。
サイドビジネスと称して何かしらの非合法な取引を行っていたと安易に想像できるが、過去のマクレーン家の所業を考えるとその線が濃厚だ。
──と、まあ考察を巡らせるが、さすがのレニツァ家だ。
ダンジョン都市として繁栄させるというのを表向きだと読むのは、この人もバカではない証拠だ。
その得た利益で軍拡を行うことにこの領地の幹部全員が理解納得している。
そもそも──魔族領が近いこの領地が最前線となるのだから軍拡を行うのは当たり前なことだし、もし半年前みたいに魔獣によるスタンピードが起こってしまったら、この領地は真っ先に蹂躙されるだろう。
でも、そもそも何故そんな分かりきっていることをわざわざ否定するかのように──
「そうか、そういうことか──」
「ウィル様? どうなさいました?」
僕のひとり言に、アンジェラは心配そうに顔を覗かせた。
「ううん、なんでもない」
「何か言ったらどうなんだ? ウィル・グレイシー」
自分が言い負かし反論の余地すら与えなかったと勝ち誇った顔でふんぞり返っているネルソン公爵だが、ふんぞり返り過ぎて滑り落ちないか心配ですよ。
「レニツァ公爵が仰るように、軍拡を行うのは否定しません。ただ──あなたが心の中で心配している【クーデター】は真っ向から否定させて頂きます」
「ほぅ、私の意図を読んだな。簒奪者の家系が軍拡を行えば、必ずクーデターは起きる。そのようなことを助長するような融資に財務担当は金を貸せませんなぁ」
クーデターを起こすつもりはないって言ってるのに、さっきから人の話を聞かないよね。
そろそろ怒っていいかな。
というか、話が飛躍しすぎてるでしょ。
僕トゥルメリア王家の人間だし、次期国王というのも内々に決まってるし、クーデターする意味がないんだよね。
もし仮に国王にならなくてもクーデターなんて起こさないし。
「お言葉ですが──僕はジェフリー国王とアリス王女殿下に絶対の忠誠を誓ってます。クーデターなどと人の道から外れるような事はこの命を賭けても絶対に有り得ません。ですので、クーデターは絶対に有り得ないとご理解下さい」
深々と頭を下げるが、それを見たネルソン公爵は鼻でフッと笑った。
「申し訳ございません、ウィル様。発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか」
「エルフ風情がこの大事なヒアリングに口を出すな。立場を弁えろ。出しゃばりおって」
「いいよアンジェラ」
「誰の前で発言を許しておるッ!! 貴様、この私を舐めているのか」
「お言葉ですがレニツァ公爵、名誉公爵といえど僕はあなたと同等の権利を持っています。それに、アンジェラは僕の部下だ。あなたに何かを言われる筋合いはございません」
「なんだとッ!! このクソガキッ!!」
ネルソン公爵は顔を茹でダコのように真っ赤にし激昂してしまった。
これやばいかも。
もしかしたら、本当に融資なくなっちゃう。
またね僕の貯蓄。
いらっしゃい、莫大な借金。
「融資など却下だッ!! 結局財務担当がいなきゃ事業も興せない貧乏領地に貸す金なんてないんだ。せいぜい泥すすりながら生きていくんだな」
そういうとネルソン公爵はこの場を後にしようとする。
ネルソン公爵の部下は慌てたようにそのあとを着いて行くが、すると──いきなりドアが開いた。
ネルソン公爵はその姿を見ると、驚いたような表情をしていた。
「も、も、も、モーガン様ッ!! なぜここに」
「モーガン? 誰なの?」
アンジェラとシェナはその男を確認すると、一気に顔を険しくさせた。
二人とも臨戦態勢に入ってるではないか。
「ジェフリー国王の弟にあられるお方です。20年前、王位継承の際にジェフリー国王に敗れ、この国から放逐されたのですが、まさか──本当に帰国してたなんて」
ということは僕の叔父にあたる人か。
確かに面影は国王陛下そっくりだ。
「アンジェラ様、ウィル様はその当時の事を知らないわ。後で説明するとして、今はこの場からウィル様を避難させるのが先決よ」
「それもそうね。ウィル様、こちらへ──」
なにがなんだか分からないけど、そのモーガンって人は、本来この国に居てはならない存在だってことは理解した。
僕は促されるままこの場を後にしようとするが、入口にモーガンが居るため通れずに居た。
「モーガン、そこを退きなさい」
「アンジェラ久しいな。エルフでなければ我の女にしていたのに」
「こっちから願い下げだわ」
「冗談だ。売女同等のエルフに興味は無い。それと、その後ろに居るのはウィル・グレイシーだな」
「ウィル様、口を聞いてはダメです。シェナの後ろに隠れて」
口を聞いてもって言われてもねぇ……。
目の前に怖い人が名指しで話しかけてきたら、返事しちゃうのが常だよね。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この領地の領主である、ウィル・グレイシーです」
「ウィル様──ッ」
「いいんだよ、シェナ。国を追われても元王家のお方だし、この状況で何かをするってことはないよ。この人から戦闘の意思は感じないし」
「どうやら上手くこの二人を飼い慣らしているみたいだな。さてウィル──我とサシで話をしないか」
「それはなりませんッ!! 立場を弁えろモーガン」
モーガンの提案にアンジェラは強く立ち塞がった。
こんなにもアンジェラが嫌悪感丸出しにするのも珍しい。
それほどこのモーガンって男を警戒しているのだろう。
でも──この人が何のためにここに来たのかという、腹の探り合いは必要だ。
おそらく相手も僕が王家の人間だってことは理解した上での行動だろう。
なら、その提案に乗ってみよう。
「いいですよ。あなたの提案に乗らせて頂きます」
「話が分かる男は有能だ。おい、ネルソン」
「はい、なんでしょうッ!!」
「ウィルに褒美だ。この領地のダンジョン都市化計画の融資を敢行しろ」
おっと、思わぬ所からの助け舟だ。
みんなが思ってるより悪い人じゃないのかな。
「かしこまりました。直ぐさま融資手続きに入らせて頂きます」
ネルソン公爵は深々と頭を下げるとそのまま引き上げていった。
あんなに融資に渋っていたのに、鶴の一声であっさりと融資を許諾したではないか。
少しだけパワーバランスが見えたかも。
「あぁ、そうだ。サシと言って追加招集して申し訳ないのだが。ノエル──」
「わ、わたし……?」
「君にもこの場に同席してもらうよ」
そしてこの場には──僕、ノエル、そしてモーガンと傍から見たら三者面談の構図となっていた。
人が居なくなると、逆に部屋って狭く感じる時あるよね。
その現象の名前を、僕はまだ知らない──
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