19. 領主としての初仕事
任命式が終わり自分の領地に戻った僕は、さっそく領主としての初仕事に取り掛かった。
初仕事と言っても領民の目の前で所信表明演説を行うだけなのだが、居城の前は演説が出来るくらいの大きなスペースがある。
そこに舞台を設置し領民たちはそこに集まっていた。
ざっと見ても5000はくだらない。
この間までは1000人は超えてても、決して多くはない群衆だった。
難民となったエルフ族が大半を占めているが、どこから聞きつけたのか、続々とこの領地に押し寄せている。
でも──やっぱりこの大勢の人たちが集まってて僕に視線が集中するって考えると、緊張はするよね。
さっきトイレ行ったのにもう行きたいもん。
「ウィル様、準備が整いました。いつでも開始できます」
僕が控えている舞台裏にアンジェラが報告してきた。
現在──アンジェラは、トゥルメリア魔法学院の教職を辞めてまで、僕の側近として働いてくれている。
その働きは実に素晴らしく、軍編成の構築から防衛設備の増築、難民の受け入れ手続きと住居の拡充、提供を一手にやってくれている。
優秀すぎて非の打ち所がないのだが、僕だったら頭パンクして全部中途半端になってしまいそうだ。
マルチタスクって良いよね。
そしてアンジェラは許嫁となったノエルの母親でもある。
──てことは、僕の義理の母親になるってことか。
今お母さんって呼んだら怒られるかな?
そういう雰囲気じゃないからやめておこう。
「ありがとう。しかし──僕が居ない間によくここまで街を発展させたよね。どんな魔法使ったの?」
「そんな滅相もございません。領民の皆が手伝ってくれたお陰ですよ。私ひとりではここまで出来ませんでした」
それも全てアンジェラの人望のお陰なのだろう。
元々エルフ王国の王族で人を動かす才を持ち合わせている。
だからこの国でも将軍まで上り詰めた実績があるし、何より──人情に熱い人だ。
僕もアンジェラのように見習わないとな。
「でも何もかもアンジェラのお陰だよ。本当にありがとう」
「いえいえ。──それとウィル様。私の娘ノエルとのご婚約、おめでとうございます」
そう言うと、アンジェラは深々と頭を下げた。
「そ、そんなッ、頭を上げてッ! ……あ、ありがとう。改めて言われると何だか恥ずかしいな……」
「でも──よろしいのですか? 純血思想が根深いこの国にとって、ハーフエルフのノエルと結婚するということは、国民から理解どころか反感しか生みません」
アンジェラの言うことは最もだ。
この国は人間は人間と結婚をするという純血思想が根深い。
僕がノエルと結婚するということは、その思想を根底から覆すということになる。
だが──僕は決めたんだ。
このくだらない純血思想に終止符を打つと。
そして、ノエルを幸せにする。
「理解はされないだろうね。でも、誰もが自由に自分らしく生き、手を取りあって生きていく為には純血思想というのは邪魔でしかならないんだ。その為には僕自身が証明しないといけないんだよ」
「ウィル様……」
「前例が無ければ作ればいい。無茶だと言うのなら証明すればいい。それだけのこと」
──って言ってるけど、内心凄く不安だけどね。
今だけは心の中読まないでね。
恥ずかしくなるから。
「ウィル様の決意しかと心得ました。私も精一杯お力添えをさせて頂きたく存じます」
「ありがとう。さて──行こうか。みんなが待ってる」
「はいッ!!」
舞台上にある台に登壇すると、領民からの大きな拍手で迎えられた。
歓声こそ無いものの、エルフ王国での攻防戦で名が売れたのか、誰? という声は上がらなかった。
拍手が止むと、アンジェラが口を開いた。
「これより、この地の領主であるウィル・グレイシー名誉公爵様からお言葉を頂戴する。皆、清聴頂きたい。──それではウィル様、お願いします」
皆の視線がアンジェラから僕に集中する。
うわー、やっぱ緊張する……。
なんか思うように声が出てこようとしないし、早くなんか喋らないと。
舞台袖をチラッと見ると、そこにはノエルの姿があった。
ノエルはニコニコしていて、口パクで──
『ウィル、がんばって』
と言ってきた。
ちょっとドキッとしちゃったじゃんか。
好きな子に応援されたら頑張るしかないよね。
カッコ悪いとこ見せたくないし、ちゃんとここの領主だって威厳を示さないと。
そして何より──僕はみんなの味方だと。
取り繕った言葉なんて要らない。
僕は、いや──僕が心から思ったありのままの言葉を伝えよう。
「まず──皆に謝らなければなりません」
急な謝罪に皆の顔は、なんだ? と言わんばかりの表情になった。
「エルフ族の皆様、エルフ王国を守れなくて申し訳ありませんでした。僕が強かったら、僕が皆を守れる力があったら、故郷を失うことにならなかったと思ってます」
「ウィル様、それは──」
「お母様、今はウィルの言葉を聞いてあげて」
ノエルはアンジェラを遮り僕に向けて頷くと、僕は話を続けた。
「でも──僕は諦めません。必ず、エルフ王国を魔族から……いや、悪魔から取り返します。ここはその為の最前線の領地であり、人間とエルフが手を取りあって生きていける場所にしたいからです」
痺れを切らしたのか、エルフ族のひとりの女性が前に出てきて僕に訴え始めた。
「あなたが我々エルフに負い目があることは分かったわ。──でも、あなたは人間で国を追われたエルフに情けをかけてるだけにしか思えないわ」
この女性の言葉を皮切りに、続々とエルフの人たちが、僕に不満をぶつけてきた。
「俺たちエルフは人間の情けの中で生きることを屈辱だと思ってる。お前にその気持ちが分かるか?」
「確かにあなたの力は凄い。でも──簡単に故郷を取り返すとか言わないで」
「もし無理だったら、責任は取れるのか」
「人間の子供になにが出来る」
「そもそも、高潔であるエルフは──」
「──高潔なエルフだからッ!! 僕が人間の子供だから、無理だと仰りたいのですか?」
冷静に、冷静になれ僕。
ここで感情的になってしまったら、瞬く間にエルフ族の皆はここから離れてしまう。
ノエルが心配そうに駆け寄ろうとしたが、僕はそれを制止した。
深呼吸をして前を見ると、エルフ族のみんなの顔が見えた。
そうか、みんな不安なんだ。
人間を良しとしないエルフ族が人間の領地に保護されて、もしかしたら非道な事をされるかもしれないって
思ってるのかもしれない。
明日が見えない生活を半年続けて、今までは同族であるアンジェラが主導で領地開拓をしていたけど、いきなり人間である僕に代わったんだ。
そりゃ、不安で仕方ないよね。
なら──僕も正直な胸の内を話そう。
「正直──僕は、この世界に根付いている純血思想というものが大っ嫌いです。エルフだからどう、人間だからどうというのは、閉鎖的な価値観しか生まないし、自身の可能性を狭めてしまうからです。なにより、僕はその純血思想にリスペクトが無いと思いました。何故そんなに他種族を思いやれないのですか? そんなに人間が、エルフが憎いですか? そこのあなた」
「お、俺……?」
「先程、人間の情けで生きることに屈辱とおっしゃいました。それは何故です」
「そ、それは、劣っている人間に高潔なエルフが情けをかけられることが屈辱だからだ」
「その時点で間違いなんです。僕はエルフ族の皆を情けで保護しているつもりはありません。だからと言って優遇するつもりもないし、人間と対等に接します。対等であれば種族間の差別は無くなるし、なにより互いにリスペクトが生まれると思うんです」
けどこんなのは理想にしか過ぎない。
結局は、互いの種族が歩み寄らないと差別は無くならないし、リスペクトも生まれない。
だから根底にある純血思想を変えない限り、僕の思い描くものは絵空事で終わってしまう。
「なので──まずは、互いの手を取り合うことから始めましょう。そしたらいつしか、互いの優劣だけで決めつけることは無くなるだろうし、種族間を超えて理解し合えることだって出来ます」
そして僕は高らかに宣言する。
「僕は誓います。この国から純血思想と差別を無くし、誰もが思いやりを持てる世界にすることを。それを、この地から始めます」
まばらではあったが拍手がチラホラと散見していた。
まだ賛同でき兼ねる者も居るだろう。
そんなのは絵空事だと心の中で決めつける者も居るかもしれない。
でも、僕は必ず実現させる。
誰もが手を取り合い思いやりを持てる世界に。
僕が壇上から降りて舞台袖に戻ると、ノエルは目を輝かせながら大きな拍手で僕を迎えてくれた。
「素晴らしいスピーチでした!」
「ありがとうノエル。でも、やはり──みんな不安でしょうがないんだろうね。国を追われて人間の領地で住むことに抵抗はあれど、戻る場所がないからどうすることも出来なくて、その我慢が爆発したんだろうね」
「みんないつかきっと分かってくれるわ。ウィルが掲げる理想は現実になるもの。だから胸を張って」
「うん。必ず実現させるよ」
こうして僕の初仕事は終わった。
正直、これからのことに不安は残るものの、それとは裏腹に僕の胸中は期待で膨らんでいた。
だって、少なからず人間とエルフで理解し合っている人は居る。
その未来が僕の目の前に居るのだ。
その未来は僕の愛おしい人で、最愛の人だ。
だから絶対に分かり合える日は来る。
そう信じて、僕は雲ひとつも無い空を見上げた──
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