任命式③
「新領主ウィル・グレイシー入られよ──」
謁見の間の扉が開き、中に入った。
目の前の赤い絨毯を境に、両サイドには多くの貴族が整列していた。
赤い絨毯の先には、玉座に座っている国王代理のアリスの姿があった。
彼女の元まで歩みを進めると、僕は跪いた。
「王女殿下、今回はこのような場を設けて頂き、有難く思います」
「いえ、むしろ──私の都合で任命式の開催が遅れて申し訳ないわ」
アリスは立ち上がり僕の元へと歩み寄る。
そして──宣誓した。
「この私、アリス・トゥルメリアが命じます。北西に位置され開拓された新しい領地の主に、ウィル・グレイシーを任命し、並びに彼には──名誉公爵の爵位を授けます」
「そのお言葉、しかと承りました」
謁見の間からは大きな拍手が湧き上がった。
だが──ひとりの男は不満な顔をしながら、物申して来た。
「納得いきませんなぁ、王女殿下。何故──このような子どもに新しく開拓した領地の、しかも領主に任命し、名誉公爵の爵位まで授けるなんて」
「ネルソン・レニツァ公爵……」
ネルソン・レニツァ公爵──
財務を担当する公爵6家のひとつで、あのスレブの父親。
長年王家との仲が宜しくなく、打倒派の中枢と言われているレニツァ家は王権派のグレイシー家とも仲が悪い。
「この任命式は、彼の功績を最大限に考慮した上での裁定です。先の議会でもそう伝えたはずよ」
「しかしながら王女殿下、それはあなたが独断で命じた裁定。功績と言っても、悪魔を倒した証拠も無ければ、目撃者も居ない。誰がそのことを承認するのです?」
「それは──」
ネルソンが言いたいことも無理は無い。
敵対しているグレイシー家の嫡男が、物的証拠もない悪魔殺しを証明していないのに、その功績だけで爵位と領地を与えられるのは不満でしかないのだ。
ただ、悪魔を倒したとて証拠はでるはずもない。
精神体である悪魔は消滅するだけでゲームみたいに何かをドロップすることもないし、物を落とすこともないのだ。
証明しろというのが難しい。
だが──その場にいたのは僕だけではない。
その場にはシェナが居たし、なにより──スレブだってその場に居たのだ。
ただ、スレブがその場にいたことは彼の名誉を守るためアリスにでさえ伝えてない。
「レニツァ殿は僕が悪魔を倒した証人が欲しいとのことですよね。証人なら居ますよ」
「ほほぅ、それは誰なのか気になりますな」
「それはシェナだわ、レニツァ」
多くの貴族の中から出てきたのは、大人の姿をしたシェナだった。
今回は大人の姿をしていて猫耳と尻尾は魔法で隠している。
「シェナ・マクレーン。貴様が悪魔殺しの証人か。あのエルフの女の子飼いが証人などにわかに信じ難いな」
「別にあなたに信じてもらう必要はないわ。ただ、あなたの言葉って、国王代理のアリス様の言葉に反旗を翻していることになるけど、その自覚はおありで?」
「子飼いが偉そうに。私はただ疑問を呈しただけですぞ。それは私だけではなく、他の貴族諸侯も同じことを思っていること。それを代弁したまでです」
この場で打倒派の人間が疑問を呈してくるのは大方予想はできた。
国王が体調不良で長期的な休養を余儀なくされ、国王代理は娘のアリスが行い、王権派は国王が復帰するまでに内政が傾かないよう維持しなければならない。
だが、打倒派もそれに待ったをかけるように政治的圧力をかけてくる。
だが、打倒派は王権派が瓦解するような決定的な一打を擁しているわけではなく、状況的には膠着状態が続いていた。
「ネルソン、あなたの言いたいことは分かります。ですが──ウィル・グレイシーは、王家の長年の宿敵であったベリアルを討ち果たし、先のエルフ王国攻防戦ではダンタリオンをも討ち果たしてます。彼はこの国にとって重宝すべき存在なのです」
「だからと言って、爵位と領地を与えるのはやりすぎだと私は考えているのです。爵位なら家を継ぐに必要なことですから私も文句は言いません。だが、領地運営に関しては、このウィル・グレイシーは全くの素人。他にも貴族は居ます」
「あんたの言ってることグレイシー家に対する嫌がらせにしか聞こえないわ」
「なんだと? 子飼い」
「その子飼いって言い方やめてくれないかしら。シェナにはシェナっていう名前があるの。どうせ自分の息子よりも早く出世したグレイシー家の息子に嫉妬しているだけよ。ネルソン──あなた、今の開拓領地がどういう状況かわかる?」
「状況? 私はその件に関して全く関わってないからわかるわけないだろう」
「なら教えてあげるわ。この開拓領地は滅亡したエルフ王国の難民も抱えてるの」
「難民だと? 何故エルフ風情がこの国で腰を据えているのだ。ここは人間の国だ。エルフの血など要らん」
やはり──種族間の問題はかなり根深い。
事前にアリスには教えて貰っていたが、表向き開拓領地は魔族に対する防衛前線の構築と世間に発表していたが、本当はエルフ族の難民受け入れを行う為に作られた領地でもあると伝えられていた。
アリスたち王権派の独断で決めたことには変わりないのだが、こうやって事実が表向きになると、打倒派である人間たちは黙ってない。
それがネルソンの表情と怒号に現れている。
「レニツァ公爵、よろしいですか?」
「なんだ、グレイシーのガキ」
「現在、世界の情勢はかなり危険だと認識して頂きたい。我が国は未だに非常事態宣言を解除してません。半年前にエルフ王国が滅亡して、魔族はこの国の喉元まで迫っています。魔族の侵攻を抑える為にも、今は防衛ラインをしっかりと構築して、難民として受け入れているエルフ族の方々たちにも支援を要請しなければなりません」
こういう時にエルフ族と手を取りあって生きていくのは大事な事だ。
エルフ王国の滅亡を防げなかった僕にも責任はあるし、なにより──アンジェラ先生は必ずエルフ王国を取り戻すと心の中で誓っている。
「長年この国は人間だけで繁栄してきたというのに、エルフがこの地に居ることなど、断じて容認できぬ。エルフ共には即刻この地から出ていくことを願いたい」
「私も同意見だ」
「私もだ」
「ここは人間の土地だ」
「エルフなど出ていけ!」
みんなネルソンの言葉に同調するかのように批判の言葉を叫ぶ。
何故──純血という思想がみんなにとって正しいことなのか、僕には理解できなかった。
人間もエルフも同じ生き物で、同じ知恵を持っている。
それなのに、見た目や生まれが違うからと相手を批判して排外的になるのは好きになれない。
エルフ族の人たちだって、自分たちの故郷を失って途方に暮れているのに、それに出ていけと追い討ちを加えるのは、あまりにも非道だ。
僕はそんなこと絶対に許さない。
「エルフの人たちは、明日を奪われたんです……」
「なんだと? ウィル・グレイシー」
「もし──魔族の侵攻がエルフ王国ではなくトゥルメリア王国だったら? 難民となっていたのがレニツァ公爵、あなただったら? 考えてみてください」
「そんなの分かりきっているだろう。そんなことは万が一も無いッ!!」
「何故そう言い切れるんです?」
「簡単だ。このトゥルメリア王国は難攻不落の王国だ。いけ好かないがグレイシーが管轄する軍は世界でもトップクラスの実力。しかも──北側の防壁は魔族とて簡単に打ち破れる代物でないのだ。分かるか? グレイシーのガキ」
この人はまるで分かっていない。
そんなことで魔族と悪魔を退けるなんて不可能だ。
僕たちエルフ王国に遠征したメンバーと、16年前にマーサ・トゥルメリアが殺害されたあの場に居たメンバーは、悪魔の脅威を嫌ってほどわかっている。
レニツァ公爵の頭の中は、対悪魔ではなく対人間の想定だからこんなにも自信満々なのだろう。
すると──いきなり謁見の間の扉が開いた。
そこには、父さんに抱えられながら杖をついて立っているジェフリー国王の姿があった。
アリスはすぐさま国王の元に駆け寄る。
「お父様、お身体は大丈夫なのですか? あまり無理してしまってはお身体に障ります」
「大丈夫だ、アリス。この国を救った英雄の晴れ舞台を見たいだけじゃ」
国王はアリスの介助を受けながら、ゆっくりと玉座に腰をかけた。
「任命式だというのに、こんな騒がしいと思ったら、レニツァ、おめえが声を荒らげてんのか」
「貴様の姿が見えなかったのは、陛下に胡麻すりでもしてたからなのか。グレイシー」
「んだと? 守銭奴野郎」
「直ぐ怒るのは脳筋野郎ならではだな」
「やめんか二人とも。揉めている内容は大方予想はつく。だが、これは全て国益の為じゃ。この人事に関しては異論は認めん」
「しかし陛下、それでは──」
「──異論は認めんと言ったのじゃ。レニツァ」
国王はネルソンを強く睨んだ。
その鋭い眼差しに、ネルソンは口を噤む。
「ウィルよ、改めてこの任命と授爵、受けてはくれんか」
僕は国王の前に跪き、頭を下げた。
「国王陛下の任であらば、謹んでお受け致します。ウィル・グレイシーはこの国の繁栄と未来の為、邁進していく所存でございます」
「ありがたく思うぞ、ウィル」
王命とあれば、ネルソンもこれ以上の言及はしなかった。
そのまま任命式は終わり、多くの貴族が退出していく中、僕たちは会議室に場所を移した。
今会議室に居るのは、僕、アリス、ケイン、シェナ、ノエル、ノーマンの6人。
父さんは国王陛下を連れて、療養している部屋に戻った。
「なんなのあのネルソンっていう公爵! 私の時だけあんなに突っかかってきて、お父様の時は飼い犬のように大人しくなったじゃない!」
「落ち着いてよアリス。グレイシー家の人間である僕が、スレブより出世したことに納得いかないんだよ」
「ならそれは言いがかりね。お父様が来たからあの場は収まったけど、こなかったらもっとゴネて式が台無しになる所だったわ」
アリスが言いたいこともわかるけど、今は政治的駆け引きをしている場合ではないのだ。
魔族の侵攻が危ぶまれている今、国防を増強するのは急務だし、いくら半年魔族や悪魔たちがなりを潜めているとはいえ、いつ攻めてくるか分からない状況だ。
悠長に構えてる暇はない。
「そういえば、みんなに伝えたいことがあるんだ」
僕のひと言に、みんなの視線が集中した──
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