任命式②
ノエルと談笑していた僕は、任命式の時間が迫ってきたので謁見の間へと向かった。
ノエルは僕に腕を絡め離れようとはしないが、悪い気はしなかった。
何故なら、ノエルは僕の許嫁になったのだから。
ノエルがハーフエルフだということは一部のごく限られた人間しか知らない。
表向きはグレイシー公爵家の僕であっても、本当は次期国王である僕がハーフエルフとの結婚を大々的に報じてしまえば、国内が混乱してしまうのは避けられない。
だから──今は、公表する時期ではないのだ。
これはノエルを守る為でもあるし、情勢が不安定な中で余計な混乱を招かない為でもある。
でも、差別無き世界を作る為にはいつかは公表しなければならないことだとは、充分わかっている。
「ウィル、領主になったらやりたいことってあるの?」
「やりたいこと? うーん、とりあえずやるべき事といえば、防衛機能の確立かな。立地的に魔族との戦闘になったら間違いなく前線になることは間違いないだろうし、今の防衛機能で考えてしまうとかなり不安が残るよね」
今の人口は難民のエルフ族も合わせて1000人も満たない。
しかも──守りの要である防壁には欠陥が多く、遠距離攻撃が出来る重兵器の配備もできない状況だ。
兵士の数も足りないし、練兵だって必要になる。
それと同時並行で経済圏の確立もしなきゃだし、問題は山積みなのだ。
「あと、これから領民はもっと増えるから、その住居も作らなきゃだし、やるべきことはいっぱいだよ」
「そうね。ウィル大丈夫? やってけそう?」
「うん、大丈夫だよ。むしろ、いちから街を興すのにワクワクしてるんだ」
これでも元平成生まれ令和社会人の社畜だったからね。
プロジェクトのチーフを任されたことだって何度もあるし、ノウハウだってある。
何の仕事してたんだよって?
地方創生のプロジェクトだよ。
だから僕にとっては十八番なのだよ。
手柄は部長に取られてたけどね。
ノエルはクスッと笑う。
「これかは難しいことをやるのに、ウィルって目を輝かせながらワクワクしてるって、何だか子どもみたい」
「子どもは余計だよ。でも退屈はしないからね。楽しみだよ」
謁見の間に着くと、前にはノーマンが立っていた。
彼は一礼して顔を上げると、僕たちが腕組みをして歩いてきたのを見て、かなりにこやかな表情になった。
あれ? 前にもこういう光景があった気がするけど気のせいか。
「ウィル様おはようございます。二人の仲を察するに、もしや──」
「うん、そのもしやだよ。彼女を幸せにするって決めたんだ」
すると──ノーマンの目からスラッと涙が流れた。
そしてまた、深々と頭を下げる。
「ウィル様──ありがとうございます。どうか、どうか、ノエルをよろしくお願いします」
娘の幸せを心から願っている父親そのものの姿だった。
ノーマンって人間味が深い人だよね。
一途にアンジェラ先生のことを愛してるし、もちろん娘のノエルのことも愛している。
かなり親バカな部分があるけど。
引き離されてバラバラになっても、いつかは元通りになるって信じて来た甲斐があったのだろう。
「ノエル、ウィル様にはくれぐれも粗相のないように。しっかりとウィル様を支えなさい」
「はい、お父様。このわたしが必ずウィル様をお支えします」
「そろそろ任命式が始まります。ノエルは中に入って待っていなさい」
「かしこまりました」
ノエルはそう言い残すと、謁見の間に入っていった。
今回の任命式は、国内の貴族が一同に介している場でもある。
上は公爵から、下は男爵まで爵位を持つ貴族が揃い踏みだ。
ノーマンの遠縁という形で任命式に出ているノエルも、表向きはマクレーン家の貴族令嬢として参加しているが、そもそも──マクレーン家ってシェナもそうだったよな?
てか、マクレーン家って聞いたことないんだけど、ノーマンの遠縁として参加してるくらいだし、今聞いてみても問題なさそうだな。
「ねえ、ノーマン、一個質問があるんだけど」
「はい、なんでしょう」
「マクレーン家って聞いたことないんだけど、どういう家なの?」
「ウィル様にはまだ説明してませんでしたな。これから話す内容は他言無用でお願いします」
そう言うとノーマンは真剣な顔で語り始めた。
「マクレーン家とは、わたくしの母方の出身貴族です。当時数十年前──マクレーン家はグレイシー家よりも偉い立場にありました。なので──マクレーン家が公爵家、グレイシー家がマクレーン家を支える侯爵家でありました」
こんな話初耳だ。
実家の書庫にある歴史系の文献は隅々まで読み漁ったが、マクレーン家の名前を記す文献は一つもなかった。
もしかして──意図的に隠した、或いは処分した可能性があるのか?
「しかし──マクレーン家は領内の民に対し、重税を課したり出兵時には老若問わず男は皆戦場に駆り出したり、着服横領など当たり前でした。その圧政に耐えかねた当時のグレイシー家当主、トラント・グレイシー侯爵が兵を引き連れて、政変を敢行しました。クーデターです」
トラント・グレイシー、聞いたことあるぞ。
確かトラントが表舞台に出てきたのは、50年前で当時20歳そこそこだったような気がする。
トラントは僕の祖父に当たる間柄だが、30年前に病気で亡くなったんだっけ。
そこからは父さんが家督を継いでグレイシー領を治めているが、まさか──その前が謎の多かったマクレーン家が治めていたなんて。
「トラントは、マクレーン家を存続させる代わりに、マクレーンの女性をひとり嫁がせることを条件に、このクーデターを収束させました」
普通だったら、一族郎党皆殺しをするのがこの時代では当たり前のことだが、トラントはそれをしなかった。
それをしてしまったら、圧政を強いていたマクレーン家と同じだと民衆に印象を植え付けてしまうと考えたのだろう。
爵位を降格させるだけなのは、トラントの英断なのかもしれない。
ただ──権力を持った貴族はたちが悪い。
甘い汁を無限に啜っていたマクレーンが簡単に引き下がるとは思えない。
「もちろん──代わって公爵になったグレイシー家は、反乱を恐れ嫁いできた女性以外のマクレーン家の人間をひとり残らず粛清しました」
やはり──表に出せない以上、裏でしっかりと粛清を計っていたか。
「公爵家であったマクレーンの名が世間から忘れ去られる為に、マクレーンの名が冠された文献や記録は全て消し去りました。これでマクレーン家は没落したのです。そして──生まれたのがこのわたくし、ノーマンでございます」
──────えっ? ちょっと待って?
確かに、ノーマンの母親はマクレーンの人間だって言ったけど、まさか──その嫁いだ女性の子どもだったとは。
てことは、ノーマンってグレイシーの人間?
「待って待って、てことはだよ、ノーマンはグレイシー家の人間で、僕の叔父になるってこと??」
「左様でございます。ウィル様」
──まじか。
さすがに空いた口が塞がらないよ。
僕自身が王家の人間だから直接的な血の繋がりは無いものの、それでも──ノーマンが僕の叔父だったってことは驚きだ。
そう考えると、父さんとノーマンって友達って雰囲気の接し方じゃ無かったし、どちらかと言うと兄弟って感じもあったよね。
「ですので、わたくしの名はノーマン・グレイシー。ダグラスの腹違いの兄でございます」
ノーマンの口からマクレーンという名前が出てきた時点で父さんとは腹違いの兄弟なのは分かっていた。
何故なら──父さんの母方は別の貴族の出である。
だから腹違いの兄だということには驚かないのだが、でも──兄だというのに、何故ノーマンがグレイシーの家督を継いでいないんだ?
「順当に考えたら、ノーマンがグレイシーの領主になるはずなのに、なんで父さんが領主をしてるんだ?」
「それは、わたくしが領主に興味がないからです。領主になると色々縛られます。自由が利かなくなる上に、責任が伴います」
おおよそ全体像が見えてきた。
ノーマンは没落した貴族、マクレーン家の名前を使って、この国では戸籍がない猫人族のシェナやハーフエルフのノエルにマクレーンの名前を与えていたのか。
それもノーマン自身がグレイシー家の人間だというのは周りの貴族からしたら周知の事実だから、出身であるマクレーン家を隠れ蓑にすれば、相手に怪しまれることは無い。
「だから、ノエルとシェナにはマクレーンの名前を名乗るようにしたんだね」
「左様でございます。もちろん──これからノエルには、カリオペでは無く、暫くマクレーンと名乗って貰います。ウィル様と婚姻なされた暁には、グレイシーとトゥルメリア両方を名乗って頂くことにはなりますが」
「アンジェラはなんて言ってるんだ?」
「名前には拘りは無いと申しております」
長命のエルフだからそんな些細なことは気にしないか。
名前は変わっても、ノエルがアンジェラ先生の子どもだということには変わりないしね。
「さッ──ウィル様、そろそろ任命式が始まりますよ。改めて──名誉公爵の授爵、新領主としての任命、誠におめでとうございます」
「ありがとう。これから大変なことがたくさんあると思うけど、力になってね」
「もちろんでございます。わたくしノーマン・グレイシーは、ウィル様に誠心誠意お仕え致します」
マクレーン家の秘密を聞くだけだったのに、まさかノーマンがグレイシーの人間だったとは。
世の中どこで誰がどのように繋がっているのか分からないね。
さてと──驚いてばっかだったけど切り替えないと。
これから任命しが始まるんだ。
大勢の貴族たちが見守る中行われるんだ。
今日くらいは胸を張って歩いて行こう。
そう心に決心した刹那、謁見の間の扉が開いた──
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