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ギルド内に入ると──多くの人で賑わっていた。
木造を基調とした造りに、正面には数名の受付嬢、左側にはクエストボード、その隣には階段があり、上の階には椅子とテーブルが見える。
右側にはダンジョンなどでゲットした戦利品を買い取るカウンターに、その右隣にはバーカウンターが設置されている。お昼前だというのに、酒盛りをしているハンターも居れば、飲んだくれて寝ているハンターもいる。
いいなぁお酒。
僕も前居た世界では、仕事終わりに家で缶ビールを煽って一日の疲れを癒してたっけ。
この世界でも成人しているから飲んでいけないわけではないけど、今日の目的はそこじゃない。
ここは我慢して、僕たちは正面の受付カウンターに足を運んだ。
しかし──見ない顔なのか、幾人ものハンターが僕たち4人を物珍しそうに見ている。
あまり歓迎された目つきではないが、なにせ僕たちは新参者だ。あまり目立たずに行こう。
決して喧嘩は買っちゃダメだよ。
「今年もやって来たなぁ、貴族様の戯れ」
「あぁ、今年は何人命を無駄にするのか楽しみだな」
「おい──坊主たち!お金はたくさん持ってても命は1つしかねえからな!大事にしろよ!ひゃひゃひゃ!」
「おい、あの女の子2人偉いかわいいじゃねえか」
「いいねぇ、休憩がてらお世話してくれるんだろうなぁ」
「お嬢ちゃんたち!その野郎2人のお世話だけじゃなくて、俺らのお世話もしてくれよ!」
うわぁ……ガラの悪い大人たち。
ここに来る前にハンターの評判を聞いてたけど、やはり──良いものでは無いね。
喧嘩は日常茶飯事、ランクの低いハンターから手柄を横取りするし、なにより──ダンジョン内では自己責任だから、気に食わない人が居れば殺人を起こすのも当たり前だ。
ガラが悪くて品位も無い。
下賎な目でアリスとシノを見ている。
ここにか弱い女性が寄り付かないのも無理は無い。
首都セリカのハンターは男性が9割を占めていて、残り1割の女性はベテランか、大勢の男性ハンターに囲まれても一人で対処出来てしまう手練しか居ない。
「なんだよアイツら。気持ち悪いったらありゃしねえ」
「本当ですよ。女性をなんだと思っているんだ」
「まぁまぁ、あんな品位も感じない人たちは無視するのが1番です。でも──何かあったら、ウィル様とケインくんが助けてくれますしね」
「もちろん、僕はしっかり2人を守りますよ」
「俺だって大事な仲間をしっかり守るさ」
「うーん!ウチらの男子2人は頼もしいねぇ!」
守るって言っても、アリスとシノも相当強いけどね。
「ようこそ!トゥルメリアギルド総本部へ!本日はどういったご要件でしょうか」
目の前には綺麗なお姉さんが立っていた。
サラッとした黒髪ツインテールに、綺麗に着こなした制服。姿勢は正しく、常に笑顔は絶やさないと言ったようなにこやかな表情。
よく教育されてるのが想像できる。
こんな世紀末な場所に良く居れたものだ。
でも──見渡して見ると、受付嬢のみなさんは誰もが綺麗だ。
ここのギルドマスターってもしかして顔採用?能力二の次?
「──どうなさいました?」
「──あっ、いやぁこんな品性も無いギルドで受付してる方々が綺麗な女性ばっかだったので、呆気に取られてつい……」
「えっ!それアタシも気になった!お姉さん大丈夫?くそ野郎どもに変なことされてない?」
こらシノちゃん、女の子がそんな言葉遣いしちゃいけません!
お母さん怒るわよ!
でも──それは凄く気になってはいた。
こんな下賎で品性もない人間の集まりによく平気な顔で仕事ができるよね。
あれなの?ここブラック企業なの?
でも──僕たちの疑念は、彼女の笑顔と言葉に一蹴される。
「ご心配痛み入ります。でも大丈夫ですよ、私たちギルド職員は国家公務員ですので、国家公務員に正当な理由がなく手を出すことは法律で禁止されています。ですので、私たちギルド職員に万が一手を出した場合、ハンター資格の取り消しはおろか、理由によっては奴隷落ちまたは処刑になります」
この人、笑顔でサラッとエグいこと言ったけど、気にしないでおこう。
法律で守られているのであればそれは安心してここで働けるってものだ。
確かに──見てみれば、さっきアリスとシノに向けていた視線は、受付嬢の方には向けられていない。
まぁ、それでも法律を破って如何わしいことをしようとする者も居るだろうが、どこの世界に行っても──個人の勝手な感情で女性を性のはけ口にしてる愚か者は居るってことだ。
「お姉さん頑張ってね!何かあったらアタシが守るから!」
「そうです!私もお姉さんの味方ですよ!」
「ありがとうございます。こんな可愛いお嬢様方に言われると仕事頑張れますね!──それで、本日はどういったご要件で」
「そうだ。今日伺った理由ですが──全員、ハンター登録をしたいと思って伺わせて頂きました」
「左様でございますか。では──こちらに、皆様の個人情報をご記入ください」
僕たちはハンター登録を行うための記入用紙が渡された。
なになに?
名前、出身地域、属性、スキル……か。
とりあえずサラッと書いておく。
皆も書き終えたみたいで、用紙は受付嬢に回収された。
「では、確認させて頂きますね」
凛とした表情で仕事をこなす受付のお姉さん。
だが──僕たちの個人情報を見た瞬間、冷や汗と充血し丸くなる表情に変わっていく。
あ、そうだ。僕たち貴族だった。
「お、王家後見のスミス公爵家、ケイン・スミス様……」
「はい、間違いないです」
その会話を聞いていた周りのハンターも一斉に僕たちに注目した。
「おい──大貴族のスミス公爵家だってよ」
「俺さっき変なこと言ってねえよな!?」
「商業省主計のエクシア侯爵家、シノ・エクシア様……」
「あぁ、アタシだな」
「商業省のフローレス公爵家、アリス・フローレス様……」
「はい、私でございます」
またギルド内が騒然とする。
後見のスミス家に商業のフローレス家、そのフローレス家を支えるエクシア家だ。
大貴族の子息と令嬢がギルドに介したら、騒然とするのも頷ける。
「そして、国防省のグレイシー公爵家、ウィル・グレイシー様……」
「はい、僕です」
「「「「あの戦鬼の息子!?!?」」」」
僕の名前が呼ばれた瞬間、悲鳴混じりと共にその言葉が聞こえた。
別に父さん関係ないんだけどな。
「おいおい……まさか、戦鬼の息子まで居るとは聞いてねえよ」
「お前、マジで消されるぞ」
「戦鬼の息子って言ったら、アングリーベアの大群を素手で倒せるっていう伝説持ちだぞ?」
「マジかよ……あんな線が細いガキが戦鬼の息子だなんて、何かの間違いじゃねえか?もっとこう、ごつくて戦鬼に似た強面なんじゃねえの?」
全部、ぜーんぶ聞こえてるからね?
てか──アングリーベアの大群を素手で倒せる噂、僕も初耳なんだけど!
誰そんな変な噂流した奴!
あと、そんな強面はウチの領内で仕事してる、脳筋バカの兵士たちだけだからね?
僕まで同じに見られるなんてたまったものじゃない!
ちなみにアングリーベアとは魔獣の一種で、見た目が熊で凶暴。しかし賢く魔法も使ってくるからタチが悪い。討伐するのはハンターだと推定Bランク以上の人でしか対処出来ないモンスターだ。
ちなみにアングリーベアの大群を倒すのは無理です。
一匹ならなんとかなるけど、大群ってなったらさすがに国防軍動きますよ。
「へぇ、ウィルってアングリーベアの大群を素手でやっちまうんだぁ!今度見てみたいな!」
「ウィル様凄いです!私なんて対峙しただけで怖気付いちゃいます……」
「俺も一匹ならなんとかなるが、さすがに大群は無理だな」
「いや、みなさん?嘘だって分かっててイジってますよね?アングリーベアの大群なんて無理に決まってるでしょ!」
こいつらニヤニヤしやがって……
とりあえず、後で変な噂に流されないようにって釘を刺しておかないとな。
この子たち貴族だから冗談とか通じないし、ちょっと世間とズレてるのが痛いとこなんだよな。
え?僕はって?
そりゃあ、中身はアラサーのお兄さんだから常識くらいありますよ。
おい、誰だオッサンって言った奴!2度目は無いぞ!!
「だ、大貴族のご子息様とご令嬢様方がこ、こんなギルドにお越し頂いて、御足労おかけし大変申し訳御座いません」
お姉さん、めっちゃ顔ひきつってるよ。手はおろか、全身震えちゃってるし。
あれなの?貴族怖いの?畏れ多いの?
そんな事ないのに。
コイツら、貴族って看板外したらタダのガキだよ。
しかも世間知らずの。
あ、でも──僕も貴族の看板外したら──
『お前──規格外www』
おい、父さんよ。
草生えちまってんじゃねえか。
僕の思い出補正どうなってんの?
いつも仏頂面してて笑うとこなんて見たことない鉄仮面の父さんだぞ。
おい、作者お前遊ぶな。
「おい!騒がしいな。何事だ」
「マスター!」
受付嬢の後ろのドアから、受付嬢のお姉さんにマスターと呼ばれる筋骨隆々のおじさんが顔を出した。
如何にも──アングリーベアの大群を素手で倒せるバリの強面だ。
「ほう、ようやく来たか、グレイシーの倅」
──えっ?僕のこと知ってる?
面識は無いのだが──マスターと呼ばれる男は親指を後ろに指すと、お前らはこっちに来いと言い、奥の部屋に案内した。




