いざ、ダンジョンへ⑤
城内は騒然に包まれた。
国王代理である僕の姉、アリス・トゥルメリアが攫われたと一報が入ったのだ。
それを伝えてくれたケインは動揺を隠しきれていない。
かくいう僕もアリスが攫われたというひと言を聞いて動揺を隠しきれていないのだが、ここは一旦落ち着くしかない。
「状況はどうなってる?」
「アリス王女殿下が攫われたことが発覚したのはお昼時、直ぐさまこっちに来たけどウィルたちの姿が無いから、ダグラス卿にこのことを知らせたんだ」
お昼時って、僕たちがまさにダンジョンで探索している時間帯じゃないか。
しかも──僕がダンジョンで探索していることを知っているということも加味して考えると、間違いなくモーガン派が画策してアリスを攫ったと考えても良い。
例え悪魔が犯行に及んだとしても、ここ最近のトゥルメリア王国は対悪魔対策として王都中に結界を張り巡らせているので、容易く侵入することは出来ない。
「父上は今どうしてる?」
「ダグラス卿は今王宮で国王陛下の護衛をおこなってる。ウィル──早くしないと王女殿下の命が危ない。今すぐ王宮に来てくれ」
モーガン派は今日までなりを潜めていた。
でも──今になってアリス王女殿下誘拐という犯行に及んだ。──ということならば、考えられるのはひとつ。
「これは──クーデターに違いない」
「クーデター? 一体誰がそんなこと──」
ケインはハッと気づいたかのように顔が青ざめていく。
ケインは直ぐさま鏡の前に立ちゲートを開こうとするが、鏡は何も反応しなかった。
「ダメだ。何も反応しない」
「外部からの侵入を防ぐために、王宮内の鏡は全て割られているね」
これは僕の推測だが、王宮内に居る王権派の貴族や兵士はこの数時間で粛清されているだろう。
王宮はモーガン派によって占拠されていて、国王陛下と父さんはモーガン派から身を守るように結界を張って立て篭っているに違いない。
モーガン派も無作為に国王陛下を殺すことをしないと思うが、時間が経てば制御が効かなくなり暴走する可能性だってある。
あまりにも時間が経ちすぎた。
今は一刻も争う事態だ。
「アンジェラ、ニーナ。この領地を頼む。もし王都が陥落でもしたら、真っ先に侵攻してくるのはここだ。とにかく守りを固めてほしい」
「かしこまりました。身命を賭してこの地をお守りします」
「アンジェラ様に同じく」
他種族であるエルフが多くいるこの領地は、例え人間が居ようとも純血思想を掲げるこの国に於いて邪魔な存在でしかならない。
エルフたちは国を追われ、悲しみに暮れながらも前を向いてここで生活している。
エルフ王国を取り戻す為の仮の安住の地に過ぎないが、それでも──自分たちの住む土地を荒らされるのはゴメンだ。
「ウィル、わたしも着いて行く」
「ノエルはここに残ってアンジェラのサポートをして欲しい」
「でも──ウィルはわたしが守るって」
「それでもだ。本音を言うとこれからたくさんの死を目の当たりにする。そんな光景をノエルに見せたくないんだ」
「ウィル……」
僕の手は震えていた。
いつかこういう日が来ることが分かっていたからこそ、僕の心の中は恐怖心で一杯だった。
何故なら──僕は人を殺したことが無い。
今日まで生きていて僕は人を殺さずに生かす選択を取っていたからだ。
スレブに刺された時も、ジェイドを助けたいと思った時も、常に人を生かす選択肢を取っていたお陰で、殺めることをしなくて済んでいたからだ。
けど──今回はそうも言っていられない。
今まさに王宮は敵の手に渡り、アリスや国王陛下、父さんまで命の危険に晒されている。
その敵が人間である以上、殺さずに無力化する自信がないからだ。
それに、王宮が占拠されているのなら少人数で動くのが好ましい。
あまり多くで行動してしまうと、敵と交戦するリスクも跳ね上がっていく。
「ノエル、みんなを頼むよ。ケイン、シェナ、僕に着いてきて欲しい」
「了解した」
「仰せのままに」
各々が配置に向かうと、僕はまず──おそらく現場に居るであろうノーマンに念話を飛ばした。
『ノーマン聞こえるか』
『はい、ウィル様。問題ありません』
『王都の状況はどうなってる』
『王宮内はモーガン派によって占拠されています。その騒動が表に出てきてしまったのでしょうか、一部のハンターが暴徒化して街に火の手があがっている始末です』
やはり──僕の見立て通りになっていたか。
しかし、一部のハンターが暴徒化しているのは予想外だった。
このままでは関係のない市民まで惨殺されてしまう。
一刻も早く王都に向かわないと。
『ノーマン、安全にゲートを通せる場所はあるか。王宮の鏡は全部割れててそっちに向かえないんだ』
「ウィルやシェナのオールテレポーテーションで王都に向かうのはダメなのか?」
「いや、それはダメだ。あまりにも危険すぎる」
「王都には外敵から守るため、ウィル様がオールサルベーションとオールゲージを掛け合わせた大結界を展開してるの。神聖魔法を掛け合わせて新しい魔法を作ること自体規格外だけれど、もしオールテレポーテーションを王都に向けて発動したら、リフレクションを起こして身体的ダメージを食らってしまうわ」
もちろんそう設計したのは僕だ。
この国はあまりにも外敵から身を守る術が無さすぎる。
過去に悪魔がこの国に侵入しても誰一人気づけなかったからだ。
今となってはそう設計したことが仇となっているが、唯一の救いとしてはゲートに干渉しないってことが救いである。
ゲートは人間でなくても行き来は可能だが、ゲートを発動するのは公爵家以上の血筋の人間しか扱えなく、誰でも自由に使える代物ではない。
ゲート自体は魔力を必要としないし、公爵家にとっては有難いが、難点としては人が通れる大きさの鏡を必要としなければならない事だ。
昔、手鏡で通ろうとした公爵家の人間が居たそうだが、首だけがスポッとハマってしまい、発動時間が終わってそのまま首を切断されたとか。
絶対に真似はしないように。
『ご安心ください。洋服屋に身を潜めている故、いつでもゲートを発動できます』
「さすが師匠。これで王都に入ることができるな」
『ただし──王宮の城壁や城門の前には、多くのモーガン派兵士がおります。暴徒の鎮圧と銘打って市街地を巡回してますが、それは表向き。市街地に逃げ込んだ王権派の貴族を探し出すために一軒一軒しらみ潰しに探しております。わたくしが見つかるのも時間の問題ですので、お早めにこちらにお越しください』
『わかった。すぐそちらに向かう。ありがとうノーマン、くれぐれも気をつけてくれ』
『仰せのままに』
僕は念話を終了させる。
直ぐさま鏡に向かってゲートを発動させた。
「念話で聞いてたと思うけど、王都は大変な状況になってる。味方はほぼ居ないと思ったほうがいい」
「同じトゥルメリア人を手にかけるなんて、心が痛むよ」
「いや──なるべく殺さずに無力化するんだ」
「ウィル様はお優しいですからね。人を殺すことに抵抗を覚えるのは仕方ありません」
僕が転生者で同族である人間を殺すことに抵抗がある世界からやってきたことは、シェナは知らない。
もちろん他の誰も知らないことだけど、やはり──人は生きてこそ価値があるし、生きてるからこそ生きるという意義を感じられる。
殺してしまったらそこまでだし、人を殺すことになんの躊躇いもない人間に、僕はなりたくないからだ。
「僕が優しいからじゃないよシェナ。命は平等に生きる権利があるんだ。それを他人が容易く踏み躙っちゃいけないんだよ」
「そう命を尊ぶウィル様には尊敬してしまいます。シェナもなるべく殺さずに無力化することを誓います」
「でも──自分の命の危険を感じたら、躊躇いなくやるんだ。矛盾してるかもしれないけど、自分の命を守る選択も必要だからね」
「人を殺しちゃいけない。でも殺されそうになったら殺していい。自分の命を守るための選択……ちょっとシェナには難しいかも……」
シェナの頭が疑問符まみれだけど、ちょっとシェナには難しかったか。
いつも生きるために必死だったシェナに、今更道徳を説いても意味わからないよね。
そこは追々教えていくとして──
「──さ、ゲートをくぐろうか」
「あぁ、全てはトゥルメリアの為に」
「命の尊さを守るために……命の選択……」
僕たち三人はこの国とトゥルメリア王家を守るべく、王都セリカに向かった──
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