22. いざ、ダンジョンへ
モーガンがやってきて僕たちに警戒を強めさせた日から数日が経過した。
あれからモーガンたちは何も無かったかのように音沙汰は無く、僕を拘束しようとしたマーセナス公爵家の当主、ゲイリーでさえもなりを潜めている。
しかし──そんなことは僕にとっては好都合だ。
モーガンたちが何もしてこないというのなら、領主の仕事に専念できるし、なにより──ダンジョン探索の許可が降りたのだ。
この領地は発足して間もない。
なのでこれといって収入があるわけでもないし、予め国から出てる補助金と予算、僕の私財で食いつないでいる。
それに頼りっきりってのも良くないし、早く大きな収入を得られる事業が必要だった。
そんな時にダンジョンが見つかったのだ。
ダンジョンは多くのハンターが一攫千金と名誉を得るための恰好の狩場だ。
ハンターが持って帰ってきた素材を買い取り、武具や武器に加工してハンターたちに売り捌く。
高品質の物が流通したら、その地にハンターは居着いて食事処や下宿先が必要になる。
そうやってお金もどんどん流通してって、景気が潤うのだ。
下手したら僕たち貴族よりも稼いでるハンターはいるかもしれないけど、税金はしっかり納めようね。
他人事じゃないぞ?
「さて──探索の許可も降りたことだし、これからダンジョンに向かいましょう!」
執務室を出ようとしたその時、僕は誰かに首根っこを掴まれて制止させられた。
婚約者のノエルだ。
「何を言ってるの? 領主自ら行くなんて有り得ないわよ。正気? それとも死にたがり?」
「ノエルの言う通りです。ウィル様にはやって頂かなければならない仕事が山ほどあるんです。それにウィル様の御身に何かあったら、国王陛下になんてお伝えすればいいのか……」
泣くフリをしてるけど、そういうの全く刺さらないからね、ノーマン。
でも大丈夫、ノーマンの言う仕事は既に片付けてあるのだ。
これでも平成生まれ令和社会人の元社畜だからね、仕事のスピードは誰にも負けないよ。
仕事は終わってるよアピールをするとそれを確認したのか、ノーマンは軽く舌打ちをした。
どんだけ行かせたくないんだよ……
「仕事は全て片付いてるし、僕は自分の身は自分で守れるよ。なにより一人で行くわけじゃないんだから、そんな心配しなくても」
「そういう軽いことじゃないのッ!! あなたには立場があって、ここを守る責任があるの。それを放り出してまでダンジョン探索に行こうとするのは間違いよ」
「なんだよその言い方! ダンジョン探索するのはこの領を守る大事な仕事でどれくらいの危険があるのか調べる名目もあるのに、まるで僕が遊びに行くみたいなことを言うじゃないか!」
「今のウィルの顔を見たら誰だって遊びに行く浮かれた子供だって思うわよ」
「それは──ッ!」
浮かれるという言葉に図星を食らってしまったのか、反論の言葉が出なかった。
ノエルはしてやったりというドヤ顔をしていて、正直ムカつく。
だが──そんな僕にも思わぬ助け舟がやって来た。
「行かせてやりゃあいいじゃねえか」
「ダグラス様ッ!?」
執務室に入ってきたのは、僕の育ての父であるダグラス・グレイシーだ。
確か──今は特殊任務だかなんかで手が離せないって聞いたけど、こんな所に寄っても大丈夫なのか?
「おっと、未来の王妃が俺に敬称を付けないでくれ」
「お前はもっと周りを敬え」
「うっせぇよ!」
そういえば、父さんとノーマンって異母兄弟なんだよね。
そう認識すると、確かに二人はどこか似ている雰囲気がある。
例えばすぐ興奮したり怒ったりするとことか、戦闘面で無類の強さを発揮するとことか。
本気で戦ってる二人を見てみたいけど、シャレにならない兄弟喧嘩しそうで怖いからやめておこう。
「ところで父上、どうしてここに?」
「報告したいことがあってここに寄ってきたんだけど、みんな少し時間貰っていいか?」
シェナとアンジェラも執務室に入ると、父さんは話を始めた。
「モーガンの動向だ。この間ウィルに接触を図ってきたってのを聞いて奴の行動を注視していたが、どうも地下に身を潜めて消息を絶とうとしてやがる」
僕にコンタクトを取ろうとしたのが裏目に出て、地下に潜る羽目になってしまったのだろうな。
そもそもこの国から放逐された身で、秘密裏に入国してたのだ。
憲兵に見つかれば逮捕されてステイシア王国に強制送還だって有り得る。
そんなリスクを犯してまで僕にコンタクトを取ってきた意味はなんだったのか、モーガンに聞かなければ分からないことだが、地下に身を潜めているのであれば、こちらもモーガンに対して対策を講じることができる。
にしても──行動に一貫性が無い分、何をしてくるか分からない不気味な存在であることは間違いない。
より一層注意しておかないと、この間みたいにいきなりナイトメアを差し向けてくるってのも有り得る。
「モーガンが何をしてくるか分からない以上、こっちも派手な動きは見せられないが、だからといって警戒しすぎるあまり、対応が遅れるってのもあっちゃいけない。とりあえず、今は様子見で警戒にあたるようにしてくれ。モーガン絡みで何かあったらすぐに連絡するように」
「ありがとうございます。まずはって事はまだ他に報告があるんですよね?」
「あぁ。国王陛下が快復に向かわれてる。来週中には公務に復帰される予定だが、このことは他言無用で頼む。ここに居る面々と俺とアリス王女殿下、ケインしか陛下の御身に関わることを知らされてない」
どこに打倒派──いや、モーガン派の人間がいるのか分からないからね。
重要なことを知っているのは限られた人だけでいい。
国王陛下が復帰する話が外に漏れれば、モーガン派を下手に刺激してしまう可能性もあるからだ。
「俺からの話は終わりだが、今からダンジョンに行くって?」
「うん、そうな──」
「──ダグラス様からもキツく言ってください! ウィルったら、自分の立場も弁えずにダンジョンに行くって駄々をこねるんですッ!!」
駄々はこねてないんだけどね。
実際にダンジョンに行きたい気持ちは変わらない。
その為に雑務だって全て終わらせた訳だし、周りには迷惑かけないはずだ。
そして、僕は自分のことはしっかり自分で守れる。
ノエルが心配するようなことじゃないんだけどね。
それでも心配みたい。
父さんはノエルのひとしきりの愚痴を聞いたのか、カッと笑い飛ばした。
「なんだよッ! お前もついに嫁さんの尻に敷かれる立場になったんだなッ!!」
「別に尻に敷かれてるつもりはないよ! ノエルが特別過保護なだけだよ」
「その言い方、わたしがウィルを子供扱いしてるみたいじゃない!」
「俺からしたら、二人ともまだまだケツの青いガキってもんよ。でもな──」
ヘラヘラした父さんから一瞬にして、戦鬼ダグラス・グレイシーの顔になった。
その顔を見て、ノエルは身構える。
「男はな、生まれた時から戦わなきゃいけねえ時があるんだよ。それをこいつはたった15で経験してる。しかも、誰もなし得なかった悪魔まで討伐してな」
「でも──」
「──ノエル、男の道は邪魔したらいけねえ。男がやるって一本筋通したら、そばに居る女は黙って見守るのが務めってもんよ」
なに? この任侠道みたいな言い回し。
僕これからチャカ持って敵の事務所乗り込むの?
そんな昭和みたいなことしませんて!
今令和ですよ?
そんな物騒なもの捨てて、話し合いしましょうよ!
勘弁してつかぁーさいよぉ!!
「そ、そうだよね。ウィルが決めた道だもの。わたしは見守らないと……」
ちょっと、ノエルさん?
なに流れに飲まれてるんですか?
刑務所は行きませんよ。
「ウィル、わたし間違ってた。あなたの道は修羅の道。その道を制さないと真の安寧はないって分かってたはずなのに、わたしは無意識のうちに避けてたみたい」
ノエルは目を輝かせながら、僕の手を取った。
「わたし、見守るわ。だから頑張って務めを果たしてきてッ!!」
「お、お、おぅ……」
だからなんでそうなるの?
使いっ走りの鉄砲玉になんてなりたくないよ!
面食らって変な返事しか出来なかったし!
すると──横から大きなため息が聞こえた。
ノーマンだった。
この状況に呆れたのか、シェナとニーナと共にお茶を楽しんでいた。
「何が男の道ですか。人の制止を振り切ってひとりで大迷宮潜って、怖さのあまりチビって帰ってきた小心者が言えた言葉ではありませんな」
「全くだわ。オシッコ漏らしながら半ベソかいてたくせに、男の道とか笑わせるわ」
みんなの視線が父さんに集中する。
その視線は冷ややかなものだった。
父さんは動揺するやいなや、両手を大きく振ってごまかそうとした。
「あ、あの時はただの罰ゲームというかなんというか、若さ故の過ちというか」
父さん──僕、あなたが育ての親だと誇っていいのでしょうか……
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