嵐3
うまいタイミングで捕まえられたいと思って、港を越えて町に入り込んだ。最も好ましいのは、朝になって町の人々が動き始めるころ、人目につく形で派手に連れて行かれるというパターンだ。そうすれば噂がリカルドに届くだろうから、彼がタイミングを合わせやすいしジーンが危険にさらされる時間も短くて済むと、考えていた。
しかし残念ながら、予定通りには運ばなかった。
日の出頃、町の商店などよりずっと早く、太陽神を信仰する神殿支部の関係者が動き始めた。しかも、彼らは想像以上に数が多かった。
支部の側の一般住居から次々に出てきた彼らに姿を見られ、ジーンはあっという間に捉えられてしまった。この辺りの女性にはいない短い髪が目印となってしまったのだ。
仕方がないと切り替えて、自ら名乗り支部長に目通りを求めようとした。だが、問答無用で口を抑えられてしまった。
そうして今にいたる。
さすがにすぐに殺されることはないと予想していた。敵対勢力とはいえ、いや、だからこそ、情報を引き出すだとか人質にするだとか、いろいろある。
今のところ、その予想は外れていない。猿ぐつわをされ後ろ手に拘束されて、倉庫のようなところに放り込まれている。
――ユーリオたちは、どうしているだろう。怒っているかな。
止められたら決心が鈍るから、朝を待たずに海神殿を出た。いや、本当は、ユーリオの口から面と向かって帰れと言われるのが怖かったのだ。
偽りの婚約者で、仮の立場で、査察が済めば帰る予定で。盾役もするつもりだったけど、ユーリオに要らないと言われれば、居座ることは出来ない。なぜなら、盾とはユーリオの最も個人的に近しい相手のはずなのだから。そこに仮でも偽りでも座るには、ユーリオの同意が不可欠なのだ。
――まぁ、どちらにしろ、もともと約束していた2カ月は終わるところだったし。査察と婚約者候補を終えて帰るのと、大して違わない。
自分を納得させようと、理屈をつけてみる。
――ああ、でも……そもそも、あの密告は何だったんだろう。
ふと、当初与えられた任務である海神殿を貶める密告文書を思い出す。
いろいろ調べた結果、密告の内容は事実では無いと判断した。それでは誰が誹謗中傷したのかだが、敵対しているのは支部だけだから、彼らが嫌がらせのために出したと思った。
――でも、考えてみるとおかしい。だってリトナにエレナから監査が入ることは、神官派にとって望ましくないはずだ。
ではこの密告もローランが仕込んだのかと考えるが、それも違和感がある。回りくどすぎて、思慮深い彼のやることとは思えない。
――じゃあ、誰が。誰だ、他に動機のある人間は。海神殿を貶めたいのか。ユーリオを貶めたいのか。ユーリオを神殿から排除したいのか。
そう考えて、首を振る。
ユーリオを排除するというのは、あり得ないと思ったのだ。だって彼は、海神殿そのもののような存在なのだ。世襲制だけでなく、何か不思議な力をもっている。それは、この町に住んでいてあの集会に通っている人々ならば、皆感じていることだろう、とジーンは思う。
分からないとすれば、外から来たジーンのような人間か。
「あ……!」
ふいに浮かんだ姿に、思わず声が漏れた。
支部の神官長の娘。おそらく半年ほど前にリトナへ来た、長い銀の髪をもつ美しい女性。
思考にとらわれすぎていたのかもしれない。ジーンは、近づいてくる物音に気づかなかった。
「こんな人、本当にいるのね」
突然響いた声に顔を上げると、そこにたった今まで脳に描いていた相手がいた。
ほの暗い牢の中、白すぎる肌が亡者のように浮かび上がる。
「自分から殺されにくるなんて」
カツン、カツンとシーラが近づいてくる。
「短くてみっともない髪」
髪をつかまれる。ぐいぐい引っ張られて抵抗したいが、両腕を背中で結ばれていては、それもかなわない。
「顔だって、こんなに日に焼けて」
今度は無理矢理顎を捕まれた。
「こんな子の、どこが良いのかしら……?」
心底不思議だというように、首をかしげる。
その仕草に、彼女の長い銀髪がさらりと肩を滑る。
「あぁ、そうだったわ。貴方、エレナから無理矢理押し付けられたんだったわね」
不快そうに眉をひそめる。
「お労しいユーリオ様。早く、私が解放してあげなくちゃ」
そうして、ジーンの髪をまた掴む。今度は根元から引き千切りそうな力だった。
シーラの目線一つで、控えていた男たちがジーンの腕を掴み上げる。
「私、貴方のこと、前から知っていたの」
孤児のジーンでしょう、と微笑む。
笑った形の顔なのに、寒気がした。桜に孤児の、と敢えてつけることにも悪意を感じる。
「エレナの神殿で、貴方、いつも掃除をしていたわよね。かわいそうにって、思っていたのよ?当然そのまま下働きになるはずだったのに、なんで?」
両側からぶら下げるように立たされて、目の前から罵られる。
「ねぇ、なんで現れたの?あんたはあのまま一生あの場所で、這いつくばって死んでいくはずでしょ?」
これが高潔であれとされる神官の娘の言うことなのかと、唖然とする。神官は、孤児を信仰へと導き、神殿のために働くことを誉れと教えるものではなかったか。
「それなのになんで文官になんてなれているの?私はこんな辺鄙なところに追いやられたのに。その上せっかく見つけた私にふさわしい人まで、横取りしようとか……」
憤怒の表情だ。顔中に血管が浮き上がる。
「どこまで卑しいのよ!?」
すごい力で頬を張り飛ばされて、一瞬意識が飛びかける。
かすんだ目に力を入れると、シーラは殴った手を不快そうに見ていた。
「嫌だわ。手がいたくなってしまった」
まるでジーンが悪いというように言う。
ジーンは、歯を食い縛った。頬はじんじんと熱をもつ。けれど絶対に、痛いなんてことは死んでも口にしたくない。
もう少し耐えなくては。
リカルドが領軍を連れてくるまで。
藍色の瞳が脳裏をよぎったが、気づかなかったふりをした。




