対決1の少しあと
石の廊下をユーリオに引かれて歩く。
ジーンを抱きしめていた手が、今は腕をつかんで神殿の奥へ奥へと引っ張っているのだ。
「ねぇ、まだあの人たちがいるのに!それにお客さんだっているのに」
ジーンは亜麻色の髪を見上げて聞いた。
「もういいよ」
「そんなこと言っても」
「いいって」
「ねえ、ちょっと」
振り向かない背中にため息をつく。
いいと言われても、気になるものは気になる。お客にしろ片付けにしろ、あのシーラ一行のことにしろ。
特にシーラに関しては、ジーンが自分の意思で仕掛けていったのだから、なおさらだ。自分のやりかけた仕事を放り出すのは、主義に反する。きっとまだ、あちらは大騒ぎのままだろうし、さっきは回りの野次馬に気勢をそがれていた支部の神官たちの様子も見た方がいいだろう。やはり戻ろう、そう思って再度ユーリオの背に呼びかける。
「ユーリオ、私やっぱり……ひぁっ、?!」
ジーンの声は突然立ち止まったユーリオの背中にぶつかって途切れた。衝撃で後ろによろけたところを、ぐいっと戻される。
また、ぶつかって、今度はそのまま。むしろますます押し付けられる。
腕をつかんで引き寄せられた。
抱きしめられている。
気づいたのは、先刻耳にした心臓の音を聞いてからだ。
しかしさっきとは違う。二人きり。真正面からの抱擁は、ユーリオが落とした息の熱さをジーンの耳に伝える。またジーンが息をすれば、ユーリオの香りがする。その上苦しいくらいにぎゅうっと両腕に巻き付かれて、ジーンはいろんな意味で呼吸の危機を感じた。
「……あーもう、本当にたち悪い」
その上ユーリオが呟いてきたものだから、ジーンは耳を火傷したかのように震えた。
それに気づいているのかいないのか、再び耳元でいつもよりも低くかすれた声がささやく。
「なんでこういうときに限って、逃げないの?」
そうか自分は逃げていないのかと気づいて、ジーンはその事について少し黙って考えた。
「……だってなんか、いつもと違って真剣だから、逃げたら申し訳ない気がして……」
半分は緊張で動けなかったのだが。半分本当のことをこぼしたら、ため息をつかれた。
「むしろ真剣だから、逃げるべきなんでしょ。あーもう、我慢しようと思ってるのになんなの?」
なんなの、はこちらの台詞だ。ユーリオときたら、今ジーンの首筋に顔を埋めたのだ。
心臓がドコドコ猛スピードで動いている。そのまま体から飛び出してしまいそう。
「な、何が?」
取りあえずの質問返しに、ユーリオは律儀に言い直してきた。
「……なんであんなこと言うわけ?」
ジーンはえ、と眉を寄せた。なんで批難されるのか分からなかったのだ。盾となるには、彼女の前で言うことこそ必要だろうに。
「だって、あの人の前で言わなきゃ私がここにいる意味がないでしょ……?」
「それはそうだけど……」
ジーンははっとした。
「あ!……ごめんなさい」
「?なんで今度はあやまるの」
ジーンの脳裏に、長くきれいな銀髪や滑らかな真白い肌が脳裏に蘇る。
「あの、だって、あの……シーラって人のこと、好みだったかもしれないのに、勝手に婚約者って言ったから?」
「はぁあ?!」
耳元で素っ頓狂な叫び声。ジーンはますます身を縮める。
「違うって……婚約者だとかあんな危険人物の前で言うから!だから怒ってんの!」
それからユーリオは、今度はぐったりと項垂れた。額をジーンの肩に押し付けて。
「はぁ……分かってる、分かってるんだよ、あんたは職務に忠実な子なんだって。だからこれだってあんたにとっちゃ仕事の一環で、こんなに舞い上がってる俺がバカなんだって。俺がどんなに心配しようが、あんたは仕事を全うするんだって。でも」
また腕に力が入る。まるでジーンの言葉を封じるように。
「今くらい、俺のものだって夢見させて」
ユーリオの腕が震えている。
苦しいくらいのはずなのに、今度は息苦しさがなかった。
やがてユーリオはごめんと呟いた。そっと解放されて、ようやくジーンは、自分が息を止めていたことに気づいた。
「……これから、さっきの連中がまた何かしかけてくると思う」
「うん……」
「あんたのことを出せって言ってくるかもしれないけど、心配しなくていいから」
「うん……」
「俺が守るから」
ジーンはひゅっと空気を吸い込んだ。
変なところに空気が入って、げほげほと咳き込む。
「大丈夫?」
優しく背中をさすらないで欲しい。
第一ユーリオがおかしなことを言うからなのだ。
呼吸を忘れさせるような、おかしな技を使うから。
言いたい言葉は山ほどあったけれど、結局咳だのためらいだのに邪魔されて、伝えることはなかった。




